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テキーラ * ショートショート

「ウコンってなんですか?」

テキーラをジョッキで飲んでいる新入社員が私に聞いてきた。

とうとうウコンを知らない世代が会社に入ってくるようになったかと思うと
自分も随分と歳をとったんだなと感傷に浸った。

無理もない、ウコンが世の中から消えて30年以上経っている。
私も最後に飲んだのは20歳かそこらだったと記憶している。
「ウコンってのは酒に酔わない様にするための薬みたいなもんだよ」
私は新入社員にそう教えるとコーヒーを口に運んだ。

「酔う?」

そうか、そこから説明しなければいけないのか。
私はその新入社員に細かく説明することにした。

私が酒について説明していると、
だんだんと他の若者たちも集まってきた。

「フラフラになってしまうのに、わざわざ酒を飲むんですか?」
「酔うというのはどんな気分なのですか?」
「お金を払って酒を飲み、ゲロとして吐き出す?なんの意味があるんですか?」

口々に質問をしてくる若者たち。
改めて質問されると、ハッキリと答えられない自分にびっくりした。
当時はそれが当たり前で特に深く考えていなかったからであろう。

そして話は歴史の授業のようになっていった。
若者の酒離れやハラスメントが、社会問題化した事。
飲酒による事件や事故が後をたたなかった事。
だんだんと酒に厳しい社会になって行き、
とうとう開発されたのが全く酒に酔わない薬「無酔丸」である事。

「無酔丸?その薬も初めて聞きました」

皆口々にそういった。
当たり前だ。


「無酔丸」は生まれた時に注射されているんだよ。
今はそれが義務付けられているんだ。
君たちも親になればわかるさ。
無酔丸は発売当初とても流行した。
どんなに酒を飲んでも、ふらついたりゲロを吐いたりしないからだ。
車の運転も出来るため、運転中に酒を飲む人まで現れた。
ところが「無酔丸」は程なくして売れなくなった。
全く酒に酔わないんじゃ、
酒を飲む意味がないという事に消費者が気がついたんだ。
酒は酔うために飲むものだったからね。
また、飲酒の事件や、事故が増えだした。
そして、酒を飲まない人と飲む人の戦いが始まった。
酒を世の中からなくすか、「無酔丸」を義務化するか。
国を二分しての住民投票が行われ、
酒をなくさない代わりに「無酔丸」の義務化が決まった。

そうして今の世の中になったんだ。

「君が飲んでるテキーラはゲロを吐きたい奴が飲む飲み物だったんだよ。」

そういってわたしはまたコーヒーをひとくち、口に運んだ。

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