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【小説】638円(税抜き)①

2週間近く洗濯物が外に干されているのを目にしていない。
眩しくすることもなく、鬱々とした気持ちが煽られるような朝に、窓を滴る雨水を見ながらぼんやりとそんなことを思った。
布団から出ることなく、しばしば窓を眺めていると、iPhoneのアラームがなる。
どうやらいつもの起床時間よりも早く起きていたらしい。

慌てて停止ボタンを押し、なんとなくそのまま窓を眺めていた。
いつまで雨なんだろう。
うつ伏せになりながらそんなことを口にした。
ドラマの主人公にでもなったつもりか、と自嘲したところで、またアラームがなる。
どうやら先ほど押したと思った停止ボタンはスヌーズだったらしい。
はぁあ。
深いため息をひとつ付いて、今度はしっかり赤く光る停止ボタンを押した。
家を出るまであと30分。
大きな口を開けて眠っている彼女を横目に重い腰をあげ、とりあえず洗面台で顔をじゃぶじゃぶと洗ってから、歯ブラシを口に突っ込んだ。
沈むソファに腰掛けてじゃかじゃかと右手を動かしながら、左手では「おはよー!今日も仕事頑張ろう!!週末会えるかなー。あさちゃんに会いたいなー」とLINEで打ち込み、送信した。
襲ってくる虚しさに耐えられず、動かしていた右手を止めて、歯ブラシを加えたまま壁に頭をもたれながら天井を見上げる。
空いた右手も使って、縋るように両手で携帯をそっと握りながらただただぼんやりと天井を見上げた。
少ししてから手の中でブルブル震えるのを感じて、慌てて画面を表に向ける。
家を出る時間を告げる3回目のアラームだった。

あさちゃんからの返信じゃないことに、落胆しながらブルブル震えるそいつを止め、目の前にそっとほっぽり投げて洗面台へと向かった。
口をゆすいで髪をセットし、スーツを纏ったら、リビングに横たわる携帯を拾ってから玄関で靴を履く。
玄関を開けて鍵を閉めて、返信が来てないかもう一回確認する。
何も知らすことのない画面を少し見つめた。
<<7:21>>
あぁ、遅刻しそうだなぁ。
別に見たくもないのに映る数字の羅列に気力を奪われて、どこか他人事のように声を出した。
携帯を握っていた腕をだらりと下げる。
ボタンを押してから、8階に止まっているエレベーターが降りてくるのを待つのもなんだかめんどくさくなって、階段を降りた。

蒸し暑い中、まだ雨は降っていた。
エントランスで独り鞄にしまっていた折り畳み傘を取り出す。
カバーを外したそれをさす前に、もう一度携帯を確認した。
クマのよくわからないスタンプが送られていた。
僕は1人口角を上げる。
笑っているんだかどうかは自分でもわかってはいない。
けど、少しほっとした。
既読だけつけて画面を暗くしたら、スーツのポケットに突っ込んだ。
ベルトを解いて傘を開く。
「遅刻だろうなぁ」
今度はしっかり声に出して、最寄り駅まで歩き出した。
----------------------------------------------------つづく


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