0043_記事使用_

WEBデザイナー 岡田 大誠 - インタビュー #04|turning point

今回お話を伺った方
岡田さん:WEBデザイナー、コワーキングスペースひらば運営者

<岡田さんのターニングポイント>
28歳 WEBデザインの仕事を始める
31歳 フリーランスになる
34歳 コワーキングスペースひらばの運営を始める

ニシグチ:まず、昔のことから色々聞いていきたいんですけど・・
出身は岐阜でしたっけ?

岡田さん:そうです。岐阜のど田舎ですね。

ニシグチ:いつまで岐阜にいたんですか?

岡田さん:中学卒業までです。奈良の高校に進学してそこから寮に入ったんで、実家は16歳で出ています。宗教的な学校だったのでその関係で奈良になりました。ちなみにニシグチさんもご存知の妻(デザイナー)とはそこで知り合ったんです。高校の同級生で。

ニシグチ:へぇ〜!それ初耳ですわ。そうだったんですね。
寮ってことは色々厳しかったんじゃないですか?パイセンとか・・。

岡田さん:そうですね。上下関係も厳しかったですし、門限が18時半ととにかく早かったです。部活が終わってすぐ帰らないといけない感じで。

ニシグチさん:それは大変・・。

岡田さん:えぇ。で、僕コミュニケーション能力が0だったので寮でも学校でも友達が本当にいなかったんですよ。休み時間が苦痛で、眠くないのに寝てるふりをしていたくらい。ひたすら周りをシャットアウトしていました。高校が一緒だった人で連絡を取る人は妻しかいないです。全ての記憶がデリートされていると言う感じですかね(笑)だから僕の高校時代を知ってる人は、今の姿にびっくりすると思います。

ニシグチさん:そこまで・・(笑)
高校時代もデザインが好きだったとか、何かやってたんですか?

岡田さん:いえ、全く。

ニシグチ:あ、そうなんですね。じゃあ高校卒業後は?

岡田さん:就職しました。就職先は学校のつてで一応あったんですよ。
でも本当はゲームが好きだったので、ゲームプログラマーなどになりたくて。
専門学校に入りたかったんですけど、周りに反対されて働くことになったんです。
出版社的な、新聞とかを出してる会社で事務員をしました。工場でたくさんの印刷物を裁くような仕事でした。

ニシグチ:意外ですね。確かバンドもやっていたと聞いたんですけど、それはいつ頃ですか?

岡田さん:はい。その就職先で職場の先輩たちと3人でバンド活動を始めたんです。僕はギターとベースをやっていました。会社の工場に楽器などを隠しておいて、皆が帰った後にそこで練習したりして。

ニシグチ:あ、会社の人とだったんですね!てっきり友人かと。

岡田さん:いえ、友達はいないんで・・(笑)
バンドは3年くらいやっていました。週1くらい練習して、ブランキージェットシティなどのコピーをしてましたね。たまにライブハウスで発表会みたいなこともしたり。でも、給料が安いのと仕事が面白くなくて22〜23歳で辞めてフリーターになりました。

ニシグチ:あらら。ということは先輩とのバンドは・・。

岡田さん:解散しました。で、そのあとは25歳くらいまで奈良でフリーターをしていました。バイトを掛け持ちしたり、契約社員とかしながら。

ニシグチさん:その時はバンド活動はしてなかったんですか?

岡田さん:やっていました。奈良の人たちと。
で、その後京都に引っ越してからも引き続きやっていましたね。

ニシグチさん:京都では仕事はどんな感じだったんですか?

岡田さん:某携帯会社の派遣社員をしていました。事務処理をしたり、携帯の修理とかをやっていました。それが26〜27歳くらいまでですかね。
その頃にバンドも辞めてしまって、京都には仕事があまりないので大阪へ引っ越したんです。27歳からはずっと枚方在住ですね。

ニシグチ:枚方にしたのはたまたまたですか?

岡田さん:いえ、京都に未練があったので。京都にも奈良にも行きやすいということで枚方にしました。で、また派遣で働いて。デジタル機器の試作品のテストやバグの検証の仕事をしてました。でも27~28歳で派遣切りにあったんですよ。

ニシグチ:おぉ・・。

岡田さん:その時はハローワークに相談に行きまして。職業訓練に通うことにしたんですけど、そこで初めてWEBデザインという仕事を知りました。

ニシグチさん:やっと来た、デザインの話!!
今までバンドマンの人生みたいになってましたからね(笑)
でも、なんでWEBデザインを選んだんですか?

岡田さん:かっこいいからです。全然わからないけど響きがかっこいいから(笑)

ニシグチさん:それ大事!!

岡田さん:やってみると「面白い!」となって半年間学びました。
この道を本気で頑張ってみようと思うようになって。これがターニングポイントですね。

ニシグチさん:ターニングポイント1つ目!待ってましたよ〜。
卒業してデザイン系のところに就職した感じですか?

岡田さん:そうですね。ただ、そこから職探しが難航して・・。
30社くらい応募したけど全部落ちたんですよ。コミュニケーション能力も低かったし。もうハローワークとか求人誌とかでは見つからなかったので、Googleの検索で会社を直接見つけて採用してもらいました。

ニシグチさん:大変だったんですね。でも、決まって良かった!

岡田さん:いや、それが・・3ヶ月で仕事ができなさすぎてクビになったんです。
さすがにめっちゃへこみました。職業訓練校では30人くらいいたけど、頑張ってるのって自分とあと数人くらいだったんですよ。割と優秀な方だと自信があったので、それもあってショックでした。

ニシグチさん:なんと言って良いか・・。

岡田さん:でも今考えたら能力が低かったんで。今だったら15分で終わるようなことも、数時間かかっていたし。仕方ないです。
それで会社組織とか正社員は無理だ!フリーにならないとやっていけない・・と思って。フリーになったのは前向きな理由ではなく、完全に逃げの姿勢です。

ニシグチさん:そうだったんですね。じゃあそこからはずっとフリーランスで・・?

岡田さん:いえ、結局また派遣社員でWEBデザイン系の仕事をしました。同時に、当時クラウドソーシングが出始めだったんですけど、そこで安い仕事を取ったりしていました。ECショップのWEBデザインを1万円で受けたり。それが個人で受けた最初の仕事でしたね。1万円て安いですけど、当時はめちゃくちゃ嬉しかったです。その1万円は使わずにパソコンを買う資金の一部にしました。そんな感じで、派遣社員の仕事と個人の仕事の両立を1年くらいやりました。

そうしているうちに、クラウドソーシングから「うちの会社のHPを作って欲しい」という依頼が入って来たんです。それも2万円で(笑)。でも、その会社(ベンチャー企業)に気に入ってもらえて、仕事をちょこちょこもらうようになったんです。バナーやLPを作ったり。そのうち「うちと正式に契約して欲しい」という話になり、正社員として入りました。クリエイティブ、WEB周り全般を担当する感じで。でもずっと正社員でいるつもりはなかったので「フリーになる」とは伝えていたんです。そして1年後に独立し、フリーランスになりました。それが2、3年前ですかね。

ニシグチさん:結構最近なんですね!そこからは順調な感じですか?

岡田さん:割と・・そうですね。
もともとローカルメディアの枚方つーしんさんと繋がりがあって、そこからWEB制作の仕事を受けたりしていたんです。そのうちパートナー契約をすることになって。他にも数社から社員にならないかというお誘いもあったんですけど「社員は無理です」と断りました。

ニシグチさん:とにかく社員は断るんですね・・(笑)

岡田さん:集団行動はムリなんで・・。
で、その後も枚方つーしんさんの仕事や、枚方のボランティア団体と関わっていくうちに徐々に繋がりもでき、仕事が来るようになりました。WEB制作とITアドバイザーという感じで、いくつかの個人事業主や中小企業と顧問のような契約を結ぶようになっていって。このままいけそうだなと思ったときにコワーキングスペースひらばができたんです。

ニシグチさん:お、出てきたひらば。
今岡田さんはひらばの運営もされているじゃないですか。それはどういう経緯だったんですか?

岡田さん:僕がもともとWizcoというコミュニティサロンをやっていたり、クリエイター200人祭りというイベントをやったこともあって、半年前に「岡田さん、コミュニティもやってるし・・ひらばを運営してみませんか?」と言われたんです。

ニシグチさん:その時は必殺「無理です」は言わなかったんですか?

岡田さん:正直「マジか・・」とは思いましたし、「え?なんで」とは言ってしまいましたけどね(笑)でも、僕はひらばの会員No.1でしたし「自分にとってもチャンスだと思いますので、やりましょう!」と引き受けたんです。
で・・日々頑張っています。

ニシグチさん:なるほど~。でも引き受けてくれて良かったですよ。
先ほど出てきたWizcoではどんなことを教えているんですか?

岡田さん:WizcoではWEBサイトの作り方やデザインなどを教えています。普段ローカルの会社と仕事をすることが多いので、その中でITリテラシーが低すぎるというのが気になったんですね。”日本の問題=ITの活用能力が行かせていない”ということなのでは、と。それを身の回りからどうにかしていきたいと思いまして。
デザインの能力を、生活をデザインしたり、社会を便利にする方向に生かしていきたいと思って作ったのがWizcoだったんです。

ニシグチ:そういう思いがあったんですね。素晴らしい・・。
岡田さんはひらばやWizco、クリエイター200人祭りなどで色々なクリエイターを見ていると思うんですが、何か感じることはありますか?

岡田さん:まず、クリエイターはもっとわがままになっていいと思います。
もっと自分の作品は価値があると自信を持って欲しいんです。
まぁそのためにある程度能力をつける努力はもちろん必要ですが・・。
もっと発信した方がいいし、若干誇張するくらいがちょうど良いと思うんですよね。僕もWEBサイトなどで発信はするようにしています。
あとは、お金が無いと言っている人が多いのでもっとみんな稼いで欲しい!
稼ぐ=提供している価値の対価なので。もっと価値を提供できるはずなんですよね。

それと1番大事にしてほしいのは「自分がどうしてこの仕事をしているのか」を考えること。例えば僕だったら「自由な選択で世界を広げる」が活動のテーマなんですけど、それに沿ってさえいれば色々やってもいいと思うんです。だから僕もひらばをやったり、イベントしたりしているので。

ニシグチさん:あぁ~確かに。

岡田さん:あ、あと「とにかく失敗しよう!」と言いたいです。失敗も大事ですし。常識にとらわれないでほしいなと。

ニシグチさん:熱い・・!いや、でも失敗は大事だと思います。
そんな岡田さんのこれからの展望みたいなものはありますか?

岡田さん:そうですね、ひらばをもっと広めて行きたいし、色々な人に使ってほしいです。「自由な選択ができる可能性を広げられる場所」にしていきたいんです。色々な人と出会える場所にしたいし、出会いを通してそういう可能性に気づいて欲しいというか。場所はおまけでコミュニティにしていきたいんですよね。
「何かを習得」、「何かを作り出す」、「何かを広げて行く」の3つが循環できるような。クリエイティブな人に限らず、色々な人に使って欲しいです。
ここに来れば面白いことが起こるよ!という場所にしていきたいと思っています。

ニシグチ:締まりましたね!
後半の巻き返しというか、盛り上がりがすごかった・・(笑)
熱いお話、ありがとうございました!

***

話を聞いた人:上司ニシグチ
撮影&ライティング:UNO
バナーデザイン&記事編集:秋山楓
撮影場所:コワーキングスペースひらば

***

〈取材を終えて〉
ちょうど先月まで、ひらば会員としてお世話になっていた私ですが、転職して職場が大阪市内となり、仕事終わりに通うことができなくなってしまったため、先月いっぱいでひらば会員を卒業することになりました。今後はセミナーなどで利用させていただこうかと思っております。今まで岡田さんとお話する機会は何度かあったのですが、さすがに生い立ちから話を伺うことがはなかったので、とても楽しくもありとても参考にもなりました。最後の「自分の作品は価値があると自信を持って欲しい」という言葉、めっちゃしびれました。岡田さん、お忙しい中ありがとうございました。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

39

platform

"platform"はクリエイター同士が集い、ユニットを形成し、発信をする場所。クリエイター限定のいわば「ひみつ基地」。クリエイターがユニット(マガジン)ごとにコンテンツを発信していきます。すべてのクリエイターのための、新しい発信拠点がここに。

turning point/ターニングポイント

インタビューメディア「turning point」。デザイナーの上司ニシグチ&カメラマンのUNOが、様々なクリエイターのこれまでのいきさつについて探っていき、今につながる「鍵となるできごと」を振り返りながらお話していただく内容になります。(更新頻度:毎月15日/担当:上司ニ...
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。