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チーターマジック (109)

幸せは歩いてこない、だから歩いてゆくんだね、一日一歩三日で三歩、三歩進んで二歩下がる。水前寺清子(※敬称略)の代表曲『三百六十五歩のマーチ』の歌詞である。水前寺清子さんがチーターと呼ばれているのは赤ん坊からお年寄りまで周知のことだが、何故にチーターと呼ばれているかは知らない人が多いのではないだろうか。もしかしたら読者の中には、水前寺清子さんはとても足が速く、走り出してからわずか三秒で時速96Kmまで加速すると思っている人もいるかもしれない。断っておくが水前寺清子さんはサバンナで生まれたわけでない。出身は熊本県であり本名は林田民子(はやしだたみこ)、れっきとした人間である。作詞家の星野哲郎から”小さなたみちゃん”と可愛がられ、”チータ”の愛称となったそうだ。もう一つ付け加えるとチーターと伸ばすのではなくチータが正式な愛称らしい。全く世の中知らないことばかりである。因みに芸名の水前寺は熊本市の水前寺公園、清子は熊本ゆかりの加藤清正からとったそうだが、まあそんなことはどうでもいい。いや、どうでもいいというと誤解を招くが、別に水前寺清子さんについて煮込みたかった訳ではない。本題はこの三百六十五歩についてだ。

年末年始の暴食(暴飲はあまりしない方だ)により、筆者は体重が少し重くなってしまった。少しくらい増えても良いだろうと甘く考えていたが、急激な体重の増減は身体に負担がかかると気付いた。実は先日落語を長尺で演ったところ、足が痺れて立てなくなってしまったのだ。頭を下げて降りようとしたところ、立ち上がることが出来ず、幕も閉まらない会場なので、仕方なく這うようにして高座から降りたのである。何とも情けなく、その姿はさながら命乞いをするフリーザのようであった。そこで思い立ち、少しウォーキングをしてみることにした。ただ歩くだけだがウォーキングというと運動してるように感じるから不思議である。自宅から一駅か二駅くらい歩いて電車に乗らずに帰ってくる、電車に乗らずだ、偉い。しかし息を切らして家に着き、コーラを飲んでポテチを食べながらスマホのアプリで歩数を見て、気付いたことがある。この歩数の一歩一歩はみな同じ一歩ではないぞと。

自宅は3階なので帰るには階段を登る。階段を登る一歩と、平地を歩く時の一歩の疲労度は確実に違う。もっと言うなら例え平地でも走る一歩と歩く一歩、大股の一歩と小股の一歩は違うのだ。ということは歩数の数で喜んでいるが、それはただ数というものに安心をしているだけではないだろうか。人間というのはそんな単純なものではない。疲れてる時に運動すると余計疲れるし、逆に調子の良い時は疲れ辛い。数にはその時の肉体や精神の状態などが、反映されていないのである。だからどうしたと言われるとそれまでだが、数とはそんなものなのだ。人間が作り出したわかりやすい指標であり、便利ではあるが信じ過ぎてもいけないのだ。

”時間”は人間が作った考えで自然界にはないものだが、数は自然界にあるものを人間が当てはめたものだ。当てはめたのだから完全なる正解ではない。ただ人間にとってとてもわかりやすい目安になるものではある。数字を見て正しいと信じても良いが、数字では見えないものもある。体重が2キロ増えたとて、筋肉が増えたのか脂肪が増えたのか、もしくは脳が重くなったのか、何が増えたのかわからない。わかるのはポテチの内容量が昔は一袋90gだったのが、現在一袋60g前後だということだけである。

この連載は±3落語会事務局のウェブサイトにて掲載されているものです。 https://pm3rakugo.jimdofree.com