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風を通したがる話

「あの子、すぐ風を通したがるでしょう」

産後、母が泊まり込みで手伝いに来てくれていたとき、わたしのいない場で夫にそう言っていたらしい。あとから夫づてに聞いて、笑った。

いやいや、お母さん。あなたもたいがい、風を通したがるほうだと思いますよ。

そんな母にまさか「この子はやたら風を通したがるわね」と認識されていただなんて。そんなこと、思いもしなかった。だから、笑った。

そうか、わたし、やたら風を通したがるひとなのかあ、って。

* * *

ここで言う風を通すというのは、シンプルに言ってしまえば換気のことだ。

そういえば物心ついたころから「よどんだ空気」というものがどうも苦手だ。すぐに自然の風を入れたがる。

それは場の雰囲気がよどんでいるという場合も含むのだが、そもそも物理的に、窓やドアをぴたりと締め切った空間に、空気が閉じ込められている状態があんまり好きじゃない。場の雰囲気のよどみも、風を通すことでちょっとフレッシュになると思っているほうだ。

ふと思い出したけど、小学校のときもよく保健だよりなんかに「1、2時間に1度は窓を開けて換気しましょう」などと書かれていた気がする。そう言われたからなのかどうなのか、いやそもそももっとそれ以前から、積極的に換気をしたがる子だった。

冬、ストーブでもうもうと温まった教室を、休み時間には「かんきしまーす」とかえらそうに言って、窓を開けていたような記憶がぼんやりある。

いま考えたらあのムツカシイ年頃、かげで男子から「換気ババア」とか言われていてもおかしくない。よく言われなかったな。いや、気づいていないだけで言われていたかもしれないな。まあ、どっちでもいいや。

* * *

大学を卒業して社会人になったときも、毎朝、オフィスにつくと窓を開けて自然な風を通すのが習慣になっていた。

24時間締め切ったままのオフィス。もちろん空調などで空気の動きは多少あるのだろうけれど、タバコを吸うひとも多く、おじさんも多く、また当時はドロドロした人間関係も多くて、毎朝、せめて風を通さずにはいられなかったのだ。

もちろんわたしより早く着いているひともいて、普通に仕事をしているのだけれど、誤解を恐れずにいえば「よくこんなよどんだ空気のなかで仕事なんかできるなあ」だった。

ちなみに補足すると、そこに「そんな奴きらい」という意味は含まない。むしろこういうことが気にならないほうが、どんな環境のなかでも一定のパフォーマンスがあげられるから便利だし、うらやましいし、有能なのだと考える。

そういう意味ではわたしは外的環境に左右されやすくて、不便だ。そのぶん、外的環境を好転させればパフォーマンスがあがりやすい性質もあるので、意識的に外的環境を変えることを好むんだろう。めんどうくさいけれど、それが自分のコントロール方法なのだろうなと思う。

とにかくそんなわけで、毎朝5分ほどの時間だけ、わたしはオフィスの窓を開け続けた。当時は若かりし換気ネエチャンであった。

* * *

そんな換気オバチャン(今となっては)のわたしだが、1年に1度、ぴたりと窓を閉ざす期間がある。

それが、日本におけるスギ花粉シーズン。幼稚園のころから花粉症に悩まされていたベテランの花粉症なので、この時期ばかりは外気がスギ花粉のかたまりに見え、極力室内にそれを入れないという意識が染み付いている。

ほんとうは晴れた日差しのもと、気持ちのよい風にそよそよとなびかせたい洗濯物も、ぴしゃりと窓を閉ざして室内干し。

好みには反するし、晴れた青空なんぞ見ていたら「ああ、外に出したいなあ」と思うのだけれど、脳内で想像するに花粉パウダーがタオルや服につき、それを吸い込んでくしゃみが止まらず目やにで朝目が開けられなくなったりすることを考えると、この時期ばかりは窓を閉ざすことを選択せざるを得ない(※これでもちゃんと薬は飲んでいる)。

そんなわけで今年も、最近までそんな日々を過ごしていた。だが、九州はもうずいぶんと暖かくなり、わたしに搭載されている体内花粉センサーも体感的に「花粉のピークは越えた!もう下火に入ってきたよ」と告げている。

試しに数日前からひさびさに洗濯物も外に出してみている。いまのところ、ピーク時のようなひどい症状には見舞われていない。もちろんゼロではないだろうけれど、薬でコントロールできている範囲なら問題ない。よしよし。

スギ花粉の季節が過ぎて、4月下旬から5月の新緑の時期。このシーズンは、もっとも風を通すのが気持ちよい時期だ。だから大好き。わたしのなかではついに、「春が来た!」なのである。

けれど電車やオフィスでは、部屋をしめきったまま暖房から冷房に、いきなり切り替わったりして悲しくなる。そとの空気、あんなに気持ちいいいのになあってさ。気持ちのいい空気がそこにもうあるのに、電力つかって空調調整するのって、もったいないなあってさ。

もちろん健康の理由とか精密機器扱うとか、しかたのないシーンはいろいろとあるけれど、「いや、この状況べつに窓あければよくね?」って思いながら、「このオフィスでは窓をあける習慣がないから」というだけで開けないところも、あるんじゃないかと思うんだよなあ。

そうはいっても、福岡は花粉以外にも、PM2.5の影響などで、外気を入れるのを推奨しない警報のようなものが出る日もある。

風通したがりオバチャンとしては、喘息っ気のある娘が吸い込んでもおいしい!って自信もっていえるような自然の風を、ほんとうは通したいのだけれど。ああ、どうしたらいいのだろう。暮らし探しの道のりはつづく。

いや、でもね……お母さん。このまま終わろうと思ったところ、やっぱり納得いかないからひとことだけ言わせてもらうけど、わたしが風を通したがるのは、あなたがそうするのを見て、育ってきたからなんじゃないかなあ。お母さんだって、やっぱりたいがい、風を通したがるひとだと思うよ? だからさ、きっと。あなたの孫も、そうなるかもしれないね。

自作の本づくりなど、これからの創作活動の資金にさせていただきます。ありがとうございます。