家族でもわかりあえない

母は専業主婦からパートタイマーになり、父がいなくなったことで仕事を選ぶ余裕もなく正社員になった。金のため、私ら子供達に飯を食わせるための仕事と考えたとき、アラフォー近くでフルタイム勤務にもブランクがある、まず雇って貰えないのだろう。3Kなんてなんのそのと言っても過言ではない仕事に就いたのであった。

とにかく土日休みで夜には子供達の面倒を見られる仕事に就いてくれたおかげで夕飯は家族みんなで顔を合わせることができた。顔を合わせるというのは意外と馬鹿にできないもので、その日あったことをああでもないこうでもないと子供達は話したかったのだ。

「金のための仕事。仕事は金を得るための行為」

母の仕事に関する価値観はこうだ。なので我々子供達は将来食いっぱぐれることのないよう、それなりのところで就職活動ができるように、進学については出来る限り我々の意向を尊重してくれたことは間違いないだろう。もともとは細々と好きな文を綴りながらお金を得ていた人が、金のためだけに働くのは果たしてどの様な心境だったのか。

しかし私は母のおかげでなりたいものを見つけ夢や目標も得ることができた。それなりに悩みはありつつも生活には充実感があった。家に帰れば仕事の愚痴を聞いてくれる家族がいて、母がいて、翌日も頑張ろうという気持ちが湧いてくる。今振り返ればなんて尊い環境にいたんだろうと思う。

母と話しが噛み合わなくなったのは、母の職場が危うい状態になっていたからかもしれない。自分の愚痴に対して「でもやりたいことやってるんだから我慢しなよ」「そんなんで文句言ってたら仕事にならないよ」と批判的な反応が増えていった。おそらくこれらの言葉達は母が母自身に言い聞かせるためのものでもあったのだろう。徐々に傾いていく職場を早々に辞めていく同僚達、毎月のようにある送別会。仕方ないのよといいながらもただ耐えるような姿は見ていてつらかった。

それでもこれまでと違うのは子供達が社会人になって自立したことだと私は考えていた。母に対して「私達のことは私達でやっていけるから自分の生活だけ考えればいいよ」と声をかけたときの、母の嬉しさと悲しさが混ぜこぜになった表情の意味を理解しないまま日々が過ぎていった。

私が職場の近くに一人暮らしをすることに決めたとき母は反対した。私が病気持ちだったときのことを知っていたし、何より自分の娘が家を出るということが心配だったのだろう。「うつ病で寝込んでる人が一人暮らしなんかできるのかね。なんかあったときのために実家に近い場所がいいよ。」こう言われ自立心が傷ついた私はこれ見よがしに実家から離れたのであった。

仕事に打ち込むようになればなるほど仕事に生きがいを見出すようになった。それに比例するように母との距離は遠くなっていた。色んな大切なことを忘れていた私は「お金だけじゃなくて生きがいを感じられるような仕事がしたい。お金なんかなんとかなるのに、なぜそれを母はわかってくれないのだろう。」と考えるようになった。

私はただの馬鹿だった。母の人生を否定する資格なんて誰にもないのに。

昨年の話。年末年始に母と久々に会う機会があった。その中で私は母に対して「これからは自分のやりたい仕事をすれば良いじゃない。」と言った。これに対して母が「好きで今の仕事をやってるんじゃないんだよ!なんとか生活をするために仕事をしなきゃいけなかったの!病気で休んだりしてるくせに偉そうなことを言うな!」と怒鳴られてしまった。私は病気のこともイマイチ理解してくれないくせにわかったことを言われたくないと言って自宅に帰ってしまった。

家族なのに、あんだけ一緒にいたのに、どうしてわかりあえないんだろう。家に帰ってから涙が止まらなかった。このまま一生わかりあえないのか。母が嫌いなわけじゃなくて、母が頑張ってくれたからこそこれからの人生を自分のために生きてほしい「だけ」なのに。その時はそう思ってしまった。

それからしばらく時間と距離を得て過ごしている。私は自分の生活に集中できていて、自分のために生きるってなんて難しいのだろうと日々痛感している。あの時「だけ」と言った私の浅はかさ、幼さ、甘えが頭にジンと沁む。母が私の生き方を決められないように、私も母の生き方を決めることはできない。家族は距離が近すぎるから時折それがわからなくなるのだ。私は母が健康でも病気でもなんでも生きていてくれればもうそれでいい。家族でもわかりあえない。だけど家族だからわかりあえないのだ。

昼間の日差しを浴びて滝のように汗をかいている。観測史上最高の猛暑が私を突き刺す中で感じたのは「父は果たして亡くなる前に、夏の記憶が40℃超えるなんて予想できたかな」なんていうどうでもいいことで、でもどうでもいいことすら生きていなければ味わうことはできないという事実を噛み締めている。

やる気マンマンレベルが上がります!