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縁結びの日

いいご縁の語呂合わせにて、神話の国・縁結び観光協会が11月5日に記念日を制定している。

どこぞの結婚相談所が制定したと思いきや、なんと出雲の国・・・。
11月6日は、お見合いの日ということであるが、そちらは日本ではじめて集団見合い(紅鯨団みたいなもんか・・・)が行われた日である。
合理化を推し進めて”仲介業”を否定することを続けていったとしても、
お節介がいないと成り立たないこともある。
意思決定はそれだけ難しいのである。
それほど、この世はなかなか非合理な面もあるのである。自由恋愛だと叫んでも、それだけでは成り立たないものが縁というものであろう。
触媒のような役割を仲人に背負わせて解釈してみたが、落語なんかを聴いていると、江戸時代では仲人が、社会システムの一つとして機能していたようである。

 そもそも職業もそうで、どんなことで食べていくかは、伴侶を決めるのと同様難しい。結局、”えいや”とか直感がものをいう場合もある。すべての職業体験をしてから決めるわけにはいかないし、すべての女性とつきあってから見定めるのも不可能だ。
ここで、過去ログを取り出してみる。2017年の11月6日の記事である。

お見合いすると、なんというか
自分からは断れないだろう。
そういう性格なのだ。

それとは反対に、
大手の結婚相談所での成婚率は
決して高くない。

かつてそういった仲介業について学んだことがある
女性に対しては、
海外旅行、飲み歩きなど
派手めな趣味は書かないように勧める

それが悪いとは言わない。

むしろ、そういう女性に魅力を感じる人もいる、

家族によっては、マイナスにとられかねない
からあえて書かない方がよい

男性にもマニアックな趣味は書かないことを勧める

それが悪いとは言わない。

趣味が合えばこれも気があうことにつながる

けれど世間のタイポロジーは
だから、今迄結婚できなかったのだ
と、とられかねない。

お見合いは、個人どおしの関係ではないから
そういうアドバイスがあるのだが

実情は、そう指導しても修正しない人もいる
外せないし、隠しても長続きしないから
という理由だ。

それも理があるが
ある程度そういう話ができあがってから
話せばいいといっても納得できない

それから、大手の結婚相談所では
女性の男性に求めるスペックが高すぎる
年収700万、大卒、高身長
そう、いわゆる3高だ。バブル期のスペックだ。

そういうと、
大卒なんて5割はいるでしょ。
お友達に年収高い人や
身長も高い人は街で見かける

折角高額の入会金を払ったのに
なんだか、そのスペックでないとお得感がない
とのこと。

気持ちはすごくわかる。
しかも、結婚相談所に申し込むという
ある意味譲歩までしてるのに、という意気込みもわかる
たしかに3高の要素の一つを達成している人は
少なくない。

けれど3つとも揃っている人は
実社会でも2割に満たない。

しかも、結婚相談所の会員の方でそのスペックの人は
いないとは言わないが、、、
そういうスペックでしかも結婚したいのにできていないのは
たぶん、何か問題がある。

とそう話して納得してもらう

あまりに難儀なんで

ワークショップの段階で自分には、
仲人業をやるには性格を変えないとヤバイと感じた。

断れないようなそんな性格では
成婚までとても持っていけない。
流れに任せるというより
強引に流れを作り出すパワーが必要な要素だ。

グチャグチャいってないで、決めちゃいな!
と迷っている人の背中をバシッと叩けるようでないと
難しいのだ。

”えいや”を求めるときには、毒か薬が必要である。

結婚に毒を盛った吉田兼好がいる。徒然草の190段だ。
”妻といふものこそ、男の持つまじきものなれ” で始まる。
そして独身の男が”心にくい”とするその心は、
”いかなる女なりとも、明暮添ひ見んには、いと心づきなく、憎かりなん”
としている。
フェミニストに対しては猛毒であろうが、阿刀田高氏などは結婚式に出席した男性の人間模様を彼特有のブラックユーモアで男の本音をあくまでも軽快に描く。所詮は諦観と妥協の産物だと決め込む覚悟をあえて軽い筆致で書くことにより、逆に、覚悟に哀愁が漂う。

それにしても、なかなか美男美女というものは成り立たないものである。
いかなる美を誇ろうとも年と共に衰えはどうしてもあるものだし、
バランスがとれていないような美醜の男女の組み合わせでも添い遂げる人はいる。

一方でホームドラマやバラエティ番組などでは一見醒めきった夫婦を描き、その実の愛情が通うところを”をかし”と描く、かなり持って回った愛情表現ではあるが、そうした婉曲こそが年季の入ったご夫婦の共感をあるいは呼べるのか知らんと思う。これとは逆に愛情の刺激が強い男女を描くのが恋愛ドラマであろう。
人心は安定と刺激の両方を欲しがるものであるが、刺激ばかりだと不倫だらけで落ち着かない。安定にも良さがあると説かないと、結婚には至らない。

結びというのは日本文化にとってとても大事なワードである。いつ来るかわからない神のパワーを結界に結ぶ工夫が神事であり日常生活の基本に影響する。これは日本の神が外来神だからだという。おむすび 結果 結納 に至るまで、ことごとく”結ばれる”。
この意味で言えば、産霊(むすひ)パワーの源泉が造化の三神であり、

・天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
・高御産巣日神(たかみむすひのかみ)
・神産巣日神(かみむすひのかみ)

縁結びの神様といえば、当然出雲大社となる。
そもそも江戸の恋が描かれたのは遊女の恋であり、泉鏡花や永井荷風が盛んに描いた。しかし妖しくも泉鏡花の縁結びは霊界と心を結ぶ物語である。

あの人いいな、というのは個人差があり明確な理由がない。
これを心理学者達は口並み揃えて母への思慕というがそれとも違う。
いや、違くはないのかもしれないがそれだと恋はできない。
泉鏡花は幼くして突然母を亡くした。この葛藤がその後の文学に色濃く影をつくる。妖しの世界とともにいざなわれる力の源泉はいつも母への思慕のような情念が宿っている。

ギリシアの神様も日本の神様も性愛に対して実に朗らかだ。

何らかのタブーによる縛りは全くない。そんなの気にしているのは人間だけだ。仏教もキリスト教も禁欲を旨とするが金剛手菩薩(ヴァジュラ・パーニ)を起源とする愛染明王が性愛を悟りに変えるよう導く。
けれども、縁結びということは相手が誰でもいいわけでなく、あの人でないといけないという絞り込みなのだからやはり、霊界の力の方がしっくりくる。加えて月下老人の赤い糸が冥界で恋結びをあやつる。赤い糸は東南アジア全域に似たような物語を結ぶ。

つまりは、奔放でなんでもありというより、ルールに則った文化的営みが前提でないと縁も所縁も生まれてこない。でも、目に見えるものより感じる機微の方がより安定には好ましいことであろう。

さて、運命の赤い糸の記事でフランスでは、数年前にカップルがタトゥーをお互いに彫り付ける覚悟を記事にしていた。

C'est dans le conte de Li Fuya que l'on retrouve une ancienne légende chinoise, parlant d'un vieil homme et de son sac rempli de fils rouges.
Des fils de soie rouge qui vouent deux personnes à s'épouser, quelle que soit la distance sociale ou géographique qui les sépare, et même si leurs deux familles se détestent.
私訳)
それは李復言の書いた話の中に出てくる中国の古い伝説で、ある老人がいて
彼の持つ袋の中にはたくさんの赤い糸が溢れるように入っています。
その糸は添い遂げる二人の人間を結びつけます。たとえどんなに身分が違おうとも距離がどんなに離れていようとも、家族どおしが憎み合っていてさえしても

Dans le conte, le vieil homme est approché par un garçon, Wei Gu. Curieux, Wei Gu veut savoir qui sera sa future femme. Le vieillard lui répond alors qu'il s'agira de la petite fille de la marchande de légumes.
Intrigué par ce qu'il vient d'apprendre, il décide d'aller voir à quoi la jeune fille ressemble. Malheureusement, elle n'est pas à son goût, et Vexé de la trouver si laide, il la bouscule violemment lorsqu'elle passe à côté de lui.
Des années après, Wei Gu épouse une superbe jeune femme dont il ne découvre le visage que lors de la nuit de noces, comme le veut la tradition. Il remarque alors une cicatrice sur son front, et interroge sa femme sur son origine.
Elle lui répond qu'un voyou l'a fait tomber sur le front quand elle était petite, et qu'elle en a gardé la marque. Wei Gu comprend que le voyou, c'est lui, et que le vieillard avait raison.
Wei Gu et sa femme, en comprenant que leur union était écrite, ne se disputèrent jamais.
● vexer とは、ここでうまくフランス語にしたなと思わせる語で
権力などの濫用によって悩むことである。
● voyou とは ならず者である
Le vin coulait en ruisseaux, mouillait les pieds, les voyous buvaient dans des culs de bouteille, et vociféraient en titubant (Flaub.,Éduc. sent., t. 2, 1869, p. 114)
私訳)
この話の中では 老人にある若い少年、韋固が近づいていきます。
興味深々の韋固は未来の妻が誰なのか知りたがり、老人は、それは八百屋の娘であると答えます。
教わったことに興味をもって、その若い娘がどんな様子なのか見に行こうということにしました。
不幸なことに、その娘は彼の好みではありませんでした。残念が嵩じて娘に醜いものとみなしてしまいます。
彼は娘とすれ違いざま、乱暴に突き飛ばしてしまうのです。
何年かのち、韋固は非常に美しい娘と婚約します。伝統にしたがって結婚式の夜までは顔を覆っています。
結婚式当日に彼は彼女の額に傷があることに気づき、どうしたのか尋ねます。
彼女は、あるならず者に幼少期に倒されたのだ、それを隠さなくてはならなかったと答えます。
韋固はそのならず者が自分であり、老人が正しかったのだと理解します。
韋固とその妻はお互い結びつきを理解し、互いに決して言い争うことはありませんでした。

Li Fuya とは「続幽怪録」を書いた 李復言のことであろう。
Wei Guとは、この話に出てくる韋固のことである。

Maintenant que vous connaissez la légende du fil rouge du destin, vous savez que les couples ayant ce finger tattoo sur le petit doigt croient au destin et à l'amour entre deux âmes sœurs.
C'est si romantique, non ? Assez pour vous convaincre de faire un tatouage de couple ?
【語彙】
● âmes sœurs とは
 直訳では妹の魂であるが、ここでは心の通い合った異性を指す

運命の赤い糸を知った今、運命を信じて心の通い合ったお互いの小指にタトゥを彫り付けることは
とてもロマンチックに思えますね? あなたはカップルのタトゥーを彫るほどの確信がおありですか?

タトゥを彫り付ける覚悟とは一生のパートナーになるということである。
死が二人を別つまで、タトゥは消えない。
未来永劫 不倫をしない誓いのようなものである。
たしかに、これも一つの結びとみていいだろうと思う。
本当に大丈夫なのか?と不倫の多い国であるフランスについて心配かもしれない。しかし、だからこその結びの決意といえなくもない。
たくさんの男女がいる中で、たった一人を選ぶのである。その選択には何かの権威づけへの依頼心が出てしまうことは、やむを得ない。
この人と思い定めてかなわないことも多いかもしれないし、本当にこの人なのかという迷いもあるだろう。
占いに頼ったり、神頼みをしたりする。しかし頼む先である神は自由奔放すぎる。浮気し放題である、どれほどの効果があるかしらんと逆に心配である。
かといって釈迦やキリストは一生独身だし、縁遠い。
(なんて罰当たりな・・・・)やはり ここは道教の神が一番適任である気がする。そうなると、台湾の台北霞海城隍廟の月下老人にお願いするは妥当でいいかもしれない。

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 実のところ、お相手のほとんどが、これから出会う人でなく、いままで出会った人との縁である。そうであれば月下老人のところには、引き寄せでも、ブロックを外すわけでもなく、むしろ決意のためにいくというのが本当のところなのではあるまいか。。。つまり、好きな人と結ばれたいと願いにいくのではなく、願うことによって、よりその人を好きになりにいくという面もあるのであろう。

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<来年の宿題>
・出雲大社について
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●見出しの画像
台北の霞海城隍廟にある月下老人像(画像はお借りしました)
台湾は食事こそ香港の方が好みだが
観光スポットには事欠かない。願掛けついでにそれらを楽しむのはとてもよいと思う。九份でノスタルジックな雰囲気に浸り、迪化街で漢方薬を買い、
永康街で安尚烏龍茶を求め、龍山寺で運気を増し、淡水で夕陽を眺めたり、
士林夜市を冷やかし、愛河で夜景を見る・・・・・
そんなコースでまた行ってみたい。




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