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雑踏で再会した。大勢の人間が行きかう中で、目が合って、すぐに名前を呼ばれた。
「エルヴィンっ」
 すぐに名前を呼び返した。
「リヴァイっ」
 呼び合うかのように出会った。それが再会。
 年齢は15も離れていた。
 大学生と四十路手前。だからなんだ。
 すぐに想いを伝えて、リヴァイには断片的にしか記憶がないことを知る。特にエルヴィンの死の間際の記憶は曖昧過ぎだ。多少の衝撃はあったが、そんなことはどうでもいい。ないならないでいい、今はそれよりも再会できたことと、すぐにでも連れ去ってしまいたいと、ただリヴァイと居たいことで頭がいっぱいだった。
 車の中で何を言わずに貪るように唇を重ね、同棲の話を持ちかける。「お前がいないなど、もう耐えられそうにない」十代の若造のように逸る心のまま口走るが、すぐに承諾の返事を貰えた。短い「あぁ」という返事は天上の福音。天にも昇る心地とはまさにこのこと。
 持ち物の少ないリヴァイの部屋には驚いたが、引っ越しが楽そうどころか、僅かな衣服と靴。それに学用品だけで事足りた。メッセンジャーバックと紙袋3つ。承諾して即日、エルヴィンの車だけで引っ越しを終わられてしまったのだ。後日に手続きはあるものの、それだけだ。
 名目だけの引っ越しが終わり、夕刻。リヴァイが淹れてくれた紅茶に喜びを感じる。自分で彼を思い出しては淹れていたものとは雲泥の差だと心から思った。
 ソファで隣に腰を下ろし、リヴァイの細い腰に手を回す。シャツの中に手を滑り込ませると「四十手前にもなってすぐに盛るな」と言われはしたが、抵抗はない。それを諾と取り、ソファに押し倒そうとすると、紅茶が零れるだろうと叱られた。記憶のままのカップの持ち方。それすらもが、いや、一挙一動が懐かしく、狂おしい程に愛おしい。
 夢に出てくるお前を想い、ただ高みを目指して今の地位を築き、お前の目に触れる様にメディアに露出もした。しかし、再会は雑踏だった。そういったら笑われた。テレビを見なければ雑誌も読まないらしい。図書館はよく使うが、新聞と経済紙と週刊誌は対象外だったらしい。健全な学生だったようだ。
 早朝と深夜のアルバイトを辞めて、可能な限りここに、家にいてくれないかと請うと、「家事はしてやる」と短い返事。あぁ、想いが同じなのだと感動する。大学を卒業した後の就職先は今のバイト先の本社。本社勤務ならそこまで遅くはならないだろうと胸を撫でおろす。
 その日、焦れて、焦がれて、想ってきた相手に再会て、抱いた。従順に愛撫に答える濡れた声と吐息。どれだけ聞いても足りなかった。そのまま朝を迎え、カーテン越しに朝日を感じながら、抱き合って泥のように眠った。昼近く目覚めた時、リヴァイが「借りてる」と着ていたのは2サイズ以上も大きい、エルヴィンのガウンだ。情事の後が色濃く残る素肌に引っ掛けているだけの姿がどれだけ煽情的なのか無自覚なようだ。危なっかして外に出したくないと思ってしまったぐらいに。
「いけない子だ」
 ベッドの縁に腰かけて疑問譜を浮かべるリヴァイを押し倒して唇を奪う。「っ…お、いっ」
「起き抜けに誘うようなことをするお前が悪い」
「誰が誘ってな…んんっ…」
 この始まりが短い蜜月の始まりだと、この時は思いもしなかった。



「…何故、姿を消した?」
「・・・・・」
「リヴァイ」
 ある日突然、着の身着のままリヴァイが姿を消した。残されたのは学用品と僅かな衣類だけ。
「どれだけ探したと思っている?……帰ろう」
 3ヵ月。姿を消してから、以前住んでいたワンルームのマンションよりももっと狭いアパートに暮らしていた。探偵を雇って探させたが思った以上に時間がかかった。就職先も採用を辞退し、姿を消していたからだ。日雇いの清掃員。それが今のリヴァイだ。
 部屋の隅で自分を抱える様にして震えるリヴァイに手を差し伸べる。二度とこんな真似はしないと誓い、帰ってくるなら全てを水に流すつもりだった。しかし、リヴァイは震えながら首を横に振り続ける。
「何故だ」
「……俺が…俺が…お前を…」
 泣いているのか?声が震えている。
「殺したんだ…その後も…俺は生きて……」
 サバイバーズ・ギルト
  生き残ったことに対する罪悪感。
 記憶が、最も曖昧だった記憶がよみがえり、鮮烈に蘇り過ぎた記憶が過ぎた罪悪感を呼び、その罪悪感に苛まれ、恐怖し、姿を消した。
「お前を殺しておいて…っ、お前に幸せにしてもらうなんて…そんなことできねぇ…っ」
 「あれが最良の道だった」「お前のせいじゃない」「私はあれで救われた」何と言おうと、どんな言葉を並べようと聞き分けのない子供のように嫌だ嫌だと涙を流して首を振る。
「リヴァイ、嫌でも構わん。家に帰るぞ」
 離せと喚くのに構わず車に押し込んだ。マンションの地下駐車場で「俺はお前を見殺しにした最悪な野郎だ」と口走った時、リヴァイの頬を打った。
「そんなに自分が最悪だと思うのなら、償いをして貰おうか。命の代価、お前はどう贖う?」
「…命で贖う」
「なら、その命、俺が貰おう。身体と心、思考、全て俺のものだけにしてやる。勝手に死ぬことは勿論、俺以外の事を考えることも許さない」

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