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食事依存症 * ショートショート

1分1秒でも時間が欲しい時は、
睡眠や食事が煩わしくなる。

私は作家業をしているので
締め切り間近ともなるととにかく時間が足りなくなるのである。
幸い私は睡眠時間が短くても済む体質で、
10分15分仮眠を取れば活動できたのだが、
空腹となると話は別だった。

腹が減るととにかく集中力が下がる。
いや、集中力が下がるというか
食事のことに集中してしまうといった方が正しいかもしれない。
美味いものが頭にちらつき、
なにを食べたいかで脳内が支配されて行く。

時間がない時はゼリーやらインスタントやら簡単なもので済ますのたが、これがまた良くない。
中途半端に腹を満たしてしまうと余計に空腹が進むのである。
ジャンクで簡素なものを食べるとより美味いものを脳みそと舌が求めた。

そんな時、その男は私の前に現れ「千の粒」というサプリメントのようなものを差し出しこう言った。
「今、世の中ではスーパーフードやら完全食品やらといろんな新しい食品が誕生しているが
この《千の粒》には到底敵いません。《千の粒》は一粒かじるだけで途端に満腹なってしまう夢の食品なのです」

この《千の粒》は胃の中で体積が増え満腹になるとか、
食べた物を包み込み身体に吸収させずに排出するとかそういった類のものとは根本的に違うのだという。

「《千の粒》は脳に、直接作用します。満腹中枢を刺激し腹一杯食べた時と同じ状態になるのです。
同時に視覚や味覚、嗅覚を司る神経にも作用しますので、
まるで高級レストランでフルコースを堪能したかのような満足感を得られるのです」


私は興味は湧いたが少し怖くもあった。
麻薬のような変な薬なのではと思ったからである。


「それは良く聞かれる質問ですし、そう思われるのも仕方ありません。
たしかに《千の粒》をかじると満腹になり快楽を得るでしょう。
それは、満腹になると脳内物質が分泌されるからです。
しかし、これは普通の食事でも分泌され感じている快感なのです。
しかし、麻薬というのはこの脳内物質の分泌を目的とした薬です。同じ快感でも意味は全く違うのです」


では、依存性はないのか?と私は聞いてみた。


「それも良く聞かれるのですが、《千の粒》に依存性があるかと言われればNOです。
空腹になり《千の粒》を欲しがってしまう、それを依存と呼ぶならば全ての人間は食事依存症です。
お腹が空くたびに食事をしてしまうわけですからねぇ。
そう、元々我々は一生食事という依存からは逃れられないのです。
だったらその時間を劇的に短く効率化仕様のいうのがこの《千の粒》のコンセプトなのです」


納得してしまった。
確かにそうかもしれない、私は食事依存症だったわけだ。

気がつくと私は《千の粒》に非常に興味が湧いていた。
値段は少し張ったが、《千の粒》によって得られる時間分仕事ができると考えれば十分元は取れそうだった。

しかも、《千の粒》は宣伝を全くしていいないのだという。
私の成功体験が宣伝文句となり、口コミを使ってどんどんと広めていくというのだ。

その男も《千の粒》の、愛好家で元々作曲家だったらしいのだが
今では《千の粒》を広めながら売り歩いて生計を立てているのだという。
「失礼な話ですが作家という仕事はいつ収入がなくなるともわからない不安定な仕事だと思います。
もし、あなたが行き詰まった時《千の粒》を誰かに売れば収入が得られるのです。
当然そのためには、本社との契約し会員になる必要はありますが商品と販売ノウハウは提供されますし、
何よりユーザーであるあなたの言葉がいちばんの宣伝文句となるのです」


確かな将来への不安はあった。
保険の意味合いも含め、《千の粒》の会員なるのもいいと思った。


「その話、もっと詳しく聞かせていただけますか?」
私がそう聞くとその男はニコリと笑って頷き、


「私なんかよりもっと詳しい方が説明してくださるので紹介します」

と言って誰かに電話をし始めた。

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