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むすめ2歳の入院日記(15)術後12日目

9月9日(月)晴れ

朝日がまっすぐに差し込んで、寝不足でも自然と目を覚ます。付き添い用のソファベッドに寝ていたが、ごろりと体を小さく回して娘のベッドのほうを見る……と、じいっとこちらを見つめている娘と目があった。

無言で見つめつづけるそのようすが愛しくて、思わずまた娘のベッドによじのぼる。娘も察し、寝たまま、少し体をずらしてスペースを空けてくれる。やさしい。くっつくほど横にすりよって、娘の目を見ながらにっこりと「おはよう」と言うと、「おはょっ」と娘。言ってくれるときと言ってくれないときがあるから、今日はなかなかごきげんな目覚め。

オムツを替えて、体重測定へ。廊下ですれちがう看護師さんにも声をかけられると、めずらしく「おはょっ」と言っていた。だいたいいつも「バイバイ」以外は硬直して警戒している娘なので、これはものすごい快挙。

今朝は夫からのコールなしだった。が、あまり気にならない。夫が参加している1週間のプログラムも折り返しを過ぎたころか。前々から意気込みを聞いていたから、存分に楽しめているといい。帰ってきたらまた話を聞かせてもらおう。たぶん半分も理解はできないだろうけど。彼が期待していたものが得られているといい。

朝食はしゃけに味噌汁に海苔に和え物、というスタンダードな和食。しゃけをほぐしてごはんに混ぜ、海苔を散らしたり巻いたりしながら食す。あいかわらずごはんの飲み込みはゆっくりで、納豆ごはんやカレーライスに比べると亀のごとし。それでも昨夜に比べればだいぶましな感じ。やっぱり体の問題というより、気分の問題なのかなあ……? ならばいいのだが。

週末はひっそりとしていた病院も、月曜日になるとふたたび外来が開き、全体が大きな船のように動き出す。

娘の今日の予定はレントゲン、心エコー、心電図。もろもろの検査をして、退院時期について見えてくるかなという時期。朝の検温で再度、その3つの検査の予定ありですと告げられる。ざっくりとでも、と時間帯を聞いてみると、現段階ではわからないが「午後なんですけど。でもレントゲンだけもしかしたら早く呼ばれるかも」とのこと。

心エコーは眠った娘を抱っこして長距離を移動しなければならないから、ばあばだと難しいだろうし、今日の付き添い交代どうしようかなあと思案していたら、しばらくして看護師さんがまたドアを開けた。「すいません、なんか今日エコーの方空いているみたいで、今から寝かせてくださいと言われまして……。朝起きたばっかりだけど、寝てくれるかなあ……?」と。

まあでも、どちらにしてもやるなら早いところ終わらせてしまったほうが気も楽だし、わたしが動ける時間帯に検査があったほうが何かと好都合だ。ばあばには検査後に来てもらうように連絡。

心エコーのため、またお尻から眠り薬。

これまでの経緯もあって、今回は最初から看護師さん二人でやってきた。近寄られた瞬間、すでに何かを察して「いぎゃああ」と暴れだす娘。ものすごい力で抵抗するので、二人でも手が足りず、わたしも娘の手をおさえ、注入完了。

看護師さんが出ていってからも「いや、いや……」と引きずる娘の気分を変えようと、添い寝して絵本を読む。薬の増量になると起きるのも遅くなるから、できれば1回の薬で、30分以内に眠ってほしいのだ。ちょっと薬が効いてきたのか、おとなしく絵本を聞く娘。

が、10分ほどたって、「む……」と力み始めた。もしやと思ったらやっぱりうんち。さっきの薬を入れた刺激が排便を促したのだろう。薬を入れてすぐの排便だと、効き目がなくて薬の増量の指示が出てしまう。10分弱たっていて、すでにちょっととろんとした目だから、どうかなあ……と思いつつ、オムツを替え、ナースコールで報告。

看護師さんも確認し、とりあえず10分経過していて薬も吸収されていると思うので、もうちょっとようすをみて、眠らないようならまた追加しましょうとの指示。よし、できれば増量は避けたいからどうかこのまま眠りますようにと思う。「いや、いや……」と言う娘に添い寝して、となりのトトロを歌っていたら、1番が終わる前にうつぶせの姿勢で眠った。

報告し、娘を抱っこして外来の1階へ。心エコー室に娘を預け、わたしは部屋で待機。日記を途中まで書いていたら、30分ほどして呼ばれた。書きかけの日記を保存して迎えに降りる。

心エコー室では娘がすでに目を覚まして、暴れたのか抱っこされていた。「まだお腹が拭けていなくて……」と係のひと。娘の目には涙のあと。目を覚ましたら母もいなくて、また泣いて暴れたのだろうな。お腹を拭いてもらい、抱っこで受けとる。そのままレントゲンへと言われ、移動。

まだ薬の効き目をひきずってぼんやりとした娘を抱えて、レントゲン受付。しばらく待って撮影室へ。決してごきげんではなく小声で「いや……」とは言いつつ、レントゲンは何度もやってきているので、泣くことはなく、とてもおりこうに終了。

心電図を皮膚に貼り付けている部分のジェルが、長期使用でもうぐだぐだのベロベロになっているので、取り替えてもらうことにして病棟へ戻る。看護師さんにお願いしたら新品と取替えてくれた。よかった。

まだとろーんとしている娘。おやつに受けとっていたりんごジュースを少し飲ませ、あとは横になって穏やかに絵本を読む。

部屋の窓から見える中庭に、オレンジ色の蝶が、今日は2羽追いかけっこするようにして飛んでいた。

いつもは遠くのほうを飛んでいたが、今日はわたしたちの部屋の窓のところにぶつかるほど、何度も近づいてくれる。「娘ちゃん、検査がんばったねえって、ちょうちょさん来てくれたんだねえ」と声をかける。娘も「ちょうちょ、いた」と言って、寝そべりながらでもちゃんと見えたよう。蝶が窓際に来る、こんなささやかなことで気持ちがぱあっと明るくなる。

検査が午前中に終わったので、今日のところは、もうあとは気が楽といえば楽だ。検査結果が順調であることを願いつつ。

ところで午前中の外科医の回診は検査中で部屋にいなかったので、傷を見てもらっていない。別件で入ってきた看護師さんに傷の経過を見てほしい旨を伝える。「えっ、見てもらってないんですか? あ、検査で。そうですか。じゃあ、あとで聞いておきますね」とのこと。これは言わなかったらまたスルーされていたやつだなあ。縫い直した後だし、まだガーゼはられている状態だし、昨日もガーゼの上から見ただけだし、こちらから聞かなくてもちゃんと傷の経過を気にかけてほしいのだが、と思いつつ。主張していかないとやっぱり埋もれてしまうのだよなあ。グローバル精神が必要だ。

ばあばに連絡して、お昼ごろから数時間交代のために来てもらう。

ばあばが来て、しばらく3人で一緒に過ごす。娘もだんだん薬が抜けてきたのか起き上がれるようになり、徐々に元気が出てきた。

昼食が運ばれてきて、ばあばに食べさせてもらいはじめたのを見計らって、「ちょっとママ、おでかけしてきてもいい?また、おやつのころに戻ってくるね」と娘に声をかける。今日は「うん」と言ってくれた。昨日、ちゃんと約束どおりおやつのころに戻ってきた実績があるからだと思う。またあとですぐままに会えるから、いいよ、という意味での「うん」。彼女は日々学んでいるのだ。裏切ればすぐに信頼は地に落ちるが、ちゃんと小さな約束を守り続けることでまた地道に信頼を積み重ねてゆける。たぶん。

わたしは隣接の宿泊施設へ移動し、ばあばが作り置きしてくれていた昼食をレンジで温め、ありがたくいただく。

納豆ご飯に焼き魚、キャベツとウインナーの炒め。朝は娘の朝食の横で、バータイプのグラノーラをぽりぽりかじっているだけなので、食器にもられた「ふつうのごはん」の威力がすごい。お茶碗の納豆ご飯がかがやいてみえる。ずっと交代なく母親だけで付き添いを続けているお部屋も多いから、自分はとても恵まれている……としみじみ思う。いやほんと、ごはんがメンタルや体力に与える影響ってほんとおおきいんだよなあ。

その後少しPC作業。

約束したとおり、おやつごろに娘の部屋に戻る。

昨日に続き、昼寝をしているところだった。ばあば曰く、今日も何度か「ままは?」と言っていたということで、ばあばが「まま、おやつのときに戻ってくるって言ったよね〜」と答えていたとのこと。「ママがいないのヤダから寝ちゃおうって思うのかもね」と、ばあば。

わたしたちが話しているのが聞こえたのか、娘も起きた。

寝汗もかいたので、まだシャワーの許可が降りていない娘のからだを、濡れタオルで拭き、着替えさせることに。ばあばと協力して娘のからだを拭いていたら、看護師さんが「すみません、歯ブラシ持って歯科のほうに降りてください。今日、歯科も入ってたみたいで」と突然やってくる。わお。

からだを拭き終わってから、娘とまた1階に降りる。ばあばとはここで解散。心臓の病気なのになぜ歯科?と思う方もおられると思うが、歯の血管からバイキンが入って細菌性心内膜炎という病気になってしまう可能性があるため、心臓手術の前後には口腔ケアもセットで組まれているのだ。

手術前の口腔ケアでは泣かずにおそうじできた娘だが、今回は歯科のフロアに入るやいなや、また何か怖いことをされそうだという思いが先行して嫌がりはじめる。横に寝かされても「いや!いや!」と言っていたが、いざ歯ブラシがはじまると、どうやら予想とは違ったようで、おとなしくブラッシングされている。

その後、機械を使って汚れをとる時間もあったが、はじまる前は怯えていやがっていたものの、これも始まってからはおとなしくなり、最後まで泣かずに完了できた。痛い思い、他でたくさんしてきたもんね……。そのイメージで「何かされる」恐怖があるだけで、怖くない、痛くないとわかれば騒がないのだよね。

娘とふたりで部屋にもどる。

看護師さんがきて、またタイミング悪く、歯科に行っている間に外科の先生が来たとのこと。再び呼んでくれることになる。しばらくして外科の先生が来訪。ガーゼをあてていた縫い直しの箇所をチェックしてくれ、「うん、いいんじゃない、きれい」と判断をもらう。以降はシャワーもOKとのこと。今日はもう体を拭いたから、明日からにしよう。

医師が出た後、担当の看護師さんに、最近気になっていたことをもろもろ話す。骨のもりあがりのことは、やっぱり多かれ少なかれある程度みんななるものだそう。病院として大々的にはおすすめしているわけではないが、人によっては、後からプロテクターのようなもので矯正してゆくひともいるとか。

それから、飲み込みの話。娘は事前に、心臓付近の血管の分岐がちょっとひとと違うということを聞かされていて、食道をまわりこむような形になっているという話だったので、なんらか手術によってそこがさらに圧迫されたりとかがないのか気になっていると話す。今回の手術とは関係ないのかもしれないが、気になるのでちょっと先生に見解聞いてみたいんですともう一度話す。

しばらくしてから循環器科の医師が一応来てくれ、のども見てくれた。たしかに血管分岐の件は承知しているが、今回の手術でその血管部分は触っていないので、おそらく手術の影響でそこがどう、というのは考えにくいとのこと。家に帰っていつものごはんでも同じ状況がつづくようだったり、吐き出しちゃったりするようなことが出てくれば造影剤などを飲んで本格的に検査する必要があるが、とりあえずようすを見てみましょうとの見解。造影剤を用いた検査はつらそうで娘にも負担なので、わたしもそこは合意。

気分の面かなあ、というのはわたしも可能性としては大いにあると思っているので、ほんとうにそうだといいな。退院して、好物のご飯を出して、また前のように食べてくれるといいのだけど。心配。退院後、「なーんだ!ぱくぱく食べるんじゃーん!」って、言えてるといいなあ……。

その流れで、せっかく担当医がいるので「退院時期の目安っていつごろとかもうあるんでしょうか……?」と聞いてみる。と。

「まあそうですね、明日か明後日でいいと思いますよ?」

えっ。アシタカアサッテ? 今、夕方17時過ぎてますけど。これで明日とかあり? え?しかも今言う? これ、今わたしが聞かなかったらどうなってたの? は? あれ???

担当の看護師さんも初耳だったらしく「えっ」と同じくフリーズしていた。

「明日もう一度採血して、そこでの結果、おそらく問題ないと思うんで、明日退院できるかと。明後日でもいいですよ」。どちらがいいかまた後で教えてくださいと言われる。

もちろん術後数ヵ月は状態も不安定でいろいろなリスクも高いため、すぐに野放しという形ではなく、外来に通院してチェックをつづけることになる。抜糸もまだ残っているので、今週後半か来週前半には外科に、再来週には循環器科に来ることになるらしい。

去り際、看護師さんがあわてて「あの、またあとで『退院のしおり』の中身について説明しにきますね!」と言い残す。

しばらくして、その説明に来てくれた。食事や入浴、傷口観察などの注意点、生活におけるもろもろの注意点、術後合併症の観察についてなど。術後は体力や抵抗力が弱り、風邪をひきやすくなっているのでできるだけ人の密集するところは避けましょうとのこと。

保育園はいつごろから登園できるか聞くと、少なくとも次の外来までは避けて、そこでの結果を見ながらまた先生と相談してみてくださいとのこと。そうだよなあ。さすがに今の状態でいきなり保育園に戻れるとは思わないし、戻せと言われたら親のほうが不安だ。っていうかこのタイミングで退院っていうのはだいぶ不安だ。

わたしの弁当を届けにきてくれたばあばとも少し話し、退院は明後日にしようと決める。ちなみに、動揺するわたしを尻目に「そうかなあって思ってたよ。経過順調だし。公立はねえ、もうどんどん退院させられちゃうのよ」ってばあば。冷静かよ(※ちなみにばあばはまったく別の県の看護師)。いや、そういうひとがいてくれるのほんとありがたいんですけど。

夕食は、初めて部屋じゃなく共用スペースで食べてみることにする。娘の飲み込みが遅いのが環境や気分によるところが大きいのだとしたら、ちょっと環境を変えてみたら何か変わるかなと思い。結局、最初は好調だったが中盤からがくんとスピードが落ち、1時間半ほどかかってようやくごちそうさま。うーん。判断が難しい。まあ、家でのようすも見てからだなあ。

途中、そこに循環器科の担当医が説明に来てくれる。わたしが懸念していた血管と食道の位置関係なども、CT画像などを見せながらまた説明してくれた。また、今日の心エコーで新たに見つかった懸念点について。

心臓から、左手につながる静脈の一部が、別の血管に圧迫されて少し細くなっているのがわかったとのこと。今回の手術で、というより、おそらく前からそうだったのではないか、という見解。(まあそうでなかったにしても、わたしたちは言われたことを信じるしかない気がする)。

これについては今すぐどうというわけではないが、今後成長に伴って血管が太くなってくると流れが悪くなったりとか、そういうケースもないわけではないので、今後も定期的に心エコーなどをしながら経過を観察していきましょうとのこと。

1歳のとき川崎病で入院して心エコーをして初めて心房中隔欠損がみつかり、たしかその検査入院で血管分岐の異常が見つかり、今回は心房中隔欠損の手術をして、術後の心エコーの中でまた静脈の懸念点が見つかった。検査をすればするほど、ぽろぽろと新しい懸念点が出てくるものなのだろうか。何をどこまでどんなふうに信じたらよいのか、たまに見失う。だってそうは思いたくはないけれど、例えばの話、手術がきっかけで何かしらの懸念点が新たに発生していたとしても、「前からそうだったと思います」と説明されればそれを信じるほかないのだから。信じたいけど、もう十分に疑心暗鬼。

ああ親ってなんて無力なんだろうなあと思う。

夕食後、薬を飲んで、プレイルームで少しだけ遊ぶ。部屋に戻り、オムツを変えていっしょに計量に行き、また部屋にもどって、歯みがきをして、絵本を数冊読んで、子守唄を歌って、ねむる。

寝落ちしたくないのにどうしたってしちゃうよ。結局深夜にのそりと起きて、暗闇でぽちぽちと気持ちをつづる。途中、娘が横のベッドで「ぐふふふ」と笑い、とてもうれしかった。ようやく、痛くて苦しい悪夢じゃなくて、楽しい夢を見られるように、なってきたかな……。

(つづく)

自作の本づくりなど、これからの創作活動の資金にさせていただきます。ありがとうございます。