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立春の椿

渋谷駅の階段を昇ってホームに出ると、ちょうど山手線の列車が滑り込んでくるところ。
タイミングよく車内に乗り込むと、大きなバスケットを大切そうに抱える女性の姿が目に入った。

バスケットの中には、苗木の鉢植えがひとつ。
30センチほどに伸びた苗木には、ピンクのつぼみがふたつ。
それは、椿の花だった。

隣に座っていた老婦人が、その女性と話をしている。
ふたりの会話に聞き耳をたてていると、彼女はこの椿を大切に育てていて、初めてつぼみがついたのをお披露目するために、これから園芸仲間に会いに行くのだそうだ。
確かに、バスケットを抱えているその姿には、まるで赤ちゃんを優しく包み込んでいるかのような、母親の慈愛が感じられた。

「では、お気をつけて」と、老婦人が新宿で席を立ち、バスケットを抱えた女性が軽く会釈する。
てっきり、ふたりは知り合いなのだと思っていたら、どうやら車中で偶然出会ったお隣さんだったようだ。

静かに座る女性の様子を、吊り革越しにそっと眺めてみる。
確かに老婦人じゃなくても、隣に座っていたらつい声をかけてしまいそうだ。
そのくらい、バスケットの中の椿はとても瑞々しく、つぼみは愛らしかった。
そして、女性が座っているその一角だけ、清らかな光に満ちていた。

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