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駄菓子屋 さとう 鎌倉の昭和時代

その店は、鎌倉旧市街 材木座の通り沿いにあった

ガラス戸は開け放たれていて、ガラス戸の先は、言葉で言うならば土間の様な造り、土間の縁側みたいな場所には、所狭しと、商品が並び、向かって右の奥に婆さんが一人、座布団に座っている。所狭しと言えど、本当に狭いのだけれど。そこは極めて合理的な造りで、駄菓子を売る。

駄菓子として、普通に売られているものもあれば、くじ引きを経て、駄菓子を手に入れるものがある、そのまま売られる代表的なものは、麩菓子、烏賊類、杏子、あましょく、ミルクせんべいに梅ジャム、黍餅、くじを経て買えるのが #カレーせんべい  と #カステーラ  、#糸引き飴 など 。その中間が、ヨーグルトと称した変なクリーム。蓋を開けると当たりが出ればもう一つもらえる。

飲みものは、ラムネ、チェリオ、これらはまともなものだけれど、色が付いた甘い水がビニールに封入されたものや、それに重曹だろうか、スクリュー式のキャップを回すと混ざる変な飲み物まである。

そこは、子供にとっては、社交場であり、カジノであり、運と立場と、人間関係が支配する、子供の世界だった。

「スイカ」(厳密には酢烏賊)と絣の和服になぜか割烹着を来たお婆さんに伝える 丸いタッパの蓋をあけて、そこには、甘酢に漬かった烏賊の足、ほのかにピンクをしたそれを、一つ、割り箸に挟む。婆さんは、少し油を引いたような小さな紙にそれを載せると、「10円ね」とcall! 10円を婆さんの手のひらに落とし、紙に乗った烏賊を手に取る。指先でつまみ、婆さんの目の前で、それを口に運ぶ。口いっぱいに広がる酢の強烈な刺激、烏賊の味など全く包み隠している。ひたすら噛み続けるが、なかなかの見込めるまでにはならないでいる。それでも持続し続ける酢の味。この間、少なくともこの子は無口になる。「おばちゃんソース烏賊ください」他の子が注文する、今度も同じ流れで、真っ黒な液体に漬かった烏賊の足が箸で摘ままれて姿を現す。同じ流れで、子供はこれを口にするが、こちらは酢烏賊とは、異なり、触感はひたすらに硬い、固いがこちらは、ポツポツという感触で嚙み切れるので、力は要るが,ほんの少し酢よりはソースの方が食べやすい。ここで、特筆は子供ながらの気遣いか? 誰から見ても、店番をするのは、お婆さんである、けれど、子供たちは、このお婆さんを”おばちゃん”そう呼ぶ。お婆さんでは、コミュニケーションがうまくいかないのを子供ながらに察知しているのかもしれない。

今日は酢烏賊とソース烏賊で話を終わる、けれど、駄菓子屋ワールドの話は尽きない。

この駄菓子屋には、アイス系はない、ラムネは氷を入れたタライで冷やされている。電気を使うアイスの冷蔵庫などなく。電化されているのは、おばちゃんの頭上の裸電球に、傘がついたものくらいだ。

1970年代初頭、この店は、この時代でも時代遅れだったけれど

この時代遅れが大好きだった

普通のお菓子屋ならば、普通にアイスもあれば、コーラもある。

ここには無いだけだ



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