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霧の向こうの…

白い白い霧の中。髪の毛はもう潮でガビガビ、昨日の酒はまだ残り、夜冷えで腹が冷えたようだ。

最悪。マジ無理。

口から出るそんな言葉とは裏腹に、レインウェアを着込んで崖っぷちに座り込んだ私は霧の向こうの存在を声から感じ取り、その日も双眼鏡を眼にあて萎びた野帳にメモをとる。夏場に一週間無人島に泊まり込む、アザラシ生息数の調査だ。

早朝から30分に1度、アザラシを目視で数え、数や行動を記録する。くるくる回るのはラッコ。かわいいからおまけでメモをとる。

調査を終える昼前には、アザラシは姿を消し、霧は空と海へと変わる。飛び回るウミネコが食べたのか?と思うほど、その切替は知らぬ間に速やかに行われ、私はあの白から醒める。

社会に出た今では、私にはあの島に渡る権利がない。更に上陸できる唯一の崖が近年崩れていると後輩の便りで知った。朝の霧と匂い立つ潮の香りは、あの島の時間を思い起こさせるトリガーなのだ。

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