それはあなたと私の秘密

ーーねえ、聞こえてる?

薔薇の声は聞こえない。誰にも。

自身の根元で泣き崩れる数多くの少女に向けられた声。

薔薇の迷宮は、ロマンティックな逢瀬の場所。

誰にも邪魔されることなく、年若い男女が言葉を交わし、時には唇を重ね合う。

だが、時にそこは不幸な別れの場にもなる。

そういう時、根元で泣き崩れる、痛々しい少女に、薔薇は言葉をかける。

ーーねえ、聞こえてる?
ーー哀しいわね
ーー悔しいわね
ーーねえ……、分け合いましょう?
ーー貴女の涙を、私に頂戴?

そして薔薇は咲き誇る。


少女の悔しさを、香り高い芳香に変え。

少女の痛みを、濃厚な紅色に変え。

少女の涙を、時短い命に変え。

時が過ぎ、薔薇を見るヒトは思い出す。

自分に、痛ましい時間があったこと。

その傷は、薔薇の根元で涙したからこそ癒えたのだということ。

けど、その涙の時間は誰にも知られたくないもの。

薔薇だけに、知られてもいいもの。

それは小さな恋の話。

とうの昔に終わってしまった、微笑ましい失恋の話。

今となっては、キラリと煌めく宝石のようなもの。

薔薇に水をやりながら、かつて少女だったヒトは小さく優しく呟いた。

「あれは、あなたと私だけの秘密だものね」

薔薇は、頷くように、ふるりと花弁を震わせた。



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