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対戦型ゲームのスマーフ問題とは?


はじめに

2023年9月2日、Valveは自社で開発、運営しているMOBAゲームであるDota 2におけるスマーフ問題への取り組みを発表しました。

スマーフとは何か?

スマーフとは主に対戦ゲームでそれまでプレイしてきたアカウントとは別にサブアカウントを作り、そちらでチートや嫌がらせ、暴言などの問題行為を行うこと、そして最も多い動機かつ問題になっている事象としては自分のメインアカウントよりずっと下位のランク、レーティング帯でより弱いプレイヤーと対戦して俺つえーすることがあります。

スマーフの歴史は古く、実はレーティングやそれに基づくマッチメイキングが登場する前から存在しています。記録として残っているものとしては1995年に発売されたRTS、Warcraft 2のものがあります。当時はプレイヤーがそれぞれゲーム(部屋)を作成して参加者を待ち、ゲームを開始していました。しかしジェフ・フレイザー(ゲーム内の名前は"Shlongor")、グレッグ・ボイコ(同"Warp")というプレイヤーは非常に強くその名前が知れ渡っていたため、その2人がゲームを作っても誰も参加しない、逆に参加すると逃げられてしまうということで対戦がしづらくなってしまいました。そこで彼らは別名のアカウントを作成してそちらでプレイすることにしました。その際にフレイザーが使った別名が"PapaSmurf"、ボイコの別名が"Smurfette"で、これがスマーフの語源となっています。

フレイザー、ボイコの両方が参加していた
地獄のようなゲームの結果画面

元ネタは海外アニメのスマーフで、パパスマーフ、スマーフェットともにそのアニメの登場人物の名前です(この記事のタイトル画像になっているのがパパスマーフ)。

やがて他プレイヤーもそれを真似るようになり、スマーフは一般的に行われるようになっていきました。

運営元のスマーフに対する取り組み

今回のValveの対処では過去数ヶ月に行われたゲームでスマーフ行為が疑われた9万のアカウントに対して永続的なBAN(プレイ禁止)処分が下されました。またその処分対象者のメインアカウントに対してもその悪質さに基づき一時的なスコア調整から永続的なBANまで様々な処分が下されたようです。もちろんスマーフ用のアカウントに「メインアカウントはこちら」と記されているわけではありませんが接続元IPアドレス、ハードウェア構成、プレイスタイル(使用するキャラやゲームモード、時間帯など)といった多数の項目を使って判断することで運営側はある程度は割り出せるようです。中には家族で共有している端末でプレイとかが誤検出されることもあるでしょうが…。

何が人をスマーフ行為に走らせるのか?

Dota 2以外の対戦型マルチプレイゲームでもプレイヤーの数が多いものではどこでもスマーフが問題となっており、定期的に処分も行われています。そして大抵は運営元の処分が不十分だとユーザーが不満を募らせています。
なぜこうも多くの人々がスマーフ行為に走るのか?その理由は色々とありますが最大の理由はもちろん勝ったほうが嬉しい、楽しい、気持ちいいというものです。しかし以前SNSで見かけたなかで面白いなと思ったのが
「レーティングベースのマッチメイキングがスマーフを増やす一因になっている」という意見でした。

レーティングベースのマッチメイキングについては次項で詳しく説明しますが、要はゲームを検索しているプレイヤーの中で強さの近いもの同士でゲームをさせようという仕組みです。強さ、技量の近い者同士で対戦できるなら理想的、そうあって然るべきシステムじゃないか、なんでそれが問題なんだ?と思われるかもしれません。しかしこの意見はあくまでもそれが原因となっているというだけでそれが悪、問題があるとまでしているわけではありません。利点や意義はもちろんあるのですが同時に負の側面もあって、結果としてスマーフを助長することにもなっているのではないかという意見です。この記事ではその意見について詳しく説明していきたいと思います。

レーティングベースのマッチメイキング

レーティングベースのマッチメイキングというのは各プレイヤーの戦績をもとに強さの指標となるマッチメイキングレーティング(MMR)を算出し、そのレーティングの近いプレイヤー同士で対戦させる仕組みのことです。このレーティングの算出方法には元はチェスで使われていたELOレーティング(ELOは考案者であるアルパド・イロの名にちなむ)、MicrosoftがELOレーティングをもとに独自の改良を加えたTrueSkill、グリコレーティング(製菓会社とは無関係、考案者であるマーク・グリックマンの名にちなむ)などがあります。

ある人が対戦ゲームを購入し、対戦相手を求めてマッチメイキングによるゲームを検索したとしましょう。マルチプレイ用サーバーは同時にゲームを参加しているプレイヤーの中でMMRの近い相手を探してその人とのゲームを作成、開始します。新たにプレイし始めた人は戦績がなくレーティングも未設定なので、最初の数回は測定段階ということで通常とは異なるルール(未経験者同士でマッチングしたり、より広い範囲を対象としたり)で対戦相手を探します。そして測定段階が終わった時点で正式なレーティングが設定され、以降はそれと近い人とマッチングしていくことになります。

勝つとレーティングが上がってより強い(戦績の良い)相手とマッチングするようになり、負ければレーティングが下がって逆の結果となります。ただゲームによって違いはあるでしょうがレーティングだけを見て組んでいるわけではありません。同じレートでも数回のゲームでそこに到達した人と、100回以上プレイした人では強さが違う(前者の方が強い)わけですからね。ゲーム数、勝率、現在の連勝数、そういった様々な情報をもとに適切な対戦相手を決定しています。

対戦相手が見つからないまま長時間が経過すると徐々に条件は緩和されて、レーティングがかなり離れた相手とマッチングすることもあります。マルチプレイメインのゲームにおいてはプレイヤーの数が面白さに大きく影響してくるわけですが、単に対戦相手がいればいいというわけではありません。人口が少ないとそれだけレーティングの離れた不公平なゲームに参加させられる危険性が高まります。

チーム制のゲーム、特に1ゲームに参加するプレイヤーの多いゲームではレーティングの近いプレイヤーだけを集めるのが難しいため、上級者の中に中級者、時には初心者が交じることもあります。上級者はなんでこんな下手と一緒にプレイ(悪い表現でいえば"介護")しなければならないのかと不満を抱いたりもしますがそのあたりの事情は相手チームも同じです。そういう場合はうまくフォローしてその弱みに乗じられないようプレイすることが最良の策ですが現実としては全くフォローせず、それどころか味方なのに罵声を浴びせたりで上級者、初心者双方に不満が残る結果となり、運営元に対する怨嗟になったりもします。なお罵声を浴びせるとかえって相手のパフォーマンスが悪化し自らを傷つけるだけという意見が多いのですが、それでも人間の心というのはそう簡単に割り切れるものではなく罵声を浴びせてしまう人は少なくないようです。

対戦ゲームではランクドマッチとアンランクドマッチに分かれているものもあります。たまに誤解している人もいるのですが、大抵のゲームではアンランクドだからといってレーティング関係なし、完全ランダムでマッチングしているわけではありません。ランクドとは別のプレイヤーからは確認不能なMMRがあり、それを参考に相手を選んでいることが多いです。単に戦績がランキング表には載らない、アンランクドでプレイすることでランクド用のMMRの調整をすることはできないよというだけです。

その問題点

先の例に登場したプレイヤーはなかなか勘がよく、数回のゲームでコツを掴んで勝利を重ねます。レーティングもどんどん上がってより強いプレイヤーとも当たるようになりました。それにより勝ちと負けが同じくらいの割合になり、レーティングは停滞状態となります。そこでそのプレイヤーは攻略サイトや他の人の対戦動画、リプレイなどを見ながら練習します。効果は上々、目に見えてうまくなり、勝ちが増えてきました。レーティングも再び上昇しはじめます。より強い相手とも当たるようになってきましたが大体3回勝って1回負けるというペースでした。レーティングは速度は落ちたものの上昇しています。さらに強い対戦相手と組まされるようになりました。今では2回勝って1回負ける、いや勝ちと負けが同じくらいかも…という状態です。その時点でその人はすっかり疲れ切ってしまいました。

なぜその人は疲れ切ってしまったのか?それは負けたこと、勝ち負けが相半ばという状態によるものではありません。本当の理由は自分がいくら上達しても常に自分と同等の相手と組まされる…いくらうまくなってもそれを実感できるような、気持ちよく勝てるゲームというのがなかなかないからです。

これはごく単純化したものなので例外的なケースはいくらでもありえます。しかしいくら上達しても自分と同じ強さの相手が出てくる…これって疲れませんか?誰もがドラゴンボールの主人公、孫悟空のように「オラより強い相手と戦ってみてえ!」というメンタルの持ち主ではないのです。ベジータのように「俺はもう…戦わん…」となってしまうのです(ベジータの台詞の理由としてはライバルと認めていた悟空が死んでやる気を失ったという方が大きいと思いますが、それは置いておいて)

俺は負けても別に気にしない、すぐ次のゲームを探しに行くよという人もいるでしょう。しかしこれは「負けを気にする人とそうでない人がいる」という単純な問題ではありません。多くの人は最初の数回の負けは気にしないでしょう、しかしそれが十数回、数十回と続いていくうちにボディブローのように効いてきてつらい、もう楽しくない…となってしまうのです。平たく言えば心が折れてしまうんですね。もちろんいくら負けても気にしないメンタルの強い人もいるわけですが…。

もう1つの問題点としては、ゲームとは何の関係もないのですがピーターの法則と呼ばれるものがあります。大雑把に言えば「能力主義の階層社会では人は無能と見なされるレベルまで出世する」というものです。より詳しく知りたい人はこちらをどうぞ。

例えばある平社員が能力を認められて主任、係長、課長と出世していったとします。出世するにつれて求められる能力の水準は増していきます(平社員と管理職では必要な能力が違うという話もありますがそれは置いておいて)。それまで有能と思われていたその人も課長としては能力不足と見なされ出世はストップ、その後は無能(平凡)な課長として働き続けることになりました。

これと同じでレーティングに基づくマッチメイキングのおかげで、一部ずば抜けた強さを持つ例外な人を除いては「勝ち負けを同じくらいの比率で繰り返す、そのランク帯では平凡なプレイヤー」になりがちなわけですね。それは自分の技量に自身を持ち、その上達を楽しんでいた人にとっては望ましい結末ではないでしょう。

切りのない努力に疲れ、また現状が受け入れがたくただゲームをやめるだけなら不幸な結果ではあるものの他者に迷惑はかからずまだいいのですが、中には新規アカウントを作成してスマーフ行為に走ってしまう人もいます。今まで同比率で勝ったり負けたりを繰り返していたのが嘘のように連戦連勝!見ろ、敵がゴミのようだ!となればそりゃもう楽しいですよね。レーティングを上げていく過程では決して味わえなかった、そして求めていた快感があるのですから…ただ俺つえーがしたいのではなく(それもしたいでしょうが)、俺強くなった、その実感を味わえるのもまた大きいのです。でもそれは迷惑行為、そして今回のように処罰対象となります。

別種のスマーフ

これとは別のスマーフもいくつかあります。まずは主にプロゲーマー、配信者の間で行われている「新規の状態から何ゲームで、あるいは何日でトップランクに到達できるか」チャレンジです。これは一見面白い企画のように思えますがやっていることはスマーフと何ら変わりなく、一緒にプレイすることになった他のプレイヤーにかける迷惑は同じです。もちろんこれも大抵は処罰対象となります。もしあなたが配信者でそうした企画を思いついたとしても実行することはお勧めしません。一時的、永続的BANその他の処罰を受ける可能性がありますし、運営元の対応とは別に炎上の恐れもあります。

わざと負けて意図的にレーティングを低下させ、本来いるべきレーティング帯より低いところで無双したがる人たちもいます。ソロプレイの対戦ゲームであればまだ問題は少ない(それでも不正なやり方で狩られる被害者は出るわけで無問題ではない)ですがチーム戦ではその人と同じチームになってしまった人に迷惑がかかるため大きな問題となります。

もう1つはいわゆるブースト行為です。これは上級者がサブアカウントを作成し、友人または金銭等の見返りと引き換えに赤の他人と一緒にプレイしてその相手のレーティングを引き上げようとすることです。多くのゲームでは一定のレーティングごとにブロンズ、シルバー、ゴールドなどのランクがあり、ランクに応じた報酬があったり単に見栄から上位ランクに入りたいという人がいてそれを助けることですね。
これも大抵のゲームでは禁止行為とされていて処罰の対象となります。しかし明確に金銭を受け取って行うのであれば悪質さはわかりやすいですが、元々親しい友人が「練習のために一緒にプレイしよう」と誘ってきたとしたらそれが問題行為であることに気づきづらいかもしれません。しかしたとえ完全に善意から行う行為であっても禁止行為であることにはかわりません。

終わりに

残念ながら現状スマーフに対する根本的な対処方法は見つかっていません。今回のValveの処罰はDota 2内で言えば一歩踏み込んだ内容(他作品でも似たようなことはされているはず)と言えますが、判定を誤った際の影響が大なだけにそう気軽に処罰できるわけでもありませんし。そして運営元がいくら大々的にスマーフ行為への処罰をアピールしたところで、その後それらしい相手と遭遇してしまえば個人としては「まだ普通にいるじゃないか、何が対処しただよ」といった感想になりがちでしょう。

話は変わりますが、スマーフは非常に迷惑な行為ですがそれを行っている人については別に彼らが漫画やアニメなどに出てくるような極端な性格の、品性下劣、根っからの極悪人というわけではないと私は思ってます。日々の生活に不満があってつい目下の人間に暴言を浴びせてしまうようなごく普通の人々たちなのでしょう。もちろんだからといって問題行為が許されるべきではありません。処罰、排除されるべきです。でも彼らを悪人と決めつけて罵ってみても仕方ありません。今は無関係のあなたも一度何かの対戦ゲームにハマったら同じことをしてしまうかもしれないのですから。

対戦ゲームというのはこうした問題以外にも暴言などもあり精神的な負担の非常に大きい娯楽です。短期間ならともかく長期間それに耐えられる人というのは決して多くはないでしょう。そのことを予め頭の中に入れておけば道を踏み外す前に思いとどまれる可能性が多少は増えるかもしれません。

まあ大抵は「自分には関係ない」「俺は大丈夫だ」で終わってしまうんですけどね。

余談

いくら上達しても同等の相手が絶えず現れることで、あるいは単に負けがかさんで心が折れてしまった時、スマーフ行為に走る以外の道としては

  • そのゲームを止める

  • 1on1(1対1のゲーム)からチーム戦に切り替える

  • 対AI戦に切り替える

などもあります。これらは何ら問題のない行為ですが下2つについてはちょっとした落とし穴もあります。ただそれについては若干議論を呼びそうな内容なのと長くなるので今回は割愛します。いずれまた別の機会に記事にするかもしれません。


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