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【身勝手文藝倶楽部】「つまさきだち」

「Do you wanna chocolate?My momma always said, "Life was like a box of chocolates. You never know what you're gonna get."(チョコレートはいかが?ママがいつも言ってた。”人生はチョコレートの箱のようなもの。開けてみないと分からない”って)」
この大学で一番大きな教室では、フォレスト・ガンプの冒頭シーンが流れている。
僕は教壇から数えた方が早いほど手前の席に座って、英語音声学の講義を聴いている。
「マイムァマァノールウェイズセッズと、ここがリンギングで、繋がって聞こえるでしょう?これはつまりー」
女性教授がそう言って再び映像を巻き戻した。
この授業を履修する前に、上級学年の先輩から1年生が受講するには難易度が高いよと言われたものの、受けたい気持ちを抑えきれず、入学して早々、履修登録をした。
だから、最前列から近い席に座っている。
と、答えられれば大層優秀な学生なのだが、僕が最前列に近い席に座っているのは受験勉強により急激に低下した視力のせいであって、意欲の表れではない。
そして情けないことに昨晩酔っ払って眼鏡をどこかに忘れてきてしまった。
繰り返される映画のワンシーンをぼんやりと聞きながら、ノートの上においたスマートフォンに映る昨晩の写真を眺めた。
確かに掛けていた。
店を出た後も確かに掛けていたのだ。
グループLINEに流れてきた1枚目の写真を見ると、四角い眼鏡をかけた自分が友人と肩を組んでいる姿が映っていた。
スライドして2枚目を見る。
画面に写った写真に少し苛立って、持っていたボールペンでトントントンとノートを突いた。
そこには階段の近くで大の字に寝転がって口から吐瀉物を垂れ流している青年が写っており、その側には見覚えのある眼鏡が転がっていた。
信じたくないが、その青年とはまさしく僕自身であって、見覚えのある眼鏡は自分のものだった。
一度首を横に振ってから、手元に映る画面を消した。
トントントントン。
再びノートを突く。
「このチョッコレイッツという発音もー」
教授は続けた。
トントントントントン。
頭がいたい。
二日酔いだったことを思い出して、溜息をついた。
よし、もう出よう。
ペンとノートをリュックにしまって、まだ20分ほど残っている授業を後にして教室を出た。
スクリーンには4回目の同じシーンが流れていた。

講義を後にして、同じ建物の中庭にある喫煙所へと向かった。
蒸し暑さを感じながら、空いている円卓の1つに腰かけ、ポケットから取り出したタバコに火をつけた。
タバコをくゆらせながらさっきの授業で頻繁に言っていたセリフを思い出した。
"Life was like a box of chocolates.You never know what you're gonna get."(”人生はチョコレートの箱のようなもの。開けてみないと分からない”)
「なんだそれ」
思わず口に出した。
そもそも箱に入ったチョコレートなんぞ見たことがない。
それにチョコレートなんぞどれも一緒じゃないか。一様に甘く、口が粘りっこくなって仕方がない。そんなもの開けてみずともわかる。
たゆたう煙を見つめながら主人公のセリフに想いを馳せていると、廊下とつながっている喫煙室の扉が開いた。

「暑いねえ」
楓子はそう言いながらキャスターに火をつけた。
「涼ちゃん授業は?」
大抵の女子は涼介と名前で呼ぶ中、涼ちゃんと呼ぶのは楓子くらいだ。
楓子とは必修の授業が同じクラスである。
小さな大学である我々の学校は、大学には珍しくクラス制度が設けられていて、彼女とは英会話の授業で一緒だ。
けれども彼女と話す様になったのには別のきっかけがある。
入学してから周りの意識の高さに息苦しさを感じて逃げ込んだ喫煙室に、果たして彼女はいて、それを機に話す様になった。
特段趣味が合うわけでもないのに何度か一緒に飲みに行ったり買い物に出かけたりしているうちに、一人暮らしをしている楓子の家に入り浸っていたこともある。
同じクラスの奴らの間で付き合っているんじゃないかと噂になるくらいには一緒いた。
ただ、僕らの関係は恋人でも友人でもなく、かと言って体だけの関係というわけでもない。
現にここ数週間は連絡を取っていなかった。
「二日酔い酷くて途中で抜け出した」
「ふーん。昨日は何時ころまで?」
「23時にバイト終わってそこから3時くらいまで」
「飲むねえ」
僕は2本目のキャメルに火をつけながら、楓子の顔を盗み見た。
こけしの頭の様に綺麗に切り揃えられた彼女の髪の毛をタバコの煙が覆う。
「そう言えば眼鏡は?」
「昨日酔っ払って失くした」
「だっさいね」
「うるさいよ」
お互い顔を合わせることなく、ただ正面を向いている。
「涼ちゃんはさ。どうして外語大なんてはいったの?」
「うーん」
青いラクダが描かれている箱に手を伸ばして、最後の一本に火をつけた。
「なんとなく背伸びしたかったのよ」
「なによそれ」
彼女はふっと笑いながら吸っていたタバコを消した。
「よーし、そろそろ楽屋行くわ」
リュックに鞄をしまいながら彼女はそう言った。
「えっ。サークルにでも入ったの?」
驚いて、この時初めて彼女のほうに振り向いた。
「そう!演劇サークルに!小道具として!」
がさごそとリュックを整理しながら、出会ってから今まで見てきた楓子の中で何よりも笑顔だった。
なんだそれ。声にならない声をつぶやきながらタバコの火を消した。
「先輩から誘われてさ。なんとなく入ってみたら案外楽しいのよ」
「そうなんだ」
「そうそう。次回作で使う道具、ちょっとお金かけて作ろうと思ってるからバイトも頑張らないと」
「そっかそっか」
「あっ」
そう言って前にかけたリュックから縦長の箱を取り出した。
「チョコレートたべる?アーモンド入ってるけど」
僕がナッツのことをどうにも苦手なのを彼女は知っている。
「もらうよ。ありがとう」
暑さでべちょべちょになっている一粒をつまんで口に放り込んだ。
「いつまで続くんだろうね、残暑」
「もうすぐ終わるよ」
「だと良いけど。それじゃあね〜」
そう言って彼女は入ってきた扉をあけ出て行った。
チョコレートのせいでもったりとした口の中をどうにかしようと、タバコの箱に手をかけたところで、最後の一本を吸いきったことを思い出した。
ぼんやりした意識を振り払う様に、空箱を握り潰してからぐんっと背伸びをした。
同時に、口の中に広がるチョコレートの甘さをぬぐいたいと思った。
コーヒーでも飲もう。
リュックを背負って席を立つ。
中庭の先にある食堂へと歩き始める。
校内には3限の終了を知らせるチャイムが鳴った。

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【自己紹介】24歳会社員。日常と仕事について綴ります。”ほぼ毎日エッセイ”として、noteにもエッセイの投稿を始めました!過去の記事がお読みになりたい方はInstagramへ足をお運びください!(アカウント⇨@__pplt__)フォローお待ちしております。

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