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君も 「闇のIT営業勉強会」の一員にならないか?

「闇のIT営業勉強会」宣言

この国には、膨大な数の"成果の出なかったIT化プロジェクト"がある。それも、詳しい人間から見れば、企画の時点で、意義のある成果は出ないだろうことが明らかなプロジェクトが、山ほどある。

なぜ、これほどの「無駄なIT化プロジェクト」が生み出されるのだろうか。

もっと言えば、「明らかに無駄なIT化プロジェクト」のために、膨大なお金を動かすことに成功したIT営業たちがいるということだ。彼らは、いったいどのような手段を使い、それほどの「無駄」を作らせることに成功したのだろうか? 

本勉強会、その名も闇のIT営業勉強会が関心対象とするのは、このようなIT営業たちによる"つるはしを売る"手段である。つまり、IT導入によって組織を変革するという目的を見失い、IT導入自体が目的化した顧客に取り入り、顧客の(手段そのものへの)ニーズを的確に汲み取り、成果が出ないであろうITシステムを売りつける手段である。

闇のIT営業勉強会の参加者として想定している人は、以下のような人々である。

  • "つるはしを売る"方法に特化したIT営業マン

  • 手段が目的化している組織の中で、IT化プロジェクトを担う担当者

  • IT化を推進し、失敗した企業経営者

  • 中小企業のIT化に関する補助金のなんらかの権限を持っており、意思決定する担当者

  • 顧客からIT化について相談され、対応に苦慮している中小企業診断士

  • 上記のような世界と縁遠く、普段は真面目に働いているITエンジニア

この勉強会の目的は、川の両岸にいる人々の間に、橋をかけることだ。

異なる合理性を持つ組織に属する人々同士が、お互いに何を考えていて、どんな行動をしていたのか。なぜ、毎回こんなことになってしまうのか。我々の間に横たわっている、この"溝"は一体何か。このようなテーマについて、普段は交わらない"両岸"の人々が交流し、対話・議論することを目指す。過去に作られた「馬鹿デカくて無駄なITシステム」(いわば、"ITピラミッド")を円卓の中心に置きながら、お互いの合理性を眺め、そこにある"ズレ"を眺める。

闇のIT営業勉強会は、いわゆる「ダークツーリズム Dark tourism」である。ITの世界で過去に作られた(そして今も作られている)「負の遺産」を、観光客として眺めに行く。

参加者の動機として求められるのは、「人類の多大な労力が、無駄になっていく、その仕組みや理由を見たい、聞きたい!」という好奇心だけだ(もちろん、観光客としてのマナーは必要だが)。


参加方法

現在、闇のIT営業勉強会の趣旨に賛同し、参加してくれる方を募集している。

勉強会は基本的にはクローズドで行う予定だ。勉強会ごとにレポートは公開する予定だが、あくまで概要だけに留め、個人が特定されるような詳細な情報は削除するつもりである。

勉強会に興味がある方は、以下のGoogle Formから申し込んで欲しい。入力したアドレス宛に、「闇のIT営業勉強会 slack」への招待をお送りする。



おまけ

以下では、闇のIT営業勉強会の企画文を書くにあたり、集めた資料や、主催者である私が持っている仮説をまとめている。読む必要はないが、もし興味があれば眺めてみるのもいいだろう。


疑問1: 本当に「成果の出ないIT化プロジェクト」は、たくさん存在しているのか?

IT化プロジェクトに取り組む企業の数に比べて、IT化プロジェクトの成功率が低いことを示す統計資料はかなりの数ある。

例えば、DX白書2021によれば、日本ではDXに取組んでいる企業は約56%に達している。その一方で、十分な成果が出ていると回答した企業は約17%だ。

独立行政法人情報処理推進機構 DX白書2021 p2
独立行政法人情報処理推進機構 DX白書2021 p5

専門誌「日経コンピュータ」による2018年の調査によれば、プロジェクト成功率(スケジュール・コスト・満足度の3条件を満たすプロジェクト)は52.8%である。ちなみに、規模が大きいものほど失敗する可能性が高くなり、3年以上のプロジェクトの成功率は16.4%である。

ITへの投資効果という観点でいうと、アビーム コンサルティングが2003年10月から12月に行った調査では、IT投資効果を「期待通り」とした企業はわずか3割で、「期待以上」は皆無という結果になったそうだ。ただ、この調査結果はすでにアビーム コンサルティングのサイト上から削除されており、原典を確認することはできない。

10-20年前に比べれば、ITプロジェクトの成功率が改善しているのは間違いなさそうだ。日経コンピュータの2003年の同じ調査では、成功率は26.7%。同調査を経年で見ると、品質、コスト、納期、いずれも年を経るにつれ改善しているのがわかる。


疑問2:成果が出ない原因は、本当に「手段の目的化」なのか?

一般に、DXや新しいIT技術の導入によって成果を出せるかどうかは、発注者側のITリテラシーや組織風土にかなり依存する。

例えば、DXを推進する非エンジニアの担当者向けの書籍「システムを作らせる技術 エンジニアではないあなたへ」の冒頭では、ITプロジェクトにおける「システムを作らせる側」の重要性を指摘し、よくある失敗原因として、「プロジェクトの関係者ごとに、ゴールの認識がバラバラ」「システムをITエンジニアに丸投げ」「システムを欲しがるが、業務を変えるつもりはない」などを挙げている。

中でも特に重要なのが、プロジェクトを通じて達成したいゴールが正しく定義されていることだろう。独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)のDX実践手引書においても、第一章で「DX を実現するための考え方」として「目指すべきビジョン」の共有の重要性が語られている。

これらの事実は以下のことを示唆する。つまり、非常に多くのITプロジェクトが、このプロジェクトを通して達成したいゴールが不明確だったり、関係者間の認識が揃っていない状態で始まり、結果として失敗しているということだ。


「闇のIT営業勉強会」を企画するに至った経緯

主催である私が、「闇のIT営業勉強会」を企画するに至った経緯についても書いておこう。

私は元々、株式会社cotreeという、オンラインの心理カウンセリングサービスを提供するベンチャー企業でCTOとして働いていた。現在はフリーランスとして、知り合い伝手に紹介された会社数社を手伝っている。その中の一つで、公共団体などを顧客とする地方のWeb制作会社を手伝っているが、この二つの世界の間の乖離に、目が回る思いをした。

(CTO時代は、毎週上がってくる機能要望の中で、数百人/月の課金ユーザが使うであろう非常に優先度の高い修正を行うためにも人手が足りず、四苦八苦していた。今は、アクセス数が100件/月にも満たないことがわかっている静的ページを作るのに、数十万、数百万の予算が付いている。この差はなんだ?)

IT業をやっていれば、企画の時点で「これはロクな成果は出ないだろうな」という"匂い"がするプロジェクトにしばしば出会う。

もちろん、それが自分が関わらざるを得ないプロジェクト(もしくは親密な相手からの相談)なのであれば、できる限り早く方向性を修正する。例えば、関係者の認識をヒアリングして、プロジェクトの目的を整理した文章などを作成し、関係者間での認識ズレを擦り合わせる、などの行動を素早く取ることになる。認識ズレが埋め切れないほど大きいとわかれば、どうにかしてプロジェクトを縮小する方向に舵を取る。

だが、自分が関わらなくて済むプロジェクトならば、"逃げる"一択だ。なぜならば、もうこの時点で、まともな成果は出ないことが明らかだからだ。

それゆえ、私は、これらのプロジェクトと、接点を持ち続けることができない。

この領域でフリーランスをしばらくやっているうちに、どうやら、目指す成果がふわっとしているプロジェクトの中には、時間当たりの単価が市場価格から大幅に外れている案件が多く紛れているということがわかってきた。投じたコストと報酬が見合っていない、狂った高単価になっている案件がしばしばあるのだ。

組織のIT化プロジェクトは、しばしば、手段が目的化した状態から始まる。デジタルを導入することを通じて、ビジネスを改善・変革することではなく、最新技術を導入すること自体が目的と化すのだ。

 DXは「デジタルの力を使って、ビジネスを抜本的に変えよう!」といった変革を指す。
 このこと自体は当然重要なのだが、バズワード(流行り言葉)になってしまっているのが実態だ。DXの本質を理解していない社長が「我が社もとにかくDXに取り組め!」と号令をかけると、現場はそれに従わざるを得ない
 「社長はもっと最新技術を使った画期的なことを望んでいるはず
 「とりあえず企画書にDXって書けば決裁を通りやすくなるから……」
 みたいな社内忖度が起きまくれば、本来やるべき地に足をつけた変革が遠のいてしまう。

白川克,濵本佳史. システムを作らせる技術 エンジニアではないあなたへ (Japanese Edition) (p.6). Kindle 版.

手段の目的化自体は、別にDXに限った話でもないし、珍しいものでもない。例えば、健康経営に取り組む企業を対象にした展示会の中で、健康診断結果の管理システムを作っている企業が、「健康経営の目玉になる施策を探している担当者様へ!」と看板を立てて客を集めているのを見たことがある。

これは私の仮説にすぎないが、おそらく、日本には、大きな溝が横たわっている。IT技術導入による成果を定義できる人と、定義できない人だ。

ITを使いこなした経験がある人にとって、IT技術は、単に成果を実現するための手段にすぎない。しかし、ITについて詳しくなく、IT技術自体が目的化した人にとって、「IT化」は、他の目に見える成果と比較不可能な価値プライスレスを持っているのではなかろうか?

ITやDXという言葉には魔法がある(かつてほどではないにせよ)。「ITとは、成功への近道だ」と信じている人が、まだいる。ITシステムを買っているように見えて、実は、成功への道案内を欲しがっている人が。

彼らは、ITやDX(他には、健康経営やSGDs)が、どういう理屈で、何にどう役立つのかは、知らない。知らないのだから、他の(目に見える)成果と比較のしようがない。ただ、それが成功への近道だということは(なぜか)知っているのだ。

これ〔数量化不可能であるということ〕こそ、その〔諸価値の〕価値にとって鍵となるとすらいうことができよう。商品は、他の商品と比較することができるまさにそのことによって経済的「価値」をもつ。それと同様に、「諸価値」はなにものとも比較することができないそのことによって価値があるのである。諸価値は、それぞれにかけがえなく、尺度しえないものとみなされている。要するに価格のつけられないものプライスレスとみなされているのだ。

デヴィッド・グレーバー(2020)ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論, 岩波書店 p267(太字は引用者による)

私が考えるに、まっとうな感覚を持っている企業ならば、このような期待を持っている人に対して、積極的に接点を持とうとすることは避けるはずだ。なぜならば、期待に上限がないのだから! どれだけ頑張ってシステムを作ったところで、彼らが満足のいく"成果"をあげることは、絶対に不可能だ。

しかし、つるはしを売る人々は別だ。顧客が持つ手段そのものへのニーズだけを的確に汲み取り、手段だけを売り抜ける。この方法ならば、お互いに満足しつつ、非常に安定して取引を続けることができる。彼らはそもそも成果を売っていないのだから、約束した成果が上がらなくて問題になることはない。

つまり、ここには、IT営業として、二つの異なる成功モデルがある。

1つ目は、一般によく知られている真っ当な方法だ。顧客の良きパートナーとして、顧客が良き成果を出せるように、システムという道具を用いて顧客を支援する。ここで求められるのは「成果を届ける能力」、すなわち、顧客のビジネス理解を高め、顧客の課題を定義し、必要なサポートの形(=システム)を定義する力だ。

2つ目は、豪華なつるはしを売る方法だ。目指す成果について定義することなく、手段の見栄えの良さのみで報酬をもぎ取る方法である。

そして厄介なことに、間違ったニーズを持つ顧客を相手にする場合、短期的な満足度は、(顧客の欲しがっている)豪華なつるはしを売りつける方が高いのである。

筆者が前職でやっていた心理カウンセリングという領域も、同様の課題があった。顧客が抱えている課題(例:誰と付き合っても、彼氏との関係が続かない)の原因が顧客自身の心や性格にあると顧客自身が認識していない場合に、心理カウンセリングを勧めることは侮辱と受けられる場合がある。むしろ、恋占い縁結びを勧める方が短期的には喜ばれ、信頼関係を築ける可能性が高い。そして、大抵の場合、後者の方が顧客が払う単価の上限は高いのだ。

これは仮説だが、ITの力について正しい知識を持つIT営業ほど、「間違ったITへの期待を抱えている人」に対して接点を持つことが困難になる傾向があるのではないだろうか? それは例えば、ワクチンについて正しい知識を持つ医療者ほど、反ワクチンの人とつながることができないように。

だからこれは、私にとっては医療コミュニケーション論と同じような課題意識である。専門家(professional)とは、端的に言えば、診断を下せる人、つまり、顧客にとって何が本当の課題なのかを特定できる知識を持つ人のことだが、それは顧客にとって必ずしも快いことではない。それゆえ、医者と患者の間は常に緊張関係が生まれる。

ニセ医療が流行るのは、それらが、患者にとって、まっとうな医療ほど暴力的ではなく、(少なくとも短期的には)快いからだ。少なくとも、「患者との短期的な信頼関係を築く」という点では、医師はニセ医療に学ぶべきところがたくさんある。(実際にはそれらの治療は"効かない"にもかかわらず、患者が喜んでそれを周囲に薦めるのはなぜなのだろうか?)

ニセ医療はプラセボ(偽薬)を売る。すなわち、実際には有効成分は入っていない、「効きそうに見える薬」を売る。闇のIT営業も基本的には同じことだ。実際には何も解決しないが、決裁者を虜にするITシステムを売る。

「闇のIT営業勉強会」が構想するのは、ニセ医療ならぬ、ニセIT産業である。長期的に意義のある成果を上げるという条件を考慮せず、短期的な快さと信頼関係の構築だけに全てのリソースを投下した場合、IT営業はどんな形がありうるのだろうか? 

どれだけ多くの医療者が発信しても、その発信は反ワクチンの界隈には届かない。それは、市中に出回る正しい医療知識が足りないからではない。お互いの間に対話を不可能にする"溝"があるからだ。それらの発信が、反ワクチンの人々にとって「聞きたい」と思える形式になっていないからなのだ。反ワクチンの人々に話を聞いてもらう方法を学びたければ、まっとうな医療者ではなく、むしろニセ医療者にこそ師事すべきなのである。

DX領域においても、同じ構造があるはずだ。「明らかに無駄なIT化プロジェクト」を続ける組織に正しいITの知識を届けたいと思うのであれば、まっとうなIT業者に話を聞くだけでは足りないのである。彼らと信頼関係を築き、膨大な予算を無駄に投じさせることに成功した、ニセIT営業にこそ話を聞くべきなのだ。そこには、"溝"を越え、全ての人々がITの恩恵を正しく享受できる世界を目指すために、学ぶべきことがたくさんあるはずだ。


※ サムネ画像はStable Diffustionにprompt「a suspicious IT salesman in a suit selling pickaxes, caricature」で作ってもらった。

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