見出し画像

森の中で出会った、木の手作り玩具屋さん

福岡・糸島をドライブ中、車窓からふと、ある看板が目に入った。

夏草がぼうぼうと生い茂るなか、埋もれるようにしてやっとのぞく『木の玩具』の文字。手作りの温かみあふれるその文字に、無性に惹きつけられる。すっかり色あせた塗料も、むしろいい味を出している。

通り過ぎながら横目で “あ、いいな!” と思っていたら、運転中の夫も同じことを考えていたらしい。

夫「『木の玩具』だって。行きたいなぁ」

私「ね。気になった。寄りたいねぇ」

車窓からほんの一瞬、看板を見ただけなのに。いまにも草に埋もれそうな、その謎めいた雰囲気に、強烈な引力を感じてしまう。あの森に足を踏み入れて、その先に何があるのか見てみたい。

そんなわけで、いったんは別の目的地を回ったあと、帰り道にふらりとその店に立ち寄ってみることにした。

* * *

駐車スペースを示す「P」の小さな手作り看板。こちらもまた、いまにも草に埋もれそうだ。

矢印を頼りに「たぶん、ここだよね……?」と不安ながら車を停める。車ほぼ1台分のそのスペースは、背の高い雑草が周囲からわっさわっさと生い茂っていて、果たして本当に駐車場なのか不安しかない。圧倒的ワイルド。

車を降り、緑の中になんとか見えている細い細い階段をのぼってゆく。なんだか自分たちが、ジブリ映画の登場人物にでもなったような気分だ。

階段を登りきると、これまたジブリに登場しそうな一件の小屋が現れた。中から、白髪交じりのおじさんが戸を開ける。

「あ、蚊がいるんで中はいったほうがいいですよ」

まわりくどい挨拶なしに、手短に用件を伝えるその感じも職人気質のあらわれか。むしろちょっと好感をもつ。

促されるままその小屋に足を踏み入れる。

中には、木のおもちゃたちが所狭しと生息していた。

* * *

わたしたちが訪れたときは他にお客がいなかったので、店主の方とゆっくり言葉をかわすことができた。

小屋に入ってくるやいなや、冒頭の写真のピストル玩具に輪ゴムをかけて「はい」と渡される。実物に触って、遊んでもらってなんぼ。そんな店主の気持ちが、動きやことばの端々から伝わってきて心地いい。

店主手作りのおもちゃを販売するだけではなく、おもちゃづくりの体験もやっているそうだ。子どもはもちろん、大人も体験に来られる方はいるという。わかる……、時間があれば没頭してやってみたい。

個人的にいちばん印象に残ったのは、大きなロボットが、ゆるやかな坂道をギッコン、ギッコン、とものすごいスローペースで歩いて下ってゆく、というカラクリのおもちゃだ。写真の彼である。

残念ながら足もとが写っていないのだが、ほんとうにゆったりと、「ギッ……コン、ギッ……コン」という感じで、動きに貫禄がある。なんというか、とても、生き物感があるのだ。

「これすごく好き。すごく生き物感ある」ひとりごとのようにそうつぶやいたわたしに、店主はこう言った。「まあ、木は生きてますから。他はぜんぶ、死んだ材料で今のおもちゃって作られてますからね」。

とくに怒るという感情をにじませるわけでもなくて、ただ事実をさらり、とつぶやいたようなその言い方には嫌味もなくて、スッと心にしみた。そして実際、その小屋にいる木のおもちゃたちは呼吸をしているような感覚があった。

* * *

ひとしきり店内のおもちゃを、触って遊ばせてくれつついろいろ解説してくれて、よい時を過ごさせてもらう。娘にと木製の動物パズルを買ったら、他の小さなおもちゃもいくつかおまけしてくれた。

作ることが好きで、大好きで。そうして今は、作ることのおもしろさや、手作りのおもしろさを、こどもたちをはじめ多くのひとに教えたり伝えたりしていくことがとても好きなんだろうな。店主の方にはそんな印象をもった。

職人さんというと気難しいひとも多い印象だが、彼はそんな感じとは少しちがった。話し方はとつとつと、淡々としていたけれど、木のおもちゃを手にカラクリを解説しながら実際に動かしているときのまなざしはとても優しかった。それを見てとても温かい気持ちになった。ああ、とても好きなんだ。そしてそれを、ずっとずっと続けてきたんだな。すばらしいな。

* * *

娘がもうちょっと大きくなって、工作を楽しめるようになったら絶対にまた来よう。そう思って、ほくほくした気持ちでお店を出る。

いまの季節は蚊が多いんですよと言いながら、店主が外まで送りに出てくれた。ちなみに小屋の外観はこんな感じ。

小屋の前には、代々の金魚。

「こっちが今年生まれたので、こっちはね、6年前かな」

あまりの大きさに、え、金魚ってこんな大きくなるんですかとたじろぐ。

さらに、小屋のまわりにある植物についても話をしてくれる。このときは小屋の隣に生えている栗の木に、緑のイガにくるまれた栗がなっているのを見せてくれた。

訪れたのは夏だったが、四季折々、周りでいろいろな植物が実をつける様子が見られるそうだ。「なかなか今の子たちは、木になっているのを見たことがないとかいうからね」という店主。

さらに外にも、木のおもちゃ。ビー玉ころがしの巨大版だ。おお、すごい!と声をあげると、惜しげもなくたくさんのビー玉を転がしてくれた。

* * *

「ありがとうございました」

こちらも店主にお礼を言って、階段を降りる。

ああ、なごりおしいなと後ろ髪をひかれながら。

階段を降りてみればそこは普通の道路で、なんだかさっきまでの時間は夢だったんじゃないかと思う。そのくらい、その空間は独自の時間の流れ方をしていた。

「本当に、立ち寄ってよかったね。また来よう」

そう話しながら、なんともいえない幸せな気分をかみしめた。


---

info:手作り玩具のおれんじ村
092−809−1355
福岡市西区宮ノ浦1914
営業時間 11:00〜17:00
遊べる日:金・土・日・祝
定休日:火・水・木

自作の本づくりなど、これからの創作活動の資金にさせていただきます。ありがとうございます。