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展示「ロストハウス」


展示ステートメント

 以下本文は、2023年12月10日から20日にかけて10日間行われた展示「ロストハウス 齋藤鷹 個展」に寄せて3人の企画担当者により書かれたステートメントである。
 この展示は約半年にわたり企画構成が練られ、3日間のインストールの時間を設け実施した。 


「齋藤鷹 アトリエ」
   企画・デザイン 小野まりえ


     齋藤鷹は、日常的なモチーフからその形態の輪郭を抽出し絵画に新たな世界を転写させる如く画材を巧みに使いこなし表現することに長けている作家だ。彼の作品をじっと見ていると、まるで別世界への窓が開かれ、一つ一つの色面が地図のように立ち上がってくる。私達はこれらの絵画に触れた時、その地図の迷路に迷い込むかのような感覚に捕らわれるのではないだろうか。

     1855年、クールベが『画家のアトリエ』を制作した。この作品がパリ万国博覧会に出品され落選すると、彼は自費で建物を借りて個展を開催した。これが世界で初めての個展である。彼はこの作品について「私のアトリエで描かれるべくしてやってきた世界」と述べたとされている。画家にとってアトリエとは何であろうか。作品は作者の頭や思考から生成されるが、フィジカルで物理的な問題は殆どアトリエで生じてくる。その場所が作者の仕事に与える影響は決して無視できない。
     では、齋藤鷹にとってアトリエとは何であろうか。彼にとっても、作品とアトリエという空間は切っても切り離せない関係性がある。彼のアトリエには様々な要素がある。たくさんの可愛らしい小物やレコード、本がコレクションされていて、かと思えば、同じ部屋にキッチンやベッド、シャワールームが並列して設置されている。そこはワンルームであり、1日の生活の全てがここで完結する。この環境が、彼の制作にどのような影響を与えていて、作品にどのような要素をもたらしているのだろうか。
     どんな作家であっても、日常生活は重要で欠かせないものであるのだが、その大きな日常性の概念を作家のアトリエからより深く考察すると、1日を過ごすワンルームの空間でさえ、実は自分だけの隠された場所、秘匿空間というものがある。子供が家の中にテントやお気に入りのものを置いて自分だけの居場所を作ったり、趣味の道具や思い出の品を飾っておくことも、生活とは異なる秘密の場所を作り出すことがある。このことが、コレクションの概念が個々の領域を形作る理由であり、テリトリーを作りあげるのだ。制作とは、日常の連続の中で浮かび上がるものではなく、むしろその逆で、制作とは日常から切り離された場所から急に訪れる何か、ではないだろうか。
     アトリエとは内部がブラックボックス化され、外の現実では考えられないような世界が繰り広げられる可能性のある場所だ。齋藤鷹の絵画も同様である。彼の制作スタイルは自宅をアトリエとし、作業的に日常生活に依存していながら、描かれる世界はアトリエから飛び出した外の世界だ。狭い空間から作品は大きな別の世界へと広がっていく。現実の秩序が無効化され、新しい規律が生まれている。その世界の創造は、社会や世界と切り離されたプライベートな自室であり、日常性の中で秘匿される空間の内だからこそ立ち現れてきたのではないだろうか。

     そして今回、その自宅のアトリエから生まれた作品たちが『ロストハウス』として展示される。作品は鍵のかかった閉じられた自宅から、鍵のない開放的な展示会の場で人々によって見られることになる。 『ロストハウス』という展覧会名は、大島弓子の『ロストハウス』からインスピレーションを得たタイトルだ。その物語では最後に鍵を開け放ち、部屋という空間が別の解釈によって大きく広がっていった。          このハンドアウトは文字通り、鍵を配布している。彼の部屋での蓄積されたもの、思考や絵の具の重ね合わせが、彼の詩や写真を通じて、そして彼という人物を新たな切り口で鑑賞することで、これらの作品をより深く理解する手助けとなるだろう。

     私たちは齋藤鷹の個展を通じて何を感じるのだろうか。もし私たちがロストハウスした時、社会や世界と切り離された状況に置かれた時、未だに続く数々の混沌の迷路のなかで、今、新たに世界を創造することができるだろうか、多面的な解釈から世界を見直すことができるのだろうか。彼の個展を通じて、このような思考実験的な体験を期待したい。




「展示前の改修工事について」
   建築設計 中田耀満 

   日本の建築は古来から木造が一般的であり、柱や梁は建築物を支える重要な構造要素として機能してきた。

   この建物は昭和52年に建てられ、1階は店舗として使用されていたが、2階と3階は店主の住居として使われていた。その頃は、3階の全ての床面に畳が敷かれ、現在の3階を2つの空間に分断する壁の部分に襖の引戸が設置されていた。
   後に、HB.nezuが展示空間として改修した際、その襖は取り外され、その痕跡を隠すように鴨居や敷居を白い壁の展示室からは見えないように設置した。よって、畳の部屋は隣の白い壁の展示室を作り出すための舞台裏となっていた。
   Hello Beeは2023年4月にこの建物をアートスペースとして引き継ぎ、展示やイベントを行ってきた。これまで2階と3階の展示室を主に利用してきたが、3階の畳の部屋に続く扉は「Artist only」の文字によって閉ざされてきた。(この時、HB.nezuの行った改修のまま、畳の部屋は展示者と運営スタッフの倉庫として使用していた。HB.nezuも同じ使い方をしていたのだろう。)この建物の屋根には切妻屋根がかかっているが、ファサード面にはトタンでその様子が隠されており、3階の窓はファサード面になく、隣の住居に向かって開いている。そのため、3階の様子は外から全く予測できず、存在の確認すらできない。また、2階から続く階段の先の「Artist only」の扉の向こう側は鑑賞者にとって全く予想できない空間であった。その畳の部屋は内部からも外部からも切断されていた。

   今回の工事の主な目的は展示室の拡張であった。「Artist only」の扉を取り除き、畳の部屋を展示室に作り上げた。
   天井には切妻屋根の柱梁から格子を吊り、その屋根の姿を隠すように石膏ボードが取り付けられていた。工事ではその石膏ボードのみを取り除き、天井を支えていた格子は取り残す。格子の向こうに切妻屋根の姿を見せ、その構造を支える柱梁を露出させた。構造を見せることで、展示空間がどのように構築されているかを視覚的に示した。
   3階を分断する白い壁は、先述したように白い壁の展示室からは襖の痕跡が隠されているため、畳の展示室にはその痕跡や白い壁を支える間柱が露出し、これまでの展示で白い壁の展示室側から開けられた穴なども残っている。その壁も畳の部屋に対して隠さず残した。

   これらの操作で作り上げた展示室は、展示者にとってあらゆる制限が現れる。例えば、3階を分断する白い壁に畳の展示室から釘を打つと釘の先端が白い壁の展示室に貫通してしまう。展示者は作品を壁にかけるために間柱にしか釘を打たないのかもしれない。また、天井にある格子は展示空間を勝手にグリッドに分割してしまう。畳と石膏ボードのサイズは建築のモジュールによって同じである為、床面の分割と呼応している様にも見える。展示者が作品を格子にかけた場合、床面の畳と同じ様に空間が視覚的に分割される。
   このように建築的な背景が残された空間に作品を配置する際、展示者は作品同士の関係を考えるのみでなく、空間と作品の関係も考慮する事になるだろう。展示者のその行動により、鑑賞者は作品を作者の中に留まる私情のみに終始してしまうのではなく、空間に対して作用している作品の姿を見ると、その作品の持つ意味を二次的に認識することができる。
   ホワイトキューブでは作品からしか展示者、作者を予想することができない。つまり、作品は真っ白な箱に閉じ込められ、展示室の外の社会とつながるはずの作品の意味は展示室によって分断される。作品と社会を展示室が分断するホワイトキューブとは異なり、Hello Beeでは展示室が作品と社会との関係を展示者にも鑑賞者にも意識できるような空間を目指した。



「この展示について」
    鈴木 葉子

 不思議な半球のついた赤い扉を開けて2階に上がると、大きめのタブローが3枚、小さめのタブローが 2枚見えてきます。次に、3階に上がるとドローイングや小作品が壁一面に貼られ、さらに奥には小さな「畳の展示室」があります。私たちはまるで、齋藤鷹の心の中へと深く誘われていくように展示を体験します。

 齋藤鷹個展「ロストハウス」が企画される以前から、中田により畳の部屋を「畳の展示室」に改修する計画がありました。中田のステートメントにもあるように、長らくこの場所は展示室としてではなく、「Artist only」という文字によって閉ざされ、ベッドが置かれ居住空間として使用されてきま
した。そこを展示空間として開放することは、家と深い関わりを持つ齋藤の制作と今回の展示の行為をシームレスに繋げることとなりました。
齋藤は、自宅に小物を収集し、植物を育て、私たちが寝て起きて歯を磨き、朝食を食べ服を選ぶように、生活の一部として絵を描いています。時には紙袋に、時には小さな端切に描きます。
 それは齋藤の生活の断片的なゲシュタルトの集合であり、描いた作品もその一部となり壁に貼られます。ですが、それを展示する際に、生活と共に息づく作品が切り離され、作品の持つ力が息を潜めてしまうことが懸念点でした。
 ですが、今回、中田が作った「畳の展示室」を含むHello Beeの展示空間は、ホワイトキューブとは異なるものです。齋藤が自宅のアトリエから、作品を展示空間に移すとき、文字通り齋藤の家(アトリエ)はロストしてしまいますが、中田の作った展示空間が新たに働きかけます。3日間のインストールの間に空間が作品のあるべき場所を導き、一枚絵を置くたびにまた空間が変化してきました。それを繰り返しながら大量の絵や小物が配置されていきます。そして、「畳の展示室」は私たちに自動的に靴を脱ぐことを促します。この、構造が露呈した畳の空間は、齋藤だけでなく鑑賞者である私たちにも「裏側」として働きかけ続けるでしょう。



アーカイブフォト 展示「ロストハウス」


 撮影・小野まりえ
  展示期間中の写真。


畳の展示室
配布したハンドアウト4面のうち1面
入り口すぐ
配布したハンドアウト



展示作品図面

アーカイブフォト 工事中のHello Bee 畳の展示室

 撮影者・小野まりえ



展示に際し、お越しくださいましたすべての皆様に感謝申し上げます。

最後までご覧いただきありがとうございました。


併せて、坂下剣盟の「ロストハウス」展評をお読みください。

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