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ITエンジニアになりたい君が、なぜ今こそ低賃金インターン/バイトをやるべきなのか

要約

  • 現在のITエンジニア業界は、「誰が新人エンジニアの育成コストを払うのか」のババ抜きをやっている

    • 新人を雇ってもすぐに辞められてしまう環境では、企業は自分で新人エンジニアを育成せず、「すでに給与に見合う仕事ができる人」しか採用しないのが合理的

    • 大学が育成コストを担うことが期待されているが、まだまだ追いついていない

  • それでもあなたが「自分に育成コストをかけてくれる相手」を探したいと思うならば、(担当する仕事内容に比べて)賃金が低いインターン・バイトを候補に入れる必要があるかもしれない

    • 当たり前だが、会社は給与だけではなく育成にかかるコストも負担している

    • 長期的な育成コスト回収のプランが立てられない環境で、会社がロースキル人材の育成コストを担うための現実的なビジネスモデルは、「ロースキル新人に、新人の育成/サポートを担う人材を付けて、単価の高い仕事をこなしてもらう」しかない

この記事は何?

この記事は主に以下の2パターンの読者を想定している。

  • ①ITエンジニアになりたいと考えており、方法を検討している or すでにインターンやバイトとして働いている学生

  • ①ITエンジニアになりたい学生などを、インターンやバイトとして採用し働かせている会社の担当者

この記事の目的は、「学生のインターン・バイトに対し、バイト並みの給与で、正社員並みの仕事を担当させる」という一見「ブラック」「搾取」と批判されてしまいやすい仕組みが、現在の日本の環境において、学生・会社双方の課題を解決する合理的な仕組みだということを説明するところにある。

とはいえ、これは一見、実際に搾取的な環境と区別がつきにくい。それゆえ、このようなビジネスモデルを運営する上での倫理的な注意点についても述べる。これは学生からすると、入って良い会社/ダメな会社を見分ける指標としても使えるだろう。

筆者はフリーランスのエンジニアであるが、ここ1,2年は、業務委託先の会社の、学生インターンや社会人1,2年目のエンジニアのメンター兼上司としての仕事を複数行っていた。

メンター兼上司として学生バイト等と関わる中で、①「いつ辞めても良いよ」という条件で(学業が忙しければいつでもそちらを優先して良い、というルール)、②会社としての利益を守りながら、③(この会社を出た後に向けて)学生たちのキャリア教育をする、という3つを同時に達成しようとすると、どうしても、「学生のインターン・バイトに対し、バイト並みの給与で、正社員並みの仕事を担当させる」という方式に自然に近づいてくることに気がついた。

(なお、私が地方で仕事していることもあり、ここで書いていることは都心から見ると数年くらい古い事情を書いているかもしれない。)

1. ITエンジニア業界における「育成コストのババ抜き」

これについては多くの人が記事を書いている。

特に株式会社アクシアさんの記事は「会社側」の事情が非常に赤裸々に書かれている。あなたが学生であれば是非一度読んでいただきたい。

ある程度主張を要約しておこう。

  • 育成済みの人材を引き抜く方が、育成コストを負担しなくて良い分、一から未経験者を育成する企業より圧倒的に金銭的に有利であり、より高い年収を提示しやすい

  • それゆえ、ITエンジニアの中でも「エンジニアは最初の会社を1年で辞めた方が良い」という話が出回っている(が、それは「会社を踏み台にして会社から搾取してやれ」という思想であり、ブラック企業のそれと全く同じ)

  • 終身雇用が崩壊して採用制度のバグが発生している。終身雇用の時代であれば、未経験者を採用してそこに投資し、育成して戦力にするというやり方は極めて合理的な方法だったが、終身雇用は既に崩壊しているので、未経験者を採用して育成すると他社との年収提示の競争に勝てないという問題が必ず生じる

私も基本的に上記と同じ考えである。日本の雇用はメンバーシップ型からジョブ型へ移行しつつある。特にITエンジニア業界は他の業界に比べて人材の流動化が激しくなっている業界だと言えよう。

メンバーシップ型では、新人社員を新しい"メンバー"として会社に迎え、生涯会社に奉仕することを前提にメンバーに教育を施す。それゆえ大卒後の人材は「白紙のキャンパス」であることが期待され、「人材の涵養」を目指す教養教育が大学教育のメインとされた。メンバーシップ型とは、長期的な奉仕と引き換えに、その人の「将来」や「家族」に会社が責任を持ってくれる仕組みなのだ。

しかし、ジョブ型の雇用システムでは、基本的に即戦力となるスキルがない人材の採用は、そもそもとして想定外である。教育は公的機関が担うべきものとされ、企業が人材教育を担うという考え自体がほぼ存在しない。(企業からすれば、人材教育を担うほど、その人材が横から出てきた企業に掻っ攫われる確率が上がるのだから、当然のことである)

日本のWebエンジニア志望の学生や新人は、しばしばこの点を勘違いしている。多くの学生や新人は、相変わらずメンバーシップ型の時代と同じような教育が受けられると期待しているが、「終身雇用」という約束が壊れ、これだけ業界全体で転職が増えてしまった以上、企業はあなたの育成コストを担う合理性がないのだ。(もし、企業に育成コストを払ってもらおうとするなら、自分がこの先も長く勤めることをその企業に信じてもらう必要があるだろう)

G型大学・L型大学という概念に代表されるように、大学もこの雇用システムの変化についていこうとしているものの、あまり追いついていない。

現在の「企業が入社後に教育してくれることを期待する学生側」と「教育済みの学生しか採用できない企業側」の間でミスマッチが起こっており、この溝に落っこちる学生が後を絶たない。企業が早期のインターンなどを推し進めるのもむべなるかな。終身雇用の約束が壊れた今、企業側としては育成コストの「持ち逃げ」をされないために必死なのである。


2.育成コストの「持ち逃げ」をなくすには

上記の状態は、学生にとっても企業にとっても良い状態ではないことは明らかだ。ITエンジニアは人材不足であり、優秀なエンジニアの獲得競争が激化している。誰もがITエンジニアを欲しているのに、育成コストの「持ち逃げ」を恐れるあまり、誰も育成コストを払えない・・・という状況が発生しているのだ。

もちろん、労働者本人がプログラミングスクール代(=育成コスト)を負担して学習する、という方法もある(ジョブ型雇用社会において正しいあり方である)。しかし、プログラミング学習には向き不向きもあるし、十分なスキルを自力で身につけるところまで完走できる人は稀だ。情報商材に踊らされたプログラミングスクール受講者が激増したせいで、あまり質の高くない人材が増えたことも背景にあり、企業としてもプログラミング塾卒業者を採用することには及び腰だ。結果として、プログラミングスクールだけでは、この溝を埋め切れていない。

さて、育成コストの「持ち逃げ」問題が発生するのは、育成コストの投下と回収の間に時間差があるからだ。人材市場におけるハイスキルエンジニアの待遇が良くなりすぎたせいで、たった1年分の育成コストであっても「持ち逃げ」するメリットが十分にある(=1年研修を受けてから転職するだけで、それなりに高給の転職先が見つかる)。たかだか2,3年の時間差であっても、企業からすると「持ち逃げ」されるリスクに気を払わなければならない状態なのだろう。

それゆえ、育成コストの投下と回収の間に時間差がない仕組みが必要になる。その解の一つが、「学生のインターン・バイトに対し、ゴリゴリにサポートを付けた上で、正社員並みの仕事を担当させる」という方法である。育成コストが将来的に回収できることを期待しないならば、企業としては、労働が生み出した価値が、給与と育成コストの合計を上回ることを維持しなければならない ※1

給与+育成コスト< 労働が生産した価値

この式の中で、育成コストを高めようとするなら、給与を下げるか、労働の生み出す価値を高めるか、しかない。その組み合わせとして導かれるのが上記方法である。

ちなみに筆者はこのような学生バイト・新人のサポートを担う立場を、ここ1, 2年、フリーランスとしてずっとやってきた(ポジションとしては外部メンター、外部プロジェクトマネージャーである)。具体的には、1, 2週に1回の1on1を行い、将来のキャリアの目標の整理を行い、目標達成に近づくタスクを会社全体から見繕ってきて、どの順序でタスクを振れば学びながら先に進めるかを考え、タスクを分解し、ドキュメントやタスク指示書を整備し、質問に答え、学業によるスケジュールの遅延や調整が発生したら上長や顧客と相談し、本人がどうしても完遂できなければ、仕事を引き取って残りのコードを書く・・・といった内容である(自分で言うのもなんだが、かなり面倒見が良い方だと自負している)※2

このようなサポートがあれば、学生であっても、(表面上は)正社員が行なっているようなタスクとほぼ同格のタスクをアサインすることができるし、例えば、web系エンジニアであれば、3ヶ月くらい一緒に仕事をすれば簡単なバックエンドの仕事くらいはできるようになる。(それなりに自走できるタイプの人なら、タスクが適切な粒度で分解されていて、適切な順序でアサインしてもらえる、というだけで、相当な速度で成長する)

筆者の今の時給はだいたい4000-5000円なので、学生バイトの時給を1500円と見ても、筆者が「学生くんでも作業ができるようにタスク指示書を整備する」という作業を1時間やるだけで、学生の3時間分の給与が筆者に奪われることになる。すなわち、時給1500円の学生が、時給3000円程度の価値の仕事をしてくれないと経済的にはペイしないということになるが、それでもなんとかそれを上回る仕事を任せられるように立ち回る・・・というのがサポート役の腕の見せ所である。


3.「ブラック」にならないために注意すべきこと

ここまで、「学生のインターン・バイトに対し、ゴリゴリにサポートを付けた上で、正社員並みの仕事を担当させる」という仕組みが、日本社会全体が苦しんでいる「育成コストを誰が負担するのか問題」の解消策になることを述べた。

しかし、学生バイト・インターンに対し、正社員並みの仕事をさせた上で、給与はバイト水準のまま・・・というのは、表面的には「ブラック」に見える。この点について検討しておこう。


3-1. 採用時よりも良い状態で社会に放流せよ

「ブラック企業」という概念を社会に広めた今野晴貴の定義によれば、ブラック企業とは若者を使い潰す企業のことである。企業の一時的な利益のために、若者を大量に採用し、低賃金・過重労働で使い潰し、若者の健康や将来のキャリアを破壊する。若者は、これまでに多くの人の手によって育てられてきた社会全体の資産であることを考えれば、これは社会全体が払った育成コストへのタダのりの最たる例だと言える。

学生を採用・指導する上で、いわゆる「ブラック企業」にならないために目指すべきは、「この企業に入った時よりも良い状態で社会に放流されていくこと」だと思う。健康面、キャリア面のいずれにおいても。

そもそもインターンとは、「労働力と給与の交換」ではなく、「労働力と教育機会の交換」である。給与面だけを見てブラック/ホワイトを断じるのは正確ではない。表面的な給与だけを見てブラック/ホワイトを断じるのではなく、企業が人材の育成に労力を投じているのかも給与同様に評価すべきだ。 ※3

学生が企業を評価する場合は、卒業した先輩に企業の中で得られたスキル等について話を聞いたり、先輩の進路等を見るのが良いかもしれない。単にお金を稼ぐ場として見るのではなく、教育の場として捉えるなら当然の基準である。


3-2. 目標設定を行い、経験の価値について説明して納得させよ

とはいえ、育成や教育というテーマは非常に難しい。労働者本人が望んでいないことでも育成と言えてしまうからだ。多くの労働者からすれば、企業から受ける教育はむしろめんどくさく感じてしまうだろう。筆者も新卒時にマナー研修などを受けたが、当時は感謝よりは「かったるいなぁ」というのが正直な気持ちだった。

企業側(管理者側)と労働者側では、教育コストに対する意識の差がある。管理者は「研修費を払ってるんだから感謝してほしいなぁ」と思っているし、労働者は「研修に出てやってるんだからその時間の給与は払ってほしいなぁ」と思っている。(企業が育成を担うことの難しさがここにもある!)

育成が「ブラック化」しないためには、本人の希望と育成目標をすり合わせ、納得感を作る説明を重ねていくことが必要になる。教育が強制になると、それは報酬というよりも刑罰になる。本人から「将来あなたはどうなりたいか」を引き出し、それが具体的に現在の労働環境の中でどのように実現可能なのか、理想像を具体化する。その上で、理想に近づくための戦略の一貫として、この職場でどのような経験を積むべきなのかを整理し、本人に伝える。そこまでやって初めて、アルバイトはこの職場で得られる「経験」が価値あるものだと捉えられるようになる。

学生が企業を評価する場合は、企業が何に向かって「育成」してくれているのか、説明を求めることが大事だろう。きちんとした上司ならヒアリングを行なった上で説明してくれるはずだ。


3-3. 本人の成長に合わせ、より価値ある仕事を任せよ

企業が「育成コスト」を払えるのは、本人の仕事の価値が高いからである。逆に「ビジネス的な価値が低いが、負担だけが重いタスク」を学生にやらせ続けるのは、育成という目的からすると、良いこととはいえない。それはつまり、学生の貴重な時間と労力を、無駄と交換しているということだからだ。

良いビジネスモデルがあることが、育成においても根本的に重要である。もはや結果が期待できないプロジェクトの消化要員などに学生を使わないこと。ちゃんと「成果の期待できる」仕事にアサインすること。


3-4. 成長を本人に還元せよ

ジョブ型雇用社会への移行によって、時間差での育成コストの回収が非常に難しくなった。「時間差での育成コストの回収」とはすなわち、若いうちは仕事内容に比べて高い給与と育成コストを払い、仕事ができるようになってから(仕事内容に比べて)低い給与で働かせることで育成コストを回収する、という仕組みである。

かつては許されていたこのような方法が、これだけ転職が容易になった今では「ブラック」と批判される可能性が高まることに注意しておくべきだろう(だからこそ、企業も育成コストを払えないのだが)。

本人の成長によって仕事の価値が上がったならば、それは本人に還元されるべきである。筆者のような「サポート人材」の工数が不要になった分を、本人の給与に戻すのだ。「自分一人でタスクをこなせる」ようになった時点で何らかの試験を用意し、それに合格したら給与を高めるといった方式が良いかもしれない。(その際、育成を支えたサポート人材にも、なんらかの褒賞を用意することも検討すると良いだろう)。

これは離職予防としても大事なことである。エンジニアのスキルの上昇による給与の上がり幅は非常に激しい。学生バイトであっても、1年経って「一通り自分で書けるレベル」になっただけで、時給が1000->2500円くらいに上がったりすることもある。

学生が企業を評価する場合は、仕事ができるようになるにつれ、自分の給与や待遇がどうなるのかを調べておくと良いだろう。成長しても給与へ反映されないのであれば、それこそ「踏み台」的な利用の方が個人的な利益にはなるだろう・・・。


まとめ

日本はこの先ジョブ型雇用社会に近づいていくとされるが、産業界の変化に比べると、教育界の変化はゆっくりに見える。産業界が求める人材と教育界が輩出する人材の間にズレがある。

学生の中でもこの「ズレ」を察知している人は増えてきており、動き出しが早い学生が増えてきた。一方で、この「ズレ」に足を取られると、転職できるようなスキルを与えないことで長らく企業に縛り付けるような企業への就職が増えていくことになるだろう。

この「ズレ」を埋めてくれる存在へのニーズは高まるはずで、特にIT業界では、早期インターンや、この記事の中で描写してきたような「低賃金インターン/バイト」がこのズレを埋めるための切り札として使われる機会は多いのではないかと思う。この記事の中では学生を対象として想定したが、実際、「経験を積める代わりに賃金が安い仕事」という枠組みだけで考えれば、それは(このまま公的な教育制度が整わなければ)ジョブ型雇用社会においてはどの年齢層においても増えてくるはずである。

そもそもとして、メンバーシップ型雇用社会はスキルのない若者に優しいシステムだったが、ジョブ型雇用社会はスキルのない若者に厳しいシステムだ。メンバーシップ型雇用社会において「普通」とされてきた労働基準をそのまま採用すると、ジョブ型雇用社会におけるロースキルエンジニアの労働環境はほとんど基準を下回る

スキルのない人間に厳しくなった、この新しい社会をどう生き抜いていくか。その鍵は「育成コストを払う人」が誰かを見極めるところにある。Good Luck。



※1 実際にはオフィス費やバックオフィスの人件費など、「人が働ける状況を用意するための仕組み」にもかなりのお金がかかるため、あなたが生み出した労働の成果の全てを人件費に回せるわけではない。0.2-0.6くらいの数字がかけられるのが妥当であろうが、本記事では議論の簡便化のため深入りしない。

※2 学生の場合、まだキャリアの選択軸が明確ではないこともあるので、筆者の場合「どんな経験ができれば(何が知れれば)、自分が好きなこと/やりたいことが、より明確になると思いますか?」と尋ねることもよくある。その上で、「この会社として、あなたに提供できる経験は以下です」という提案をすることも多い。ワインを飲んだこともないのに好きなワインの銘柄を答えさせるようなことをすべきではないと思うし、今の就活がそうなりがちなことに個人的には違和感がある。

※3 これが言いたくてこの記事を書いた。社会全体で「最初に育成コストを払う人」が足りていないにも関わらず、「最初に育成コストを払う人」をあまり評価しない社会の風潮があると感じている。

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