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2020年という1年を振り返る┃#1 目標を明確に決めない┃diary

12月28日の朝。ようやく一年を俯瞰できるぐらい、心が落ち着いてきた。

今年の元旦から上がったり下がったり思わぬ方向に逸れたりして一歩一歩のぼってきた、長い長い階段を今日いざ見返してみると、やっぱりいろいろ大変だったよなぁ、2020年は。


今どう行動するべきなのか?この制限の中でどう生活するか?を日々迷い、自分で判断し、慣れない変化とぼんやりとした不安が絶えなかった今年。本当にお疲れ様でした、と労ってあげたい。

(もちろん、私なんかよりももっと大変だった方も大勢いらっしゃる。という大前提のもと、この日記では今年の自分に焦点を当てる。)


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最後の月ぐらいはホットワイン飲みながらまったり文章書いてみたりして、ゆっくりほっこり振り返る月にしたかったのに。現実はというと、師走のドタバタに見事に飲み込まれてしまった月だった。(12月という月はなぜこうもみんな詰め込むの?来年に持ち越したくないから?)


でも、先週で最後の仕事を納め、翌朝目覚めた瞬間から、ここ最近自分から切り離せずにいた切迫感とか心配事が急にどうでもよくなって、お風呂に浸かったら頭と肩の何かがほろほろと簡単にほどけていった。(マッサージに行っても解消されなかったのに!)


目に入ってくるものとか、楽しい・美しいと感じられることもあからさまに広がり、しゅるりといつもの自分に戻った。一時的に何かに熱中し、片方に振れすぎても、きっかけがあればこうやって元の軸に重心が戻ってきて、また整うようになっている。だから、時の区切りっていうのは本当に大事だ。



今朝はほっと落ち着いた良い朝なので、コーヒーを飲みながら、振り返り日記を綴ってみたいと思う。

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1.今年のゆるい指針

今年はこれを見直して大切にできたらいいな、と年初から思っていたこと。

目標を明確に決めないこと
②自分に合った新しい働き方を見つけること
③自分の『やってみたい』『好き』をリスペクトすること


そのゆるい指針を頭の片隅に置きながら過ごしてきたから、結果的にはその通りの一年になり、ちょうどいいマイスタイル形成の第一歩にもなった気がしているので、そこそこ満足。

さて、どんな感じでそうなったのかを、書いてみる。


①目標を明確に決めないこと


毎年目標を決めて宣言し、それに向かってひたむきに努力する———スポーツを通してそれを教わってきたので、私にとってはごく当たり前に、自分のすみずみに浸透している。だから、本来の私は「こうなりたい」が結構強くて、明確な目的意識があれば、それに向けて頑張る為の気持ちを自力でセットして、「こうしなくちゃいけない」とストイックになれる(しかもポジティブに楽しめる)のがもともとの性質——


これは強みであるのと同時に、30代になった今ではちょっとコンプレックスに近い、結構厄介だなぁ、とも思っていること。

だって、全部その通りにしてると自分がいつの間にかそれについていけなくなって、疲れてしまう。楽しいのがさらに厄介だ。自分の強みも年齢に応じて調節が必要なのである。


だから、今年はあえて、何かにつけて意識的に目的意識を捨てるということをやってみた。

具体的には、その瞬間自分が楽しいことに目を向ける・今の自分に100%意識を集中する・偶然の出来事を楽しんで、感謝する

これは自分の感情や思考のコントロールみたいな感じで、瞑想にも通ずるところがある。ついついその先に起こることを予測して逆算する思考が働いてしまうのを遮って、まあまあ、それは一旦置いておこう、と思い直す。


図らずもライフスタイルが一変して明日どうなるか分からない日々が続いた今年の流れに、この考え方はよく沿っていたと思う。

私の場合は、この思考を普段の生活に取り入れて一年過ごしてみて、総合的な幸福度が上がった感覚がある。

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この考え方の延長で、今年は「これをしたい」<Want to do> や「こうしなきゃ」<Must do> よりも「こうありたいな」<Want to be> を前よりももっと優先するようになり、

自分の「こうありたい」=理想の状態=幸せって何?そこに向かっていくにはどうしたらいいだろう?を毎日考えるようになった。その話はまたのちほど。


———つづく。


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