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肩こり持ちの14歳が28歳で整体師になって開業するまでの話。#10

もし、嫌いな言葉は何ですか?と聞かれたら

「読書感想文」
「棚卸し」
「テスト」

と答えるくらい、テストというものは嫌いです。

緊張で胃が締め付けられながら迎えた、研修最終日。テストが実施されるのは午後だと言われていました。実技は全身とフットリフレクソロジーの2種類。
そして筆記。

Yちゃんと一緒に倉庫にこもるのも、これで最後かぁ……

ずっと一緒に練習をしているYちゃんは、穏やかでふわふわしているように見えても、実はすごく芯のしっかりした子で。
何か問題に直面したら、まずは答えが出るまでしっかり自分で探す、という気合がありました。
私はすぐに違う方法がないかとか、誰かのやっていることを真似できないかとか、目移りしてしまいます。
目の前のことに、地に足をつけて取り組む姿勢。
そしてその穏やかな口調に、何度我が身を振り返ったことか。

そんなYちゃんと、いよいよ実技のテストを受けることになりました。

患者役は、S先生とT先生。

いよいよだ。


……いや、待てよ。

Yちゃんを担当するのはS先生、ということは、私の患者役はT先生だ。

…実は研修初日、T先生の肋骨が折れていることを知らされていました。


げえええええぇええええぇええぇぇ!!!!!

無理無理無理無理!!!!!

いやそこはさすがに施術中だけでも代役立てるとかすると思ってたんですけど????


頭の中が一瞬にして『失敗』という2文字で占拠されました。

患者設定。

3週間くらい前に肋骨を折ってしまった人。首がとにかく辛くて、そろそろもみほぐしとか受けられるようになってきたみたいだから、ここへやってきた。

以上。


いやいやいやいや!!!!!

どう考えたって、お店に初めて立つ人間が相手にする人じゃないでしょーーーー!!!!


でも。
もうこうなったら、嘆いても仕方がありません。
今私ができることを、ただやるだけだ。

よし!!!やるしかない!!!!!

結果。



100点満点中、54点。

合格のボーダーは80点。

撃沈でした。

何をしても届くことのない見事な赤点。


……終わった。

終わってしまった。

………あー…

今までの時間は、いったい何だったんだろ。

高崎に帰ってから、社長に何て言おう……

先輩にも迷惑かけるなぁ……


呆然としているところに、T先生がやってきました。

「できなかった?」
優しく微笑んだ先生に、私はただ頷くことしかできませんでした。
T先生はそのまま穏やかに、ぽつぽつと、講評を述べてくれました。

あれとあれができてなかったね
あとあれ言い忘れとったよ
あとー、もっとつっこんで聞いてみてもよかったんちゃう?

「肋骨骨折って聞いて、ビビったやろ?」

首がもげるくらいの勢いで頷きました。
はい。とにかく痛みを発生させないように、できるだけ少ない動きで済ませようと思いました。

「それも正解や。でも、どの体勢がキツイかとか、どの動きが辛いのかとかはちゃんと聞いた方がよかったなぁ。聞いてみたら、辛くない体勢はあったはずやねん。そこから、できる限りの手技はしてあげてもよかったかもなぁ。だって、」

『この人』は骨折して長いこと首が辛くて、まだ完治してないけどもみほぐしとか受けたいなぁー思って、ここを頼って来てくれたんやろ?

「その気持ちに、答えないとアカンよなぁ。」


頭をガツンと殴られたような気がしました。

……ああ、そうだ。
何て自分本位だったんだろう。
自分の考えを押し付けてしまった。
相手の辛さや痛みを本当に知ることはできない。
でも、わからないなら、聞けばよかったんだ。

ヒントはあった。

表情。会話。問診票。
そこからもう一歩踏み込んで、聞けたはず。
それを、自分がビビって焦ったことで、考えつかなかったんだ。

悔しくて、情けなくて、仕方がありませんでした。
トイレで手を洗いながら、こっそり泣きました。

あー。終わっちゃったなぁ。

ぜーんぜん、何もできなかったなぁ。

悔しいなぁ。

でも、悔しさに浸っている暇はありません。
すぐに次のテストが待っています。
次はフットリフレクソロジー。
患者役はS先生でした。
前回の反省を生かして、言うべきポイントを忘れないように、手技は正確であるように。
そして何より、相手が望んでいることは何か、考えられる冷静さを持っていられるように。

結果は、100点満点中71点でした。

撃沈。

またもや不合格。

何も考えられず呆然としているところへ、S先生がやって来ました。
T先生と同じように、静かに講評を述べた後、聞こえてきたのは意外な言葉でした。

「初めてにしては上出来です。」

点数としてはボーダー超えてないけど

「もうお店デビューしてもらって問題ないくらいです!」

……え。
えー……。
……それって、
…………いいの?

満面の笑みでそう言ったS先生に、何と言って返せばいいのか分かりませんでした。
曖昧に笑いながら、ありがとうございました…とだけ答えて、Yちゃんのところへ行きました。

「どやった?」

「やばかったわー」

Yちゃんと話を適当に合わせながら、頭の中では別のことを考えていました。

なんだか、剣術使いになりたかったのに、魔法使いの杖を手に入れちゃったみたいだなぁ。
しかも杖を『持ってる』ってだけで使えないし。
本当に私は役に立つ人間になれるんだろうか。

筆記テストの答案を書いているときも、頭の中はずーっともやもやしていました。
筋肉や骨の名前、メニューの説明、それから大量の記述問題。
明確な答えがあるのかもわからないそれを、悔しさと意地で全部埋める頃には、店舗の閉店時間を過ぎて、施設の閉館時間ギリギリになっていました。
もう少しで防犯シャッターの締め出しを食らうところを慌てて逃げだすと、S先生が
「みんな30分くらいでギブアップしてやめちゃうんだけどねー」

まったく、頑張り屋さんの2人ですねぇ。

そう言って笑いました。
頑張った2人にはごほうびの焼肉だね!
そしてめでたく、研修の打ち上げとして、S先生とT先生とYちゃんと、4人で焼肉に行くことになりました。
あー、本当に全部終わったんだなぁ。
4月の肌寒い夜道を歩きながら、一気に寂しさがこみ上げてきました。

本部のお店から歩いて5分くらいの焼肉屋さんは、陽気な大人たちでにぎわっていました。
雰囲気につられて、ようやくお腹がすいていたことを思い出しました。
沈んだ気持ちをビールで流し込んだところに、T先生が「研修どやった?」と話しかけてきました。

「すっごい楽しかったです!」

悔しいけど。終わっちゃうのが寂しいけど。

「できないことができるようになっていくのが楽しくて。あと、他の先生方もみんな優しくて、本当にお世話になりました」

気遣いのできる人たちって、こういう人たちのことなんだ、と思う場面がたくさんありました。
声かけ、案内の動線、相手によって目線を変えた喋り方。
きっとここで働いていたら、当たり前に出来るようになってしまうものなのかもしれないけれど。
それはグンマーという、関東だか東北だかよくわからないところからやってきた、挙動不審な新人にとっては、とても眩しい存在に見えたのでした。

「ただ、テストに合格できなかったのが…本当に心のこりです」

社長に何て言ったらいいかわからないですよ、と笑いながら言うと、T先生が即座に言いました。

「いやいやいやいや!!あれは誰でもビビるって!!」
「そうだよー。普通あんなのがきたら何も出来なくなっちゃうって」

隣のS先生も言いました。
S先生は見た目可愛らしい年齢不詳の女性ですが、顔色ひとつ変えずにジョッキを空けていく強者です。

S先生、朗らかに仰ってますけど、それ何杯目ですか。
先輩から前情報として『S先生は酒豪』って聞いていたけど、あれホントだったんだ。

……いやそうじゃなくて。

え?どういうこと??


「行けそうやと思ててんけどなー。やっぱ厳しかったなぁ」

聞けば、私が次の研修に来られるのがいつになるか分からないから、今回は厳し目の採点基準だったそうで。
一緒に研修を受けていたYちゃんも、それは同じだったとのことで。
テストのやり方や採点項目は変わらないから、高崎に帰ってから先輩に見てもらいながら再試してね、とのことでした。
期待されていたんだと気がついて、どうにもくすぐったくなりました。
それと同時に、その思いに応えられなかったことがまた悔しくなりました。
今回の患者設定はかなり特殊な状況でしたが、それでも全く架空のものではなく、現実に起こり得ることなのです。
想定内の人がいつも来るとは限らない。
どんな状態の人が来ても、同じように満足してもらえるように結果を出す。
それがプロとして仕事をするということ。
今の自分の状況を考えると、果てしなく遠い道のりに思えてくらくらしました。

遠い。遠いなぁ。

それでも、自分の前を歩いている人たちが何にもいることに勇気づけられました。
今は何にも出来ないけど。
いつか、この人たちの背中に追いつくんだ。

先生たちの色んなお話を聴きながら、時間は過ぎて行きました。

「明日何時の電車ー?」
S先生に尋ねられて、現実に引き戻されました。
「寂しくなるなぁ。」
T先生が言いました。
「もし、出来が悪すぎて高崎で雇って貰えなくなったら、ここに戻ってきてもいいですか。」
半分は冗談で、半分は本気で言うと、
「ええよええよ!大歓迎」
T先生が笑って言いました。
でもまずは高崎で頑張らんとなぁ。
そうですね、待っててくれる人がいますので。
「……しばらく会えないね」
いよいよ寂しくなってYちゃんの方を向いて言いました。
するとYちゃんはゆっくりと言い含めるように

「おったらええ。」
と言いました。

そうか。おったらええか。
全員で大笑いしてお開きになりました。
その翌日。
清々しさと寂しさと色んな気持ちを抱えて、東京行きの新幹線に乗ったのでした。

新幹線に揺られながら、研修中のことをとにかく事細かく思い出して日記に書きまくりました。
数年経った今でも思い出してここに書けるのは、あの時書き殴った日記のおかげです。

そして高崎に帰った後。

実は思いも寄らない事態が、私の知らないところで密かに進行していたのでした。

次回はそんなお話。

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