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金木犀の季節が終わる頃に。

「ともだちがなくなったんですよ。」

シャンプーをしながらヘアサロンのJさんがそう言った。
Jさんの友人は、30代だったらしい。

私が通っているヘアサロンで、Jさんはアシスタントとして働いている。
Jさんとのお付き合いはそれなりに長い。
Jさんが1人目のお子さんを妊娠する前からだから、もう5年以上だ。ちなみに今は第2子を妊娠中である。
亡くなったご友人も、Jさんの第1子と同い年のお子さんがいらっしゃったらしい。
ちょうどその時は、似たような状況の有名俳優さんの訃報を聞いたばかりだったから、もしかして…と思ってしまった。

「……なんで、亡くなったんですか」

悪いと思ったが聞いてしまうことにした。
聞かなかったことにしてしまうのは絶対に違う気がした。

Jさんの話によれば、そのご友人は産後ずっと体調が思わしくなかったらしい。『そろそろ病院かねー』と世間話をしたこともあったそうだ。
それがある日急変して、そのまま旅立たれてしまったのだという。

共通の知人からずいぶん久しぶりに連絡が来たと思ったら、その訃報だったそうだ。
まだ30代。幼稚園に行きはじめたくらいのお子さんと、旦那さんがいる。
私はJさんの話を聞いただけの完全なる第3者だけれど、遺されたご家族のことを思ったら、何も言えなくなってしまった。
身重なJさんを気遣ってもあげたかったのだけど、どんな言葉も相応しくない気がしてしまった。
気持ちだけがぐるぐるして、黙ってしまう。

「やだ、辛気臭くなっちゃったね。」

そうやって、いつものように明るくJさんは言った。
こんな時Jさんにかけてあげられる言葉が私には何もないことが、とてつもなく悔しかった。


こんな気持ちになったことがあるのを思い出す。
それはいつも金木犀の香りと一緒にやってくる。

大学生の時だ。
ある秋の日、部活の先輩が亡くなった。
21歳だった。

美人のK先輩はいつも身に付けているもののセンスが超絶カッコ良くて、健康そうな肌色にパーマのかかったボブがよく似合っていた。
笑うとちらっと八重歯が見えて、茶目っ気たっぷりなところが何だかズルいと思った。
部活のイベントがあると、備品を運ぶのにハイエースを運転してくれていたのがK先輩だった。
美人で、カッコ良くて、ハイエース運転しちゃう。
私から見たらまるでスーパーウーマンみたいな先輩だった。

一度だけ先輩の運転するハイエースに乗せてもらったことがある。
その時はたまたま載せる備品の量が少なくて、スペースが空いていたのだ。確か他に3人くらい乗っていたと思う。
イベントのあった大岡山から埼玉方面へ向かわなければいけなかったのだが、車はなぜかお台場へ出てしまった。
なんでだよ!とみんなでゲラゲラ笑う中、
「せっかくだから観覧車のるか!」
と先輩が言ったことを覚えている。
結局はその日のうちに大学へ帰って備品を仕舞わなくてはいけなかったから、それは叶わなかったのだけれど。

ある日部活に行くと、突然部長から全員にK先輩の訃報が知らされた。
自分が連絡を受けて病院へ行ったら、もう息をしていなかったんだと。

最初は何かのドッキリじゃないかと思った。
嘘でしょ、と少し笑えてくるくらい、現実味がなかった。
それでも通夜の日にちと場所を知らされ、黒い服を着て、行ったことのない駅へ行った。
聴き慣れないお経を聞いてお焼香をしたけれど、写真に写っているK先輩が亡くなったなんて全然信じられなかった。
それでも、先輩は棺の中で眠っていた。
成人式の時のものだという振袖を着ていた。
こんな晴れ着の使われ方があるものかと怒りすら湧いてくるくらい、先輩はとてもきれいだった。
本当にきれいだった。

帰り道に電車を待っていると、そこら中むせ返るような金木犀の香りで満ちているのに気がついた。
ふと見上げると雲の切れ間から月が出ていた。
まるで絵に描いたように完璧な秋の夜だった。
これから先、金木犀の季節になるたびにK先輩のことを思い出すんだろうな、と漠然と思った。
その通りになった。

人はある日突然死んでしまうことがある。
事故で。病気で。あるいは別の形で。
当たり前だけど、それでも季節は進む。
何事もなかったかのように、その人が居た分の場所に穴を開けたまま日々が続く。
途方もないさみしさに襲われる時、思い出す歌がある。

花は 花は 花は咲く
私は何を残しただろう

供養とかあの人の分までとか、そんな厚かましい言葉は嫌いだ。
それでも自分は、あの人たちの生きるはずだった未来にいるのだと思う。

人はいつか絶対に死ぬ。
だから、やり残したことがないように。
言えなかったことがないように。
ちゃんと生きているか?と自分に問いかけて、焦ることにしている。
今年ももう金木犀の季節が終わる。
私は、何を残しただろう。

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