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《非共有の共有》佐藤れな

ZOKEI展の佐藤れなさんの作品は10号館の(展示がある空間としては)最上階に展示されている。その部屋の作品で全体の存在を認識した。部屋に入ると合板で作られたパネルがあり、当初は作業中かと思ったが、よく見ると目が浮かび上がる。映像、瞬きをする大きな目と対峙する。

《非共有の共有》, ©︎佐藤れな

何らかのコミュニケーションを行う際に、言葉意外のコミュニケーションについて可視化する試みだという。目はコミュニケーションの要、人は何か意思疎通を行うときには自然と目に注意を向けるようになっている。

この展示部屋に到達する前に、プロジェクターが壁に何かを提示しているのを認めていた。ただ、何を提示しているのかは分からなかった。

《非共有の共有》, ©︎佐藤れな

目を見て、これは何か?という疑問が立ち上がり、ステートメントを見て、映像が3つ用意されていることが分かった。ステートメントには記号的な展示の説明のみであり、部屋の外に出て他の作品を探した。

《非共有の共有》, ©︎佐藤れな

プロジェクターが設置されていることは確認していたが、手が投影されていることに気がついたのは目を見てから。

《非共有の共有》, ©︎佐藤れな

単純に明かりを投影していただけなのかな、と思っていた箇所に口元が現れた。

オーラルコミュニケーションではないコミュニケーション、目線、手の作る表情、何かを食べている口元。これらを無意識的なコミュニケーション(意思表明)としている。ボディランゲージであるが、その無意識的なコミュニケーションが、場を共有している他者とリズムが生まれる。作家の言いたいことがハマり、僕らは作家が送ってくるメッセージを認識し、プロジェクターの映像を明確に見ている。

こうしたリズムの形成はハイパースキャニングと呼ばれている。もともと人に備わっている共感すること、fMRIを使ったピエール・ユイグの無意識の探求にも考えが飛んだ。

岡山芸術交流では《タイトル未定》が提示されていた。

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