12頁 「暮れのはじまりの坂」




いつも通りの町が 初めてのような気がした
雨上がりの光で ピカピカになったような
魔法みたいに きれいに見えた

こんな場所だったっけ
どきどきして そわそわして
なんだか幸せのような気がして
けれども もう夕暮れ

変わっていくのか 変わっていないのか
進んでいく時の中で もうあの頃とは違う自分が
なんだか他人のようで 落ち着かない

どこまで行っても 自分は自分
どんなに 変わっても

変わらないで って祈った夜も
変わりたいって 泣いた夜も
もがくように時間が過ぎた夜も
しがみつくように心細い夜も

どれもを経て 今の自分がいて
伸ばした手が きっと 握りたかったのは
明日の自分の手

この瞬間が
美しいと思えた
幸せと思えたことが

幸せで

そう思ったのは 間違いなく
自分の心だよ その心を次の瞬間に持っていったら
それはもう 希望だよ

どうか 幾夜を越えて 朝陽が
生きている私を 祝福しますように



「懐かしい」というのとも違う
日常の中にいるようなのに
もう日常ではない
この不思議な気持ちはいったいなんだろう

通り慣れたはずの坂を歩いている
これから秋と夕が暮れていく
暮れのはじまりの坂

通り慣れた「はず」(千五百回は通っているはず)の その坂が
私の感度をまるで初めて訪れたかのように初々しくも敏感な場所に
切ない幸福と爽やかな恍惚を無遠慮に持ち掛けてくる(いつも)

確かに日常なのに確かに日常でない橙色の景色を
ここを流れるうちでいちばん大好きな季節の風が走っていく

二年前とも六年前とも変わらない
踏切の音を聞きながら
二年前とも六年前とも変わらないのに
すっかり変わってしまった私が立っている

明日を迎える度に私は生まれ変わっている
どんな生き方をしたってそうだった

この踏切の音を知らなかった日も
初めて耳にした日も(今も)

変わりたいと願わなくても必ず生まれ変わってしまう時間を
生まれ変わりたいと願いながら
変わることを止めてしまいたかった夜だってたくさんあった

変化を祝福して変わらない踏切の音にありがとうと言えるよう
時間を削って命を剥がしていけますように
変わらないのにすっかり変わってしまった私を幸せと呼び
止まらない変化を希望と呼べますように

止まらないこと 変わり続けること
どんな私になっても それは 私

生きる限り 私は希望の中で 私であり続けるだろう


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