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貧しき人びと

"あなたと知り合ってから、私はまず自分というものがよりよくわかるようになり、それからあなたを愛するようになりました。あなたを知る前の私は一人ぼっちで、まるでこの世で眠って暮らしていたようなものです。"1846年発刊の本書は、25才の著者の処女作とは思えない筆力が素晴らしい。


個人的には読書会の課題図書として著者のボリュームある『最後の長編小説』カラマーゾフの兄弟を読み進める中で、そう言えば?デビュー作を読んだ事なかった。とふと思って本書を手にとったのですが。

【約240ページの小役人と薄幸の乙女、2人の往復書簡】という体裁をとっている本書は、比べると読みやすく、また登場人物が少ない為に、主要人物それぞれにスポットがあたった様に描写がはっきりしている晩年の『カラマーゾフの兄弟』に対して【信頼できない語り手】よろしく、読み手に想像させる余白が多々あって、お金に【余裕がある時ない時】によって【理想と現実】互いの変化していく心境が行間から伝わってくる書簡の工夫された文面なども含めた筆力が素晴らしいと感じました。

また、弱冠25才の時の作品という事で、ドストエフスキーの『人間の暗部、暗い部分を書いている事、そして善悪の問題を描いていることに影響を受けている』とインタビューで述べていた、同じく25才でフリーターを経て『銃』で第34回新潮新人賞を受賞し華々しくデビューした中村文則、そして作品と脳裏で比較しながら【執筆当時の両者の心境】に想いを馳せてみたり。


あるいは2019年現在の『100年時代』されど将来は『老後2000万円足りない問題』から、年金生活はまだ迎えてはいないものの、今でいうシェアハウスに住みながら借金を重ね、ヒロイン(こちらも今に例えれば"会いにいける某アイドルグループ"になるのだろうか?)への恋愛感情だけでなく【己の人間としての尊厳】から貢ぎ続ける初老の小役人の姿から、時代を170年近く過ぎたのに、まるで【近未来の某国の縮図】を見せられているような、妙なリアリティを感じてしまったり。

19世紀後半を代表する世界的文豪の若かりし頃のデビュー作に興味のある誰かへ。また普遍的に素晴らしい往復書簡形式の小説に興味ある誰かにもオススメ。読みやすいです。

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