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2021.3.23. 北欧の短編「モーゲンス」変わり者の放浪と愛(1)

北欧の作家ヤコブセンのことを、詩人リルケは「若き詩人への手紙」のなかで激賞しています。とくにその短編集『ここに薔薇ありせば』を勧め、代表作の「モーゲンス」を読みなさい、と手紙に書きました。

モーゲンスは、かなり変わった男でした。若い令嬢と会話をします。

「でも、じゃあ貴方は学生さんじゃないんですの?」
「学生ですって! どうしてぼくが学生でなくちゃいけないんでしょう! いや、ぼくは何でもないんです。」
「でも、何かでなくてはいけないわ。何かなさらなければいけないでしょう?」
「なぜ?」
「なぜって──どんな人でも何かしているんですもの。」

モーゲンスは、このカミラに何度か会ううち、突然にいいます。

「ここにはテーブルがあって、そこには生け垣があります。あなたはぼくの許嫁になるのはお嫌ですか? もしそうなら、ぼくは籠を持ったまま生け垣を飛び越えて、行ってしまいます。一!」

モーゲンスが「二」とカウントダウンすると、カミラは「なります!」とささやき、ふたりは婚約しました。

が、それからしばらくしてカミラは家の火事で亡くなりました。助けに行ったモーゲンスは、カミラを救えずに煙のなかで意識を失いました。

コペンハーゲンの街

白いすいかずらや青みがかったにわとこや赤いさんざしや輝くえにしだが、家の前に咲き香っていた。

モーゲンスはお酒を飲み、女と遊んで朝を迎えました。

「お前に飽きたんだ──それだけさ」
ラウラは泣いた。
「だけど、あんたは愛してたわ。あの時には愛してたわ。あの、風がひどく吹いた日や、」

モーゲンスはラウラを捨て、独りで海の方へゆきます。燕麦の畑を過ぎ、おらんだげんげの花が揺れました。ポプラはざわめき、モーゲンスは月の出を見ながら、丘に寝転びました。

一切の生、それはまことに悲しく、背後は虚ろであって、前方は暗かった。しかし生とはこのようなものであった。幸福な人々、彼らはまた盲目でもあるのだ。
彼は不幸から、見ることを学んだ。すべては不正であり、嘘であり、地球全体が大きな回転する一個の嘘なのだ。
真実、友情、慈悲、それは嘘であった。
下の村には灯がともされた。
そこには人家が立ち並んでいた。わが家! わが家! 世のすべての美しきものへの幼い頃のわが信仰!

モーゲンスは、幼き日の大切な「わが家」と善きものへの「信仰」を思いながら、同時にこの世の虚偽を知っていると考え、激しく引き裂かれ、そのために苦悩するのでした。

ここに薔薇ありせば

(2)へ続きます。

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