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スーパーでアイスをむさぼるロックな貴婦人

炎天下、自転車をこぐ。冷蔵庫の食材が切れたから、今日は買い出しに行かなければならない。

店の脇に自転車をとめる。汗だくでスーパーに入ったら、入ってすぐのあたりで、おばあさんがゆるゆる歩きながらアイスクリームをなめていた。

よくある、ソフトクリーム型のバラ売りアイス。パッケージの上半分がカパッとフタになっていて取りはずせる、あの形。もちろん、そのスーパーで買ったものだろう。

“あ、店内でアイス食べてる!”

見た瞬間、わたしは思わず心の中でつぶやいた。

それからワンテンポ遅れて、“いや、わかる、暑いよね。外へ出るのも嫌だし、きっとすごく暑い思いをして歩いてきたりして、とりあえず今ここでこれが食べたかったんだろうなぁ。わかるよ、その気持ち…。”とつづく。

そして思う。

なんかその素直な感じ、むしろ気持ちいいなぁ!と。

* * *

ところでその方、よく見るとおばあさんと呼ぶにはちょいと失礼かもしれない。どちらかというと、ご年配の貴婦人、といった風貌である。

ゆったりとしたサンドレスに、夏用のラメ入りベレー帽を斜めにかぶるその姿。自分の好きなものをスタイルにしている、そんな印象が感じられた。

ご婦人は、とりあえず数口を食べていまのところは満足したのか、手にもっていたアイスの透明なフタを、食べかけのアイスにカパッ、とはめて、ゆっくりとスーパーを出ていった。

キャリータイプのカバンを引っ張っていたことと、駐車場とは反対側の出入り口へ出ていかれたことから、おそらく徒歩なのだと思う。

この炎天下、食べかけのアイスを無事にもって帰れるほど近所にお住まいなのだろうか。もしくは帰る途中、たびたびアイスで涼をとりながら、ゆっくりと歩いてゆくのだろうか。それともアイス食べながらタクシー? どれも想像だ。ほんとうのところはご婦人にしかわからない。

***

たったそれだけ、時間にしたら1分にも満たないくらいのそのシーン。

でもなんだか、わたしの中に強烈な印象を残して彼女は去っていった。

お洒落な格好をして上品さを漂わせながら、スーパーでアイスを立ち食いしているご婦人のその姿。

スーパーの店内でいま買ったアイスを開封して食べて歩いているというと、そんなに待ちきれなかったのかとか、何も店の中で食べなくてもとか、お行儀が!とかいろいろ考えてしまう方もいるかもしれない。

でもそのご婦人には何の気負いもためらいもなかった。むしろ凛としていて、クールな佇まいですらあったのだ。

ロックだなぁ。

そんな印象を抱いたと言ったら、軽々しくロックなんてことばを使うなんてとロック界隈のかたがたにおこられるだろうか。でもひとことで言うと、まさにそんな気持ちを抱いてしまった。

上品さと個性をあわせもったそのファッションも、スーパーの店内でアイスを食べていることも。ただただ、自分のやりたいことに正直に、素直にあるという印象を受けた。

揺るがない彼女、である。

* * *

ご本人には、そんな意識はさらさらなかったのかもしれない。それならなおのこと、自然体であの空気感が出せることに憧れてしまう。

いいなあ、かっこいいなあ。

あんなふうに、いやみなく自分を貫いて、年を重ねられるだろうか。「ばあちゃんって結構ロックなとこあるよね」とか、いつか言われてみたい。

カートを押して、トマトやオクラを次々とカゴに入れながら、頭の片隅でずっと、その余韻にひたっていた。

自作の本づくりなど、これからの創作活動の資金にさせていただきます。ありがとうございます。