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無花果タルトとカフェラテの休日

一眼レフを持ってこなかったことを、ちょっと悔やんだ。

だって今日、こんなすてきなカフェに出会えるなんて聞いてない。

そんな気持ちを胸のうちに押し込めて、涼しい顔をよそおって、なるべく優雅なふりをしていちじくのタルトを口に運んだ。

* * *

「今日か明日、ちょっと休んだら? なんか最近、すごく疲れてる」

自分よりよっぽど忙しい夫に、そんなことを言わせてしまった先週末。いや、でも確かに最近ずっと疲れが抜けない。夏バテというやつだろうか。

いろいろと反省はあれど、ここは素直にお言葉に甘えることにした。日曜日、娘を夫に預けて半日のフリータイムをもらう。歯医者へ行き、電車で移動して、本屋をうろうろ。文庫本を片手に、ひとりランチを満喫する。

帰りみち、電車で来たひと駅分をこんどは歩いてみようかな。そう気まぐれに思いたった。

このカフェに出会ったのは、その道中だった。

* * *

雨の中、ふと立て看板が目に入って立ち止まる。近寄ってみると、「おやつカフェ」の文字。そういえば以前も見かけて、気になっていたな。

雨足はしだいに強まってきている。台風が近づいてきていた。どうしよう、ちょっとだけならいいかしら。あとは帰るだけだし、ちょっとだけなら。

だれに言い訳しているのか、自分の中で繰り広げられるそんなやりとり。結局、こんな機会もめったにないしと心を決めて、2階へとつづく細い階段をゆっくりと登っていった。

* * *

ギィ、とドアをあけると、思い描いたとおり、ほどよい狭さの空間があった。テーブルが2つほどと、あとは大きな窓に面したカウンター席。窓からは目の前に木々の緑が見えて、なんとも心地いい。

「こんにちは」と声をかけ、ひとりだと告げるとカウンター席へ案内される。カウンターの中央には先客がいて、わたしは端っこ。目の前は壁だったけれど、配置されている小物のセンスがよくて、圧迫感がない。

ふふふふ。何にしようかな。

久々のひとりカフェという贅沢にそわそわしながら、アルバム風のメニューをのぞく。なになに、ケーキセットのケーキはショーケースの中からお選びください、か。

後ろをふりかえって、レジ下のショーケースに並ぶケーキを見つめる。遠くからじゃわからんと、てくてく近づいてまじまじと見つめる。

ああ、ショートケーキ美味しそう。フルーツタルトもいいな。

うーん、しかしどれも可愛い。見ているだけで癒やされるような、ていねいにつくられたスイーツたち。こういう可愛さを愛でるのはひさびさで、わたしのなかに微かに残された女子心がむずむずする。

* * *

結局、ケーキセットでいちじくのタルトとカフェラテを頼んだ。

運ばれてきたいちじくのタルトの美しさにほうっと見とれていると、カフェラテもやってきた。

温かみのあるざらざらとした陶器のカップに、なみなみと注がれたカフェラテ。載っているフォームミルクがたっぷりで、カップを持ち上げると、表面がたぷん、と優しく揺れた。

こういう、口の広いマグカップに入れられたカフェラテって好きだ。味わいもさることながら、目で見て楽しむ幸せ度が高い。泡立ったミルクのゆらゆらは、気持ちまで優しくさせるんだと思う。

はぁ、これは幸せだなぁ。手に持ったカフェラテを見つめ、しみじみと幸せをかみしめる。

さてさて、お次はいちじくのタルトだよ。

添えられたナイフとフォークを手にとり、タルトにナイフを入れる。

ああ、この感じ、ひさびさだ。こういう、小さなスイーツを、フォークとナイフでいただく贅沢。もうその行為自体が、どれほど優雅なひとときであることか。

娘と過ごす日常ならば、このサイズなら片手でつかんでパクリ、だな。抱っこ紐に娘を入れてひたすら揺れながら、片手で菓子パンを自分に押し込んでいた日々を思うと、そのギャップが痛いほど胸にしみる。

うう、ぜいたく、ぜいたくだよー。

そんな思いを噛み締めつつ、一口大に切ったタルトを、フォークで口へ運ぶ。

あ、おいしい。くだものが、ちゃんとくだものだ。

なんだろう、変に甘くしているわけではない、くだもの本来の、さわやかな甘さとみずみずしさ。生のいちじくなんて、食べたのいつぶりだろう。なつかしい、優しいおいしさ。タルト部分も、バターの割合がちょうどいいのだろうか、重すぎなくてちょうどいい。

そして合間に、このカフェラテ!

宝石のように美しく仕立てられたいちじくのタルトと、フォームミルクの優しく揺れるカフェラテを何度も見つめながら、この空間を楽しみながら。

五感で、このひとときを満喫していた。

* * *

ところでこちらのお店、「写真を撮る場合は5枚まで」の小さな注意書きが、店内の各席に置いてある。

英語で書かれていることを加味すると、観光客の増加で写真を撮ること自体が目的のお客さんが一時期増えたのかもしれないな、と想像してみる。

“この空間の空気感をこわしてほしくはないけれど、写真を撮りたい気持ちもわかるし、思い出としてちょっと持ち帰るくらいの写真ならとってもいいんですよ”。

……というのもあくまで想像だけれど、「撮影禁止!」じゃなくて「5枚まで」というルールを置いたオーナーさんの気持ちが、人間らしくて素敵だな、と思う。

そしてその5枚まで、という感覚が、先日の記事で書いた自分のなかにある感覚に近くて、ああよかった、とちょっと安心したりもしたのだった。

* * *

そんなわけで枚数が限られているドキドキの中、今回は、スマートフォンで3枚だけ写真を撮らせてもらった。

うーん、これはこれでありだけど、やっぱり、ちょっと不完全燃焼感がのこる。もっとすてきなんだけどなぁ、ほんとうは。

まぁいい、また来よう。

また来たいと思える場所が増えていくのは、きらいじゃないよ。


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info

「おやつcafe 日々to」

福岡県 福岡市中央区平尾2-17-21メゾン山荘201
※薬院〜平尾間の路地裏にたたずんでいます

070-5482-5665

↑カウンター席の前の壁につるされていた店名のオブジェ。どなたが作ったのかな。そんなお店のストーリーたちも再訪したら伺ってみたい。

自作の本づくりなど、これからの創作活動の資金にさせていただきます。ありがとうございます。