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さざなみ書評『休日に奏でるプレクトラム』

 「茶化してはいけない人」というのがいる。広報部長は記事の中でイジれるけど、関東支社社長はイジりづらい。中野二郎はネタにできるが、武井守成は気が引ける。交友歴の違いなのか、キャラクターの違いなのか。うまく言い表せないなにかを敏感に察知し、相手に合わせてコミュニケーションスタイルを微調整するというのは、業界を問わず採用されている処世術だろう。

 そういう意味で、今回紹介する『休日に奏でるプレクトラム』はちょっと、いや、かなり冗談が言いづらい小説だ。とにかく尊い。あまりによすぎて何も言えなくなる。読んだだけで大満足なのでヘタなことを書く前にトンズラこきたいくらいだが、プレクトラムの名を冠するこの小説を、プレクトラム業界が誇る東海随一の企業(自称)が避けて通ることは許されないだろう。ならば本作を読んでチャージしたハピネスを、書評というかたちで全力でシェアしてみようじゃないか!

休日に奏でるプレクトラム

 仕事は普通、人付き合いは下手、休日の予定はナシ。自信が持てない系会社員の未奈はある日突然、憧れの上司・堂ノ上に、社会人オーケストラサークルのマンドリンパートを無理やり任せられてしまう。未奈には、演奏の苦い思い出があるうえ、優しい紳士だった堂ノ上は、鬼畜な二重人格で……。
 休日に何をしたらいいのか分からない人へ贈る、音楽と恋で紡ぐ幸せな趣味の時間。(「BOOK」データベースより)

 あらすじをみると、社会人が趣味と恋愛でQOLをアゲていく、というよくある話のようだが、マンドリンサークルを描いている時点で勝ちである。「カラーチェの誘惑には抗い難い」とか「冷房でチューニング狂うからステージでもやってみたら?」といった業界トークがどんどん出てくる。慣れ親しんだマンドリンが小説のかたちをしているだけでも、プレクトラム業界出身の本好きにはたまらないだろう。

 この小説はとにかく描写がこまかい。仕様書のように丁寧だ。マンドリンを構えるまでの手順や奏法といった楽器についての記述はもちろんのこと、練習場に到着した場面では「バッグやコートをすみの長机に置き…」というディテールまで説明されていて、読み手である私自身の記憶さえも鮮やかによみがえらせてくれる。他にも、練習帰りの突発的な飲み会、ゲネプロのせわしなさ、自分が出演するコンサートの開場を待つときの緊張感などが描かれていて、一般的なマンドリンオーケストラで経験する大体のことが擬似体験できてうれしい。

 社会人団体が舞台であることも大事なポイントだ。練習場所や備品の問題、思わず口にしてしまった「練習してないんですか?」という気まずい一言。いたるところに苦労のタネが潜んでいる。1%のリスクを恐れて…という自信のなさを表すモノローグも社会人っぽい。だからこそ、還俗修道士という選曲が活きてくる。「日々の厳しい戒律から解放され俗世に帰る」「じゃあ解放ってどんなイメージ?」そんな話し合いが生まれたりもする。現実にあるさまざまな困難を乗り越えて、メンバー全員でひとつの音楽をつくることの醍醐味が真剣に描かれている。だから読んでいると合奏したくなってくる。

 そんな尊い小説の主人公が尊くないわけがない。自信が持てない系会社員の未奈(みな)は、とある理由で大学4年生のコンサートの直前にマンドリンクラブをやめてしまい、以来ずっとくすぶっていた。でも、逃げたままでいる自分を変えたくて、再びマンドリンを弾こうと決意する。

 そもそも未奈がマンドリンを再開するきっかけは、二重人格鬼畜上司こと堂ノ上(どうのうえ)が、自身の所属する団体のコンサート・ミストレスとして彼女を強引に参加させたこと。ひどい話だ。歳のはなれた後輩が自分を慕ってくれているのをいいことに、堂ノ上は彼女に無理強いしまくる。しかしそれでも未奈は折れずに自分も団体も成長させていく。マンドリンを弾くことをあれほど嫌がっていたはずの未奈が「これからもここにいていいですか?」という心からの言葉を発したとき、私は身に覚えのある幸せを感じた。

帯

 いやしかし、少女漫画が大好きだという未奈だが、その気質はまるで少年漫画の主人公のようだ。本格的なラブコメ展開は物語の終盤になってやっとはじまるのだが、それまでは自問自答と訓練のシーンがほとんど。そう考えると、「週末は趣味と恋の時間です」という本の帯のキャッチコピーは半分本当だけど、休日も平日も未奈はムチャクチャ努力してるわけで、ユルそうな雰囲気を売りにするのはどこぞの勧誘と同じ手口では・・・と思っていたのだが、なんと続編が出ているではないか! 恥ずかしながら本稿の執筆中にはじめて知ったのだが、未奈の恋のつづきが描かれているようなので、そのうち読んでみようと思う。さぞ尊いことだろう。

 さざなみ書評をやるとき、記事のなかで紹介したい部分にフセンを貼りながら読み進めているのだが、終盤はもうベッタベタになってしまった。著者の神戸遥真氏は、マンドリンを奏でるときの所作や心のうごきを、そして社会人団体の姿をよく観察し、つぶさに描いている。ストーリーは王道。だからこそ、十人十色の読み方をさせてくれる。合奏のいちばん基本的な楽しさと喜びを、珠のような言葉にしてくれるから、心が浄化される。

 私のように楽器から離れている人にとっては尚更だ。あの日あの時あの場所で奏でたマンドリンをなつかしみ、もしかしたら「将来また始めようかな・・・」なんて思わせてくれるかもしれない、プレクトラム愛がつまった小説。未読の方にはぜひ手にとってみていただきたい。

 5回目の書評にしてやっと音楽にまつわる本を取りあげたわけだが、やはり音楽について考えるのは楽しいものだ。なので次回も音楽本を紹介してみようと思う。弊社公演でも演奏された「ビートルズ」の作曲術か、はたまた音楽家と哲学者の対談本か…どの本にするかをまず決めなければいけないわけだが、今日は疲れたのでもう寝ます!休日もがんばる未奈ちゃんには頭が上がりません!ではまた次回、プレクトラ~ム!

(文責:モラトリくん)

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