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アイドルマスターシャイニーカラーズのお話-霧子LP-


 私は、AIの遺電子65話が好きなんですよね。
 記憶を失った青年が、自分勝手な行動を過去の自分と比較されて上手く人間関係を構築できずに悩みを抱えます。しかし、現在の自分にコミュニケーションをとるため接し方を変えていく両親を見て、自分も他者へのふるまいを変えようとします。すると、現在の自分らしい人間関係が少しづつ構成されていき、その中に過去の自分とも共通する彼らしさが垣間見えて終わる、美しいエピソードです。

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 (その人らしさ、というものはその人個人で完結しているわけではなく、他者との関係性の中で形作られる。)


 さて、1か月ほど前、アイドルマスターシャイニーカラーズにおいて新プロデュースシナリオ「Landing Point」アンティーカ編が追加されました。プレクトラム音楽に従事する皆様におかれましては即日プレイ済みかと思いますが、恥ずかしながらわたくしは先日ようやく手を付けました。
 シャニマスが素晴らしいシナリオを提供することは火を見るよりも明らかでありコーラを飲んだらゲップが出るくらい当たり前のことではありますが、今回追加された霧子LPシナリオはその中でも群を抜いて素晴らしく、私は感動のあまり感謝の追い課金をしてしまいました。(残業3時間分)(限定PSSR霧子が当たった)(限定PSSRまみみも当たった)

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 限定煽りも終わったところで、霧子LPのご紹介を致します。霧子LPは、心の在り方、その人らしさ、というものに踏み込んだ話です。

 アンティーカというアイドルユニットで活動している霧子にコミュニケーションロボットの企画が持ち込まれます。「霧ちゃん」と名付けられたロボットと一緒に過ごしてもらうことで霧子の話し方や受け答えを学習し、「霧子らしい」反応をするコミュニケーションロボットを開発するのが企画の目的です。
 霧子は最初楽しんでコミュニケーションをとるのですが、少しずつ違和感を感じるようになります。霧ちゃんは霧子っぽい話し方をするだけで霧子ではありません。霧ちゃんは歌を知っていますが、「うた」がわかりません。霧ちゃんはアンティーカを知っていますが、「霧子がアンティーカである」ことは分かりません。霧ちゃんは人間ではありません。

(うたがわからなかった霧ちゃんに対する、霧子の表情。困った様な、はにかんだ様な)

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 さらには、ファンから霧ちゃんに多くの意見が寄せられます。

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 それと同時期に、ボイストレーナーからは「優しいだけじゃなくて自分をもっと表現してほしい」という指摘を受けます。だが、霧子には何が霧子で何が霧子ではないのか、わかりません。

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 色々な形で指摘される「霧子らしさ」というものにどう向き合っていけばいいのか、霧子は悩みます。

 開発チームは霧ちゃんの霧子らしさをより再現しようと、たくさんのサンプルを集めて霧ちゃんの学習を進めます。霧子はプロデューサーと一緒に過去のステージを振り返っていきます。

(ここの演出が神がかっている。霧子の振り返りと霧ちゃんの学習と対比されている)


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 (霧子は共感覚に近いものを持っているっぽいんですよね。初期PSSRでも、光を音に例えていました。)

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 ステージを振り返ったあと、霧子は霧ちゃんとの接し方を変えます。霧子がステージでうたを聞いていたように、霧ちゃんにうたを教えていきます。そうして、霧ちゃんと能動的に対話し始めることで、少しずつ状況が変わっていきます。霧子らしさというものが何なのか、気づいたようなのです。

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 最終話、霧子はネット番組で霧ちゃんにりんごの絵を見せます。
 霧ちゃんには絵に描かれたものがりんごである事がわかります。しかし、りんごが何であるかはわかりません。だから、霧ちゃんに「りんごであること」を分かってもらおうと、ファンからりんごらしさを募集します。


 ここの対話ほんとすごい(こなみかん)

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 ファンからはりんごに対する色んなりんごらしさが流れてきます。

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 ここでいうりんごはすなわち霧子であり、りんごに対する印象が様々であるように、霧子に対する印象もまた様々です。そういったファンと自分の間にある色々な「らしさ」が集まって、霧子が形作られていくことに霧子は気づきます。

 当初霧子は、霧ちゃんを通して、より具体的に言うなら霧ちゃんに寄せられるファンの意見によって、霧子らしさというものが分からなくなりました。ですが、AIの遺電子65話にあったように、その人らしさ、すなわち「心」は個人で完結するものではなく他者との関係性の間に形作られるものです。アイドルなら尚更で、最初の出会い方や触れるコンテンツの偏りで人の数だけ心が生まれることになる。ありふれた言い方ですが霧子らしさはファンの数だけあります。だから、このシナリオはエピローグで以下のように結ばれるのです。

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 そこにきっとある「はず」と表現しているあたり、すごく霧子らしいなと思います。「自分らしさ」はアイドル物でもよくあるテーマかと思いますが、霧子LPはアイテム、展開、着地点において、それらと一線を画すシナリオだと感じました。心という抽象的な存在を心を持たない(はずの)ロボットとの対話を通して見つめなおす展開が面白く、また、SF作品であるAIの遺電子と共通する心の在り方に帰結していったのが非常に印象的でした。


 途中、霧子と開発者(担当プランナー)との対話の中で「霧ちゃんに心はあるのか」という議論が交わされます。

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 開発者は非常に慎重な表現をもって心はないと言います。まったくもってその通りなのですが、一方で、心の在り方を他者との関係性の中に見出すなら、必ずしも心がないとは言い切れないとも思います。霧ちゃんに霧ちゃんらしさを感じることができれば、きっと霧ちゃんにも心があると言えるようになるでしょう。
 そもそも心の定義すらはっきりしていません。AIの遺電子の言葉を借りるなら「心なんて誰にもないかもしれない」のです。我々が心と呼ぶものは、霧子に対しての霧子らしさでもあり、霧ちゃんに見出す可能性のある霧ちゃんらしさでもあります。

 もっと引いてこのエピソードを読むと、アイドルマスターシャイニーカラーズという作品における霧子の捉え方も変わるでしょう。現実的には霧子はバンナムによって作られた空想上の存在で心なんて在りません。しかし、現実に生きる我々ファンの中に色んな霧子らしさが生まれるなら、霧子は実在するし心もある、と言ってもよいのかもしれません。


 つらつらと語った結果、なんだかスターオーシャン3みたいな締め方になってしまいました。霧子LPは他にも紹介したいポイントが多すぎる名シナリオなので、ぜひプレイしていただきたく存じます。話の構成上省きましたが、ボイストレーナーまわりの対話もとても印象的です。



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