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行動で示し、勇気をくれた人。


その人は金曜日の午後二時に荷物を抱えてやってきた。

僕には持病があり、なおかつ、前夜、その人が訪ねてくるということで、

遠足前夜のウキウキ感のような気持ちと、不安のようなものからくる

睡眠不足で、自宅からわずか8分のところにある駅まで迎えに

行くことができなかった。それでもその人は文句一つ言わずに携帯電話で

僕が案内する道を一歩一歩と進み、我が家へ向かって来ていた。


実はその人にも持病がある。

しかし、それでも僕に会って話がしたいということで、2時間かけて

僕の家まで来てくれることになった。さすがに僕も自宅でじっとしては

いられなかった。フラつく中、勇気を出して、その人が歩いてくる道まで

出た。そして、僅かではあるが、駅の方へ歩を進めた。手にした電話が

鳴った。「今、カラオケ屋の前を通ったんだけどこっちでいいのかな?」

「ええ、そのまま真っ直ぐ来て下さい。僕も今、外に出ていますから」

そのように返事をした。電話を切って3分、その人の姿が見えた。

こちらに向かって手を振っていた。こちらも手を振り返した。


実はこの出会い、初対面。電話では何度か話したことがあったせいか、

初めて会ったような気がしない、そんな初対面であった。

僕はその人を家に招き入れ、自分の部屋へと案内した。薄汚れた部屋は

恥ずかしかったが、とりあえず最低限の掃除はしておいた。

「遠いところ来てくれて、本当にありがとうございます」。

「いえいえ、でもまぁ何とか無事に来ることができましたよ」。

その時間は暑かったのでエアコンを入れ、部屋を冷やした。その人は

途中のコンビニで購入したサンドイッチとお茶を遅めの昼食として摂った。


その人も持病はあるが、電車に乗れるだけ僕よりはまだいい方だろう。

それでも2時間乗ってやってくるにはきっと辛いものがあったに違いない。

しかし、そんな素振りは見せずにいてくれた。僕が友人を部屋に招き入れ、

長時間の会話を交わすのは約一年半ぶりである。その時は、後になって

物凄く「人疲れ」してしまった。グッタリとし、夕食も摂れなかった。

今回もそのようになる不安はあった。人疲れは相当な疲労である。

しかし、不思議とその人には人疲れを感じなかった。それでも、いつ

その人疲れが来るかわからない不安はあった。常にドキドキとしていた。


そんな中でも会話は弾んだ。いい話をふんだんに聞くことができた。

そして僕も、思っていることや体験談などを話し、昔の写真も見せたりした。

ただ食欲はなかった。身体は要求していたが、食べられる気がしなかった。

「こりゃ、夕食はちょっと無理かも」頭の中ではそんな思いが巡っていた。

会話は続いた。やがて夕方になり、僕の家族も次々と帰宅してきた。

その人は僕の家族にも明るく楽しく丁寧な挨拶をしていた・・・。


夜の帳が下りてきて、夕食を僕の部屋で食べることになった。夕食は

両親が買い物に行って来た際に買ってきた寿司や鶏の唐揚げなどであった。

僕の部屋にある小さなちゃぶ台には載りきらなかったので、僕はストーブを

持ってきて、それをテーブル代わりに使った。”食べられるかな?”という

不安は見事に吹っ飛んだ。僕はそれらを一気にたいらげたのだ。その人の方が

遅かったくらいである。これで少し安心した。食後に二人して少しだけの

アイスコーヒーを飲み、そのあと共に処方薬を服用した。

それ以降も会話は弾んだ。テレビは一切、点けることはなかった。

汗かきなその人は入浴しに行った。その間、僕は note に行き、さまざまな

作品に触れた。風呂から上がってきたその人はサッパリとした表情だった。


普通の人なら就寝する時間になっても僕たちの会話は続いた。

とにかく飽きずにどんどん話が出て来た。ためになる話もあったし、

笑える話もあった。話は尽きることなく、窓の外は白み始めていた。

朝の5時、眠ることにした僕らは別れ、それぞれの布団で眠りに就いた。


土曜日の午前、その人は元気だった。僕の部屋に入ってきて窓を開けた。

僕はまだまだ眠かったが、少しずつ目が覚めてきた。その人は僕の母の

用意した朝食をすでに摂っていた。逆に僕はまったく食欲がなかった。

目を覚ますために煙草に火を点け、ゆっくりと吸った。その間、その人は

持ってきたタブレット端末で友人とLINEにて文字による会話をしていた。

徐々に目は覚めてきたが、僕は相変わらず食欲がまったく湧かなかった。


理由ははっきりしていた。「人疲れ」・・・いや、そうではなかった。

その人が帰るということが寂しかったのだ。明るく、僕の親や妹にまで

丁寧な挨拶をし、ためになる話をしにわざわざ来てくれた人。

やはり、別れはつらいものだった。たった一泊とは言え・・・。


夕方近くになり、その人は帰り支度を開始した。僕は黙って、時折喋って

それを見ていた。この時の僕の体調も決して良くはなかった。

駅まで見送りに行くことは不可能だった。それでもその人は構わないと

言った。部屋を出て、階段を下り、玄関へ向かった。

まず玄関先でお礼を言った。そして、再会の約束をした。

僕は来てくれたお礼に、お守りのような小さなプレゼントを贈った。

いよいよ別れの時が来た。駅まで行けない僕は、駅に通ずる道まで出た。

駅までの道順を説明したあと、改めて再会の約束をし、教わったことの

実践をするという約束をした。西に傾いた陽差しは二人を照らしていた。

僕はその人が見えなくなるまで道路に立っていた。その人も何度も振り返り

手を振った。僕もその都度振り返した。何とも言えない寂しい時間だった。

でも、その人はこれから2時間電車に乗るのである。不安もあったに

違いない。しかし、そんな顔を見せずにゆっくりと去って行った。


その人は身を以て、僕にあることを示してくれた。

君だって、必ず再び電車に乗れるようになる。自分だって乗れなかった。

それでも2時間乗って来ることができたのだ、と。

その人だって2時間も乗るのは実は相当、久しぶりのことだった。

かなりの勇気を必要としたはずだ。にもかかわらず来てくれた。

僕に会うため、僕に身を以て”必ずできるようになる”ことを示すために。


今の僕は歩いてたった8分の駅まで行くことができない。

それどころか、近所を散歩する余裕もない。

それほど持病が辛いのだ。でも今回訪ねて来てくれてたその人は

僕に大きな刺激を与えてくれた。必ず良くなる、治る、と。

十の言葉を受け取るよりも、たった一つの行動の方が僕に勇気をくれた。


いずれは僕がその人の家まで行きたいと思うようになった。

今度は僕が身を以て示したい。


「あなたのおかげでここまで来ることができました」、と・・・。

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