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バックヤードの仕事を知る。


あるとき、

これも欲しいけど
これも欲しい。それにこれも!って

一度にてんこ盛りで
本気の欲しいものが並んだ時がありました。

それで、私は思ったんです。

こんなに一度には駄目だよなあ・・って

どれかひとつ、順番付けて選んだほうがいいよ。
これじゃあ欲張りだしね・・って。

そのとき俯瞰的に自分を観て、

『こんな広々とした宇宙に生まれて、

ずいぶん風呂敷狭く敷いてるな。。』 って

大笑いしたのですが

願い事って実はもう
叶っているから欲しいと思えてるので、

欲張りでもなんでもなく、
今必要だから
自然な流れで出たってことです。

いうならば、これもこれも受け取って!っていう
メッセージという感じ。

この広々とした宇宙という例えは、
まさに無限の意識。

これは私たちの本質であり、
私達そのもののことです。

このバックヤード(本ボス)があるから、
わたしたちはこの個々に分かれた自我という
小さい個人の宇宙から世界を見ることが出来ています。

この自我の部分が(育った環境などによって)
受け継いでいる性質によっては、

風呂敷が小さな陣地になったり、
大きな陣地になったりしますが

実際はこのバックヤードの無限の中で、

ほんとうに望むものは、

好きなだけ楽しめる権利を、

私達の誰もが持っているわけです。

加えて、これもこれも受け取って!と
サインが来たのだから尚更。

じゃあ、やってみようとなるんですが、

大抵の人は、

現実といういま目の前に見えている世界。

ここをファーストに生きているので

いろんな望みを叶えようとしても
今は叶っていない自分の姿を最初に観てしまいます。

というか、

実際に今の時点で目の前に見えてないから
叶ってないわ。と勘違いしてしまいます。

これは前にも書いていますが

物質世界のタイムラインがあることで

(過去に無いと見たから)無い現実を受け取ってから
⇒(今はあるを見たから)ある現実を受け取る。

という順番なので、

無いから私には無理なんだな・・
やっぱり欲張りすぎなんだ。と早急に判断をしてしまうと、

今また、更にないことを見ているので

⇒もう一度無い現実を受け取る。

⇒そして又叶ってないことを勘違いする・・という
無限ループになってしまいます。

ループから抜け出すおススメの方法としては、

まずはバックヤードと
自我の分担をちゃんと理解すること。

⇒役割分担を整理しておくと、

望みを叶えるっていう役目は、

自我のお仕事ではなく
意識としてのバックヤードのお仕事です。

そして、出来てる上がっているものを、

時を介して自我が現象的に見せてもらう。ことで、

自我は感動したり喜んだり、ダンスしたりするんです。

言うなれば自我はあくまでも慎ましく受容的な立場で、

バックヤードが創り上げた素晴らしい世界を、
ライブ感あふれた中に見て楽しませてもらう役割です。
(実はとっても身軽で、責任感もない最高の役目!)

バ:『これ体験してね!』と声が掛かったから
自:『じゃあ、頂きますね。』ってかんじです。

なので、私たちにとって最も自然な順序である

バックヤードファーストである為には、

世界は自我が創っているのではないので、

ここで現象を認識できる自分は、
ただ受け取る側であることを徹底的に知る
ことが
重要となってきます。

この世界、物質世界を生きる自我が満足することは
すごく大切なことなので、(これがバックヤードの楽しみともなる。)

望みがいくつあろうが、=欲張りではなく。
なみなみの豊かさ。ということで、

バックヤードに出来てるものは、素直に受け取る。
という軽いスタンスで、何の問題も無いんです。

これは駄目だとか多分無理とかの余計な判断が出ちゃうと
すぐさまループに入ってしまうので、

そんな時こそ、『この世界はバックヤードファーストである❕』ことを

何度も何度も、おもいだしてくださいませ!

ここが辛抱し時でございます。

🐻ちょっとおまけ🐻

大聖堂などに行くと、

昔の人って
どんだけすごいのよって何度でも感動しますが

こんな複雑な構造の大聖堂が建てられるのも、
バックヤードの力ありき。

映像から届くことで
出来上がった状態からのそれを、

自我というこの世界の住民が
時間と共に辿っていく(遡った状態な)わけなので、
どんなに無理でしょーってことも、必ずできるってことです。

なので自我に出来ることはたったの一つ。
それを見ることを認めるだけです。


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