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たまに穏やか

日常のふとした瞬間に、「じゅわ……」と幸福感に包まれるときがある。

それは「じゅわ……」という形容のとおり、きつねうどんのお揚げにたっぷりと含ませた甘い煮汁が、ああ箸で押したら染み出すよ、みたいなもので。

新しくいいことが起きたとき、たとえば美味しいものを口に入れたときの「ああ、しあわせ〜!」とはちょいと違う。

だって、お揚げが保持できる限界量までふくふくと煮含められた煮汁は、今与えられたわけではなく、前からずっとそこにあったのだ。ぱっと見ではわかりにくいから、煮汁がそこにあるよ、と認識できていなかっただけで。

それがあるとき、ふとしたタイミイングでお箸がちょん、と触れ、あふれだす。

じゅんわーー。

わあ、わあ。

ああ、このお揚げには、甘くてやさしい煮汁が、こんなにも煮含められていたんだなあ。知っているつもりで忘れていたその煮汁の豊かさに、信じられないような気持ちになる。

その日は休日で、ひさびさに家族でちょっと遠出をして、大きめのショッピングモールへ行った。娘の足がまた少し大きくなり、持っている靴が入らなくなってきたから、新しい靴を買おうと予定していたのだ。

まあ子を連れた買い物に予定なんてあってないようなものだから、もちろんすべてに「いーやっ!いやっ!」を連発する愛くるしい娘の前ですったもんだあっちこっちなんじゃもんじゃどたんばたんして、もう勝手に決めてしまおうかと放心しかけていたころ、なんとか最後に鶴の一声で「これ!」と指さされた黄色い靴があり、ちょっとお高めだし正直母は違うのが好きだけど、せっかく鶴が鳴いたのだからじゃーもうこれで!と親も手を打つ。

気づけば迫りくるお昼どき。

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どうでもいいことをすごくしんけんに書いています。

<※2020年7月末で廃刊予定です。月末までは更新継続中!>熱くも冷たくもない常温の日常エッセイを書いています。気持ちが疲れているときにも…

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