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【PLANETS CLUB第6回定例会】 現役官僚・橘宏樹による『「平成最後の夏期講習」見聞録』

今回の定例会のゲストである橘宏樹氏は、官僚という「コンサバ」な組織に所属しながら、その保守的な組織のハックを目指している人物です。職場では座席表の貼り出しや稟議を上げる際の承認印の多さなど、まだまだ古い体質が多く残っているそうです。同氏はそんなコンサバな組織をハックするためには、コンサバ内のどこかに存在する、戦中派エートスを持った「真の族長たち」から「コネ・カネ・チエ」の資源を受け継ぎ、「ヨコ」そして「ソト」へ展開していくことが重要だと述べています。そんなコンサバのハックを目指す平家的な橘氏と東京で独立的に「コネ・カネ・チエ」を蓄え、「ヨコ」や「ソト」を目指す源氏的な宇野常寛氏 (評論家・PLANETS編集長)の対談が、8月21日のPLANETS CLUB・第6回定例会にて行われました。

本定例会は、落合陽一氏と小泉進次郎氏の主催により7月31日に行われた「平成最後の夏期講習」を受け、その延長戦というカタチで取り行われました。「平成最後の夏期講習」について、一言で説明すると、ポリティクス(政治)×テクノロジー(技術)=「ポリテック」という考え方で、様々な課題を解決しようという試みです。

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その中で、橘氏は「ミクロな成功例でマクロな問題を誤魔化す点」に、宇野氏は「多様性へのアプローチ方法」に、それぞれ注目しました。本レポートはこの二点を中心に進めていきたいと思います。

■「ミクロな成功例」という見せかけの解決策

「平成最後の夏期講習」の中で橘氏が注目したポイントが、「ミクロな成功例を見せることで、マクロな課題にも突破口があるように見せかける」問題です。

ミクロな成功例でマクロな問題を誤魔化す一つ目の例が、ポリにおけるビッグデータの活用です。これを行う場合、統一的に日本中から個人情報のデータを集める必要があるのですが、現状は各市町村がバラバラに動いて、そういった情報収集ができていない状況です。分かりやすいのが、宇野氏の挙げた福島県の会津若松市の例で、同市は人口約12万人の都市であるにも関わらず、果敢にもビッグデータの活用を試みています。しかし、先でも確認した通り、ビッグデータを有効活用するためには、日本中の膨大なデータを集める必要があり、極端に言うと「国民総背番号制」などの制度を導入でもしない限り、これらを集めることは難しいと宇野氏は論じています。現状、この統一的な情報収集がセットで語られることはなく、12万人+αの規模でビックデータの活用が謳われています。12万人+α/1億人というのはとても少ない数字です。このビックデータの活用に関しては、ミクロな事例だけにフォーカスして、マクロな部分に目を向けられていないと言えるでしょう。

そして、二つ目の例は、コミュニティの問題に対して採られる、「地域の支え合い」や「NPO法人の活用」という解決策についてです。この方法は、宇野氏が指摘するように、「税金を使いたくないから、自分たちでやって下さい」と宣言しているようなもので、問題に対する有効な解決策になり得ないことが多いです。にも関わらず、なぜこのような結論に至ってしまうのでしょうか? その主な原因は、まさにミクロな成功例でマクロな問題を誤魔化そうとする点にあります。どういうことか? 宇野氏は、メディアに出ることが大好きなお役所の人や大学の先生たちは、世間に良く見られたいという願望が強く、「良い話」に結論を持っていきがちだと言います。その結果、コミュニティ関係の良い話というのは、「ある地域では、ご近所さん同士が心温まる取り組みを行っていて、それが小さな芽となって、全国の問題を解決するかもしれない…… (終わり)」というような、ミクロな成功例を紹介することで、マクロな問題にも突破口があるように見せかけるパターンが多くなってしまっているのです。「地域の支え合い」などは、まさに世間受けの良い話といった感じでしょう。こうして、安易に「地域の支え合い」や「NPO法人の活用」という解決策が語られてしまうのです。

しかし、橘氏は上記のビッグデータ活用や地域の支え合いがダメだと言っている訳では決してありません。重要なのは、ミクロな部分だけに注目するのではなく、一歩引いてマクロな部分にも目を向けるということです。一つ目のビッグデータ活用に関しては、会津若松市だけではなく、全国から情報を集める仕組みが重要と言えるでしょう。そして、二つ目の地域の支え合いに関しては、このマクロな視点に加え、「良い人の搾取にならないような体制」がとても重要だと橘氏は述べます。ボランティアやNPO法人の人は、なぜお金が貰えないにも関わらず、地域の支え合いに参加するのか? 支える代わりに何を得ているのか? 近年、人々の欲求のカタチは愛・承認欲求・母性など様々です。橘氏はこのように多様化した支える側の欲求を、一個一個丁寧に見ていき、支える側と支えられる側をうまく繋ぎ合わせて、win-winの関係を築くことが、良い人の搾取にならないために重要だと述べています。

■文化的アプローチという選択肢

そして、「平成最後の夏期講習」の中で、宇野氏が注目したポイントが、「多様性へのアプローチ」についてです。以前から多様性の大切さは叫ばれていますが、最近、特にこの言葉を耳にする機会が増えました。今回の夏期講習の中でも、「ポリ」と「テック」を使って、どう多様性を設計するか? という議論が見受けられました。ポリとは、言い換えると人間の利害調整 テックによるポリのコストダウンが、どの場面においても一番効果的なのか?」という議論を投げかけました。そして、教育や対話などの「文化的」なアプローチも効果的な場面があるのではないかと述べています。かつては、金子みすゞ氏の「みんなちがってみんないい」という詩が教科書に掲載されるなど、教育や対話といった文化的なアプローチで、多様性の大切さを教える方法がよく取られていました。これは、美しいからという理由だけではなく、コストが安く、効果的だから取られていたアプローチです。しかし、時が経つにつれて、コストが安く・効果的という最も重要な部分が忘れ去られ、「人と人との交流は美しいので、もっと対話しよう」という何の意味も成さない文脈だけが残ってしまいました。そして、本来は「効果的である」という部分が抜け落ちたこの文脈だけを見た人が、教育や対話などという旧態依然とした方法よりも、テックを利用した方がより効果的でスマートではないかと考え始めたのです。こうして、本来は文化的なアプローチの方がコストが安い場面でも、テックを用いた割高なアプローチが取られるようになってしまったと宇野氏は述べています。最近は、多様性の重要さを指摘することに「うっとり」してしまう人が多く、どのアプローチが効果的か議論されることはほとんどありません。ポリ・テック・文化、どのアプローチを用いて社会に多様性を埋め込んでいくか。ここが重要なポイントであると宇野氏は考えています。

以上、今回は橘氏と宇野氏がポイントとして挙げた「ミクロな成功例でマクロな問題を誤魔化す点」と「多様性へのアプローチ方法」に注目してきましたが、上記以外にも、「課題設定の問題」など様々な議論が行われました。

■キーワードは、「高く買ってくれる」・「大勢に」・「楽して」売る

最後に、橘氏は「平成最後の夏期講習」に対して意見を述べるだけではなく、自身の活動についても語って下さいました。その中で、ポイントとなるのが「外貨を稼ごうよ」というワードです。日本の生産性は年々低下していて、これは改善しなければならない問題です。そして、そのためには、「高く買ってくれる」・「大勢に」・「楽して」売るということが重要だと橘氏は述べています。まず、高く買ってくれるという部分について考えると、中産階級の人たちをターゲットにするのが良さそうです。次に、大勢にという部分。日本の中産階級の人数は約7,000万人~1億人ですが、世界に目を向けてみると、中産階級の人数は2016年の時点で約32億人いて、アジアを中心にこの人数は年々増え続けています。2022年には42億人、2028年には52億人と国内の約50倍以上の市場規模になることが予想されています。ここまでの橘氏の意見をまとめると、高く買ってくれる、世界中、特にアジアの中産階級の人たちに、「楽して」売るということが、生産性を高めるためのポイントと言えるでしょう。

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では、具体的にどのようにして、世界中の中産階級をターゲットに、「楽して」売ればよいのでしょうか? そのために橘氏が提唱するキーワードが、「カタリストがグローカリゼーションをプロデュースしていく」というものです。「カタリスト(媒介者)」=情報屋・プロデューサー。「グローカリゼーション」=海外×地方。「プロデュース」=新しいことをしようとする意志に対して、コネ・カネ・チエを提供して、成功に導く。つまり、「情報屋やプロデューサーなどの媒介者が、海外×地方を、情報や人脈を駆使して成功させる」というような意味になります。グローカルハブとしての都市で、カタリストが多様な選択肢から、適切な情報や人脈を選択することで、地方と海外を繋ぎ合わせ、レッドオーシャンである首都圏にではなく、ブルーオーシャンである海外に直接モノを売っていくのです。地方のプレイヤーにとって、市場がブルーオーシャンであれば、「楽をして」売ることができますし、カタリストにとっても、すでに所有している資源を選択しているにすぎないので、「楽な」仕事と言えるでしょう。これで橘氏が述べる、高く買ってくれる・大勢に・楽して売る構造の完成です。橘氏はこの方法で地方が外貨を稼げるように支援する活動を、NPO法人ZESDAを通して行っています。

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しかし、これには大きな課題もあります。それが、圧倒的なプレイヤーの不足です。首都圏には、地方と海外を繋ぎ合わせるカタリストの志望者は多いのですが、実際に手を動かすプレイヤーが圧倒的に不足しているのです。橘氏はこのミスマッチが現状、大きな課題だと述べています。

そして、この話を聞いて思い出すのは、「平成最後の夏期講習」の中で、落合氏が最後に述べた「今すぐやる」という言葉です。これは、「最も価値あることは、実際に手を動かすことである」というメッセージでした。橘氏が述べた外貨を稼ぐための施策はもちろんのこと、先ほど論じたビッグデータの活用や地域の支え合いなど、全ての施策を行う上で、シンプルですが最も重要な事だと言えるでしょう。「まずは自分ができる範囲のことから始めてみよう!」。そう思い、私も筆をとりました。願わくば、本定例会で橘氏と宇野氏が論じたこの内容が、少しでも多くの人に伝わり、それが誰かの未来への一歩になればと思います。

文:森 優人+PLANETS編集部

※本記事は、2018年8月21日に行われたPLANETS CLUB第6回定例会の橘宏樹氏と宇野常寛氏の対談をまとめなおしたものです。

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