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か ま く ら ism (第4回) 鎌倉でラーメン それは母との記憶だ 今回は、僕の一番好きなお店もご紹介です

美味しいとは 別に凄く美味しい苦なくて良い


⚪鎌倉でラーメンと言えば

★カバー画像は、イメージです文中のお店のものではありません


鎌倉で食べるラーメンと言えば、豚骨でもなければ 味噌でも 塩でもなくて 醤油という呼び方さえもしない 一択の そう #ラーメン  中華そばですら無いんですよ。
これは 1970年代のお話です。
小学生の時、近所で勉強を教えてくれる場所があったんですよ。
塾というものでもなく、小さな小学生から、上は高校生までが集まって、オールマイティーに勉強を見てくれる女性が一人でやっている勉強教室だったんです。通うのは週に1回ないし2回、一回の時間は2時間ほど、学校の宿題をやってもいいし、中学生は試験対策や受験対策もしていて、あくまで本人の自主性を大事にしてくれる感じでした。この教室、一番最初は雪の下の協会のお部屋を借りてスタートして。その後は先生のお宅が教室に。
通っている生徒さんは、僕ら御成小 御成中、第一、第二、清泉、白百合、関東学院まで、幅広く。夏は、この教室主催で日本各地へ旅行に出たり。何ていうか一大コミュニティだったのですよね。
そこの先生が、何故かたまに、ラーメンを食べに連れて行ってくれたのが、小町通り近接のカウンターだけの #登華園  後に出来る大町のそれとは違う、小町の登華園 キンちゃん というオジサンが作ってくれる、玉子つなぎの麺が売りのお店でした。メニューはラーメンとタンメンだけ、それに餃子があったか無いか、忘れましたが。ここが、僕の人生のラーメンのルーツです。
後は、自宅で #店屋物 として食べる ラーメン #東京亭  ですね。でも、ここはラーメンよりも、僕は断然 #五目そば #五目かた焼きそば  が大好きでした。
あとは、店の名前は忘れたけれど 当時 #材木座 にあった中華屋さんのラーメンが、何故か今でも覚えているのですが餃子とともに美味しかった。これね、先輩にご馳走してもらったんですけどね、先輩自身も小学生でしたが、あの頃の、この先輩は本当に大人の貫禄でした。

そのすべてが、ちゃんとラーメン
今、このラーメンは何処に行けば食べれるのでしょう。

⚪鎌倉のラーメンのレギュレーション 1970年代当時

※今の時代のラーメンが嫌いなわけじゃない、でも消去法でいい
⚪麺は太麺でもなければ、細麺でもない 普通で少し縮れてる
⚪醤油スープは、色がきちんと醤油色で決して透き通る感じは無い
⚪雑に切ったメンマが適度に乗っかる
⚪チャーシューは、薄すぎない、脂身も程々で 1枚
⚪ナルト1枚
⚪長ネギがちらしてある
⚪時々海苔1枚

⚪良い思い出の脇役だったラーメン

そして、書かないわけにはいかない1杯のラーメン。
これが今日のこの記事のメインテーマなのです。
#高校時代とかって 、物凄くお腹が空くんですよね
だから、学校の帰りとか、大町の家に直接帰らずに両親が居る小町通りの店の方に寄るんですよ。何かたべるためにね、もちろん、店で出している料理を、店内で食べることも少なくないのですが、うちの店に隣接したところに1軒のラーメン屋があったんです。先に書いた登華園さんとは違う店が。
僕が店に顔を出す時には、最低限のルールがあって、これ決めてるの自分だけで、別に言われたわけでもないのですが。従業員通路から店に入り、店の状況(混んでいたり、従業員さんの状況とか見たりして)で、何か食べ物をねだったり、退散したり、子供ながらに気を使うわけです。
そうすると、母が僕を見つけると、「お店で何か食べる」とか聞いてくれるわですよ。店なら椅子テーブルもきちんとしている訳なのですが、時たま「ラーメンもらって来てあげようか食べる」と言ってくれる事があるんです。そうすると僕はたいてい「大盛りで」と答えるのですけどね。
母が、その店の入り口の戸を少しあけて、ラーメンを注文してくれるのです。ラーメン屋から言われるのは、5分後とか7分後とか言われるので、その時間にお盆を持っていくわけです。デカい丼ぶりを店に持って帰って、店のバックヤードの授業員ロッカーのある1角で、そのラーメンを食べるんですよ。働いてないのに賄い飯ですね。
バックヤードはテーブルと言うより棚が、壁から腰の高さに出ていて、そこに丼をおいて、パイプ椅子で食べるのですが、棚が手前に傾斜しているので、ラーメンの水面が手前側は丼の縁ギリギリになるんです。
このラーメンを食べるんですよ。
塩辛い、何の変輝もない濃い味のラーメンに、適当に切られたゴロゴロしたチャーシュー、適当に切られたデカくて厚いメンマ、よくもまあ、この見てくれで金が取れるよと言いたい様な大盛りラーメン。
このラーメン美味しいかと言われれば 美味しい 凄く美味しかと言われれば、そんなことはないと答える、でもねラーメンは凄く美味しい必要はないのです、少なくとも僕にとっては。

⚪美味しさに拘るあまりの味音痴の大量排出


鎌倉で1970年代に食べた、ラーメンと言うのは むしろ、美味しいものを求める流れとは少し異質だと思うのです。この醤油のラーメンは、味を極めて繊細よりも、あえて粗野を望む。寒い日に熱々のラーメン。暑い日に大汗をかいて塩辛いラーメンをタオルで汗を拭い食べる。ガツガツとワシワシと、それが美味しい。

⚪だからこその、母と過ごした思い出に残る このラーメン


ちなみに、このラーメン屋さん鎌倉ではかなり有名? そんなラーメン屋でしたね。
母との思い出 : 不二家の2階のエビグラタン ホットケーキ 
         扉のサンドイッチ 
         でも、彼女は何処に行ってもコーヒーばかり
         注文していた

⚪今回も余談


鎌倉駅、以前の駅舎時にテンポラリー店舗で

100円ラーメンが営業していたのを覚えてる人居ますか
多分 1970年代でした

更に余談

もし鎌倉に行くなら 僕が鎌倉で一番好きなお店を紹介します
それは、ここ 子供の頃は ここで頻繁に宴席をしてたし
大人になっても何度かお邪魔しました
これを超えるお店を僕は知りません
書いて良いのかな もったいないかなぁ
づつと づっと 続いてほしいお店だから

でわまた



 今一番気になっている本

         



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