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炭火焼きハンバーガーとおじさんと私

時折、ガツンとジャンキーなものが無性に食べたくなる。そんなことはないだろうか。

わたしの場合、家では毎日薄味のごはんばかりつくっているから、その反動もあるのかもしれない。

その日もそういう周期にあって、とくに、ハンバーガーとポテトに飢えていた。

「おいしいハンバーガーが食べたい……」

ガルルル、と肉食の目を光らせながらGoogleマップを見ていたら、よく利用している作業場所からほど近いところに、「フリスコバーガー」なるハンバーガー屋があるのを見つけた。

なんだ!こんな近くにあるじゃん、ハンバーガー屋!気になってホームページを見てみたら、東京・下北沢でやっていたお店が、震災を機に7年前から福岡・天神へやってきたのだという。

なになに、店主は36年間アメリカ暮らしをしていて、青春時代に味わった炭火焼きのハンバーガーが忘れられず、当時のバーガーを忠実に再現して、日本で復活しました、とな。おもしろそうじゃあないか。

個性的なそのお店、すでに知る人ぞ知る有名店のようだ。でも路地裏の雑居ビルでひっそりとやっているというところに、冒険心がくすぐられる。

よーし、とりあえず行くぞ! 炭火焼きバーガー、待ってろよ!

* * *

……意気揚々と出かけたはいいが、酷暑の昼下がり、外は本気でサウナのような暑さである。福岡はそろそろ熱帯気候の仲間入りなんじゃないか。

ジリジリと自分が焼け焦げそうになりながら、なんとか住所の雑居ビルにたどりつく。看板に、お店の名前を確認する。よしよし、ここか…。

そう思って、小さなお店が連なるその狭い通りに足を踏み入れる。

えーっと……。

雑居ビルでひっそりとやっている、という前情報を持っていても、閉ざされたシャッターの数々に不安で引き返しそうになる。奥に立て看板なんかも見えないし、この先にオープンしているお店なんてあるんだろうか。もしかして、今日は休みなんじゃないんだろうか。

そんな思いを抱えながらも、とりあえずはじっこまで行ってみよう、と勇気を出して進んでゆく。すると突然、右手になんの看板もなく殺風景なお店が開いているのをみつけた。

いや、お店、なのか……?

だってガラス越しに見える向こう側にはだれもいない。いや、正確にはおじさんがひとり、カウンターの向こう側でPCに向かって腰かけている。商売っ気のかけらもない。それでも、中のレイアウトはたぶん飲食店だ。たぶん、ここだと思うけど、そうだとしてもいまは営業中なのだろうか?

さまざまな思いが渦巻くなか、ガラスの扉にかけられた「OPEN」の文字に唯一背中を押され、思い切ってドアを開けた。

* * *

「こんにちはー」

「いらっしゃいませ」

その返事にまず、よかった、営業していた、と思う。そして壁にかかったメニューにパッと目を走らせ、ハンバーガーの文字が並ぶことを確認。ああ、やっぱりここがフリスコバーガーだった、とホッとする。

ハンバーガーとポテト、ドリンクのセットをオーダーし、ゆるゆるとカウンターに座った。

さっそくおじさんは、ハンバーグとバンズを取り出し、炭火のうえに網を載せて焼き始める。

「いやー、暑い」

そうつぶやいたおじさんに「暑いですよねー」と返したのを機に、なんてことないおしゃべりがスタートする。

「暑すぎて、もう外なんて人歩いてないですよ」とおじさん。土日は観光客で賑わうそうだが、平日の真っ昼間は、この季節、さすがにお客さんも少ないそうだ。この日はわたしひとりだったので、立ち飲み屋に寄ったかのごとく、いろいろと雑談に花が咲く。

焼いている網の端に素手をおいているもんだから、「え、それ熱くないんですか?!」と思わず聞く。「ここは全然平気」とおじさん。炭火が置いてあるのは中心部だけなので、そこから距離がある部分は大丈夫なのだという。

しかし、煙がすごい。「家の中でバーベキューやってるようなもんだからね。夏はしんどいよ」。

クーラーが効いた店内で、「いやー、暑い」を連呼しながら肉を焼いていく。カウンター席側に煙がいかないように、透明なパネルで囲いがしてあるので、煙と熱はすべておじさん側にむかうのだ。

* * *

もうもうと立ちのぼる煙を目の前に見ながら、やることもないのでおじさんとだらだらしゃべる。

「でももう少ししたらね、暑さに慣れて、お客さん戻ってきますよ。福岡のひとって不思議。季節の変わり目はいったんお客さん減って、すこししたら戻ってくる。なんかね、統制がとれてるっていうか。テレビとか出てもね、直後にも来るけど、だいぶ経ってからもまたわっと来て、『この前テレビ出てましたよね』って。いつの話だよって、思うんだけど」

ぶっきらぼうというよりは単純にざっくばらんな口調が、こちらも気をつかわない感じで心地いい。おもしろがっていろいろと話を聞く。このフラットな距離感はなんだかいいなあ。

たわいもないおしゃべりをしながら、もくもくのけむりの中で肉が焼き上がった。待望のハンバーガーが、熱々のフライドポテトとともにサーブされる。どん。

わー、ハンバーガー、食べたかったー! 

そう思いながら、豪快にかぶりつく。肉にも野菜にも厚みがあり、しっかりとした噛みごたえ。シンプルに「これぞハンバーガー!」を主張している。

「100パーセントの牛肉でつなぎ等はいっさい使用しておりません」と公式サイトにもあったけど、“お肉を食べております!”という満足感がある。

ソースは入っていなくて、カウンターに置かれたケチャップを好みでかける。バンズと肉には炭火焼きのちょっと焦げたような香ばしさがうつっている。好みはわかれるかもしれないが、バーベキュー感があってわたしは好きだ。

そしてちょっと意外だったのは、トマトにレタス、玉ねぎと、野菜が思ったよりもたっぷり入っていたこと。わたしは肉1枚のシンプルなハンバーガーをオーダーしたのだけれど、その印象では野菜のほうがボリューミーで、むしろ野菜好きとしては嬉しい誤算だった。かじりつくたび、肉に負けず、シャキシャキッ、と玉ねぎが主張する。

男性ならば肉と野菜のバランスを求めて、ダブル(肉2枚)やトリプル(肉3枚)をオーダーするのかもしれない。がつんと肉が食べたいひとに、そういう選択肢があるのは嬉しいだろうな。

(※ちなみに炭火の上で肉は6枚までしか焼けないらしく、土日、外に行列ができているようなときにダブルやトリプルをオーダーすると店主のごきげんが損なわれることもあるそうなので平日がおすすめです)

* * *

食べ終わったあとも、缶入りジンジャエールを手酌でちびちびやりながら話を聞いていた。

わたしが関東出身で数年前に福岡へ来たとわかると、東京・下北沢時代の話もいろいろと教えてくれる。

なかでも印象的だったのは、下北沢時代の常連客だった若者たちの話。たくさんの常連さんたちのエピソードを聞いて、ああ、愛されていたんだなあ、お店も、おじさんも、と思う。

忙しすぎるときは、常連の学生たちに「ちょっと野菜買ってきて!」とか「そのへん拭いておいて!」といって、よく手伝ってもらっていたそうだ。学生たちは「おじさん、オレ客なんだけど」とか「オレおじさんにいらっしゃいませとか言ってもらったことないんだけど」とか言いながら、それでもやっぱり居心地がよくて通い続ける。

はたまた、渋谷界隈の派手な格好をした女の子。おじさん曰く、「最初はなんだこいつだと思ったけど、話してみるといい子だった」という彼女。通りすがりに「おじさん!ちょっとトイレ貸して!」と入ってきて、何を注文することもなくトイレだけ借りて出ていったとか。おじさん的には常連だし別に「いいよ!」という感じだったのだけれど、むしろ、店内のお客さんとか、店の前で待っている彼女の友だちのほうがびっくりしていたとか。

そんな話を、落語家のようにいい調子でしゃべるものだから、こちらもついつい笑ってしまう。

そして、5年間下北沢にあったフリスコバーガーは、震災を機に福岡・天神へとやってきた。この地で、もう7年が経つ。そんなたくさんの「かつて若者だった常連たち」も、いまでは立派な、働き盛りのおとなになった。

たまにスーツに身を包んだ若者が店の前で佇んでいると、びっくりするという。髪も黒くなって、でもなんだか見覚えがある。「そういう奴はたいてい、文句言いながら入ってくるんだよね。『おじさん!またこんな汚い、狭いところでやってんのかよ!わざとだろ』とかいって。うるさいっての」。

そう話すおじさんの口調は、やっぱりときどき噺家を思わせる。ところどころ、常連客の口調がのりうつっていて、楽しい。相づちを打ちながら、何度あははと声を出して笑ったことだろう。

そして口調は雑だけれど、常連客への愛情はにじみ出ちゃっている。いりびたっていた若者の気持ち、わかるなあ。こうして話を聞いているだけで、ついつい長居したくなってしまうもの。

* * *

他にお客さんがいないときだったから、とくにあわてることもなく、話題はぼんやりといろんな方向へと移ろってゆく。

たとえば、お店のこと。

いまはここ福岡・天神の一店舗だけだけれど、フランチャイズ募集もしているこのお店。なんとそのうち、東京でもフランチャイズがオープンする予定で、いまは場所の選定など進めているらしい。

場所やいろいろなことが決まったら、おじさんから正式に前もって発表があるそうだ。下北時代に通いつめたファンの方は楽しみに待ってほしい。

はたまた、ご家族のこと。

おじさんの奥さまや娘さん、息子さんも、それぞれ国内海外に散らばって、それぞれの人生を生きていた。家族だけど、場所にとらわれることなく、それぞれに「自分の人生」を生きている感じが、とても気持ちいいなあと思って話を聞いていた。

気まぐれに訪れたバーガー屋さんで、思いがけず人生を考えた、真夏の昼下がり。

* * *

インターネットで、いいことも悪いこともいろいろ書かれてきたからねえというおじさん。

帰りがけ、「気が向いたら、わたしもブログに書いていいですか?」と聞いたら、おじさんはこう言った。

「いいよいいよ。どんどんやっちゃって。悪口書いてもいいよ!もう慣れたから」

うーん、そうだなあ。しいていうなら、お店の入り口に立て看板があれば、初めてでも不安にならずにあの通路を進めると思う。

また、行きたいと思います。今度は、ダブルかな。

(おわり)

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P.S.ちなみにこのお店の価格設定は、福岡にありながら完全に東京価格。福岡価格に慣れつつある自分は、メニューを見て最初はやはり「高い」と思ってしまった。

「テレビの取材が来たときにさ、『福岡じゃこの価格は、ダメですよ!』って言われたんだけどさ。いいんだよ俺、商売する気ないから、って。1年くらいでつぶれてまた戻るか〜、とか思ってたら、もう7年もいるんだよ」とおじさん。

このマガジンは自分のこころに正直に書くことをモットーにしているので正直ベースで言うと、この価格設定、安い旨いがあふれる福岡においてはハンバーガーだけのために「また行こう!」とは思わないかもしれない。

ただそこに、「このおじさんの話がだらだら聞ける」という特典があるなら、「また行きたい」と思う、わたしの場合。

土日は観光客で忙しいというから、平日、たまの贅沢にまた行こうっと。アメリカ留学時代の話とか、聞いてみたい。

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info

frisco バーガー(フリスコバーガー)in 福岡
福岡県福岡市中央区舞鶴1丁目9−11
第2ハリウッドビル102号
092-714-1610 

※営業時間やメニュー等は公式ホームページへ。

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