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兵法の道、宮本武蔵『五輪書』より

剣豪、宮本武蔵が長年の修練の成果をまとめた『五輪書(ごりんのしょ)』は、武道の本です。「兵法の道」を、実践から精神まで深く掘り下げて教えています。

全体は、地・水・火・風・空の5つのまきから成っています。

水の巻と空の巻から引用します。

兵法の道において、心のもちやうは、常の心にかわる事なかれ。常にも、兵法の時にも、少しもかはらずして、心を広くすぐにして、きつくひつぱらず、少しもたるまず、心のかたよらぬやうに、能能よくよく吟味すべし。

以下、現代語訳を試みます。

「武士の道においては、心のなかがいつもの状態と変わらないことが大切である。ふだんの生活でも、戦いの時でも、少しも変わることなく、心は広くおおらかに持ち、まっすぐであって、緊張してもよくないし、ゆるみすぎてもよくない。心はこだわりもわだかまりも持たず、澄みやかであれ。よく修練すること。」

このような感じです。

もう少し、続きを読みましょう。

静かなる時も心は静かならず、何とはやき時も心は少しもはやからず、心はたいにつれず、体は心につれず、心に用心して、身には用心をせず、心のたらぬ事なくして、心を少しもあまらせず、

ひとつらなりの文ですが、ここで切ります。
訳です。

「周りが静かで動きのない時も、心には動きがある。(静中動、動中静。)また、事態が切迫しても、武士の心は焦らない。心がゆったりでも体は素早く動けるし、体がゆったりとしていても心は明敏に察している。心のあり様はおこたりなくよく保つが、周囲の状況は二の次でよい。気配りは常に十分で、注意を向けすぎることもない。」


次は、空の巻です。ここはとても短く、仏教や禅の「空(くう)」が説かれています。これが宮本武蔵の悟りの境地です。

世の中において、あしく見れば、物をわきまへざる所を空と見る所、まことの空にはあらず、皆まよふ心なり。
武士のおこなふ道、少しもくらからず、心のまよふ所なく、朝々時々ちょうちょうじじにおこたらず、心意しんい二つの心をみがき、観見かんけん二つの眼をとぎ、少しもくもりなく、まよひの雲の晴れたる所こそ、実の空としるべき也。

「世間では、悪くとれば、分別のないことを「空っぽ」だと言っている。しかし、これは本当のくうではない。ただの心の迷いである。」

「武士の道をおこないで示すひとは、いつも明らかである。つまり、心に迷いがなく、朝も夜も自分の心を点検すること怠りなく、感情の平静さと意志のはっきりしていること、この二つの心のあり方に磨きをかける。そして、具体的な世界とより深いことがらの両方を見る深い眼を持つ。その眼にも曇りがなく、心が迷いなく晴れていること、これが空の境地である。」

武士の道を説く『五輪書』は、厳しい世界を生き抜く指南書のようでもあります。

『五輪書(ごりんのしょ)』宮本武蔵著、鎌田茂雄訳・解説、講談社学術文庫、1986

*今回の現代語訳はすべてオリジナル訳です。




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