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任天堂がコロプラを訴えたバーチャルパッド特許はスゴイ

世界最強法務部が動き、ゲーム業界に激震が走った

2017年12月、ゲーム業界の雄であり世界最強と名高い法務部を有する任天堂が特許権侵害でコロプラを提訴しました。
この訴訟における任天堂からの請求金額は一部請求で44億円であり、報道各社を含めて社会的にも大きな話題に。
それもそのはず、近年の日本の裁判において、特許の損害賠償として認められた最高額は17億円(平成29年度 特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書 特許権侵害における損害賠償額の適正な評価に向けて 113ページ)であり、この訴訟は特許損害賠償の日本記録を塗り替える可能性があるのです。それを世界最強の法務部が提訴したのだからなおさらです。
しかも、問題になっているコロプラの「白猫プロジェクト」は大人気ゲームアプリであり、その売り上げは何百億円にもなることがユーザにも知れ渡っています。特許の損害賠償額は侵害製品の売り上げの影響を強く受けますので、仮に特許侵害が認められた場合には莫大な損害賠償が発生することは明白です。

最も有力なのはバーチャルパッド特許(特許3734820)

任天堂は合計で5つの特許について、コロプラの「白猫プロジェクト」による侵害を主張しています。その中で最も有力なのがバーチャルパッドに関わる特許3734820です。白猫プロジェクトのウリとも言えるぷにコン操作システムの根幹をなす部分について、特許侵害の主張がなされています。

ぷにコンは、タッチパネルをタッチした場所に白い円状の表示がなされ、タッチした場所を起点としてキャラクタを操作できる、といったものです。ぷにコン操作システムについてはこちらの公式動画を見るとわかりやすいでしょう。

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この特許はおそらく2004年12月に発売された「スーパーマリオ64DS」でニンテンドーDSのタッチパネルを用いた操作方法に関するものと推測されます。
確かに、客観的に見てもスーパーマリオ64DSと白猫プロジェクトのぷにコンは似ていると言えそうですね。

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なお、ここでは詳細は述べませんが、他の4件の特許は大して強くなく、侵害認定される可能性もそこそこ低いのではと個人的には思っていますが、その件については後日別の記事で。。。

バーチャルパッド特許は裁判の前に訂正がされている

実際の特許公報はこのリンクから閲覧できます。
この特許は2004年9月に出願され、2005年10月に特許登録がなされました。
その後、任天堂はコロプラを提訴する前である2016年に2回訂正(請求項の書き直し)をしています。

他社を特許侵害で提訴した場合、他社がほぼ間違いなくとってくる行動は以下の2つです。

1. 自社製品はその特許に抵触していない旨を裁判で主張する
2. その特許の出願以前に類似する技術があった証拠を探し出し、特許が無効であることを主張する無効審判を行う

任天堂による特許の訂正は、上記のような他社の対応を制限するために行われたものと推測されます。
特許の訂正によって請求項を限定した場合、権利範囲が狭まるために訂正前には権利範囲に入っていた製品が権利範囲から外れてしまうというデメリットがあります。
したがって、コロプラは上記 1.特許に非抵触の主張 をしやすくなるはずなのですが、あらかじめ製品で実施している形で特許を訂正してしまえば主張をしなければならないことには変わりないため、権利範囲が狭くなることは大きなデメリットとはなりません。
(もちろん、他社製品で実施していない形に訂正してしまうと特許侵害が成立しなくなるため、最新の注意を持って訂正する必要があります)

一方で、権利範囲を狭めることによって、コロプラは上記 2.無効主張 をしにくくなります。
広い権利範囲を持つ特許に対して類似する技術を探し出すのは簡単ですが、狭い権利範囲を持つ特許の場合にはその難易度は高くなるためです。
無効審判に対応するためには多大な時間と費用がかかるため、あらかじめ特許の無効性を小さくしておくことで、特許を侵害している他社が取りうる選択肢を制限できるという大きなメリットが得られます。

ここまではゲームに限らず特許侵害訴訟におけるテンプレ的な対応と言えますが、任天堂はそれを順当に実行したと言えます……が、本当に本来あった権利を狭めるような訂正をしてしまって良かったのでしょうか?
それでは、具体的に特許の内容を見て確認しながら、上記の疑問を検討してみましょう。

バーチャルパッド特許の訂正内容を具体的に見てみよう

特許登録時の請求項は下記の通りです。丸数字は私が付記しました。

① 所定の座標系に基づいて、プレイヤの操作に応じて指定される座標情報を出力するポインティングデバイスによって操作されるゲーム装置のコンピュータに実行されるゲームプログラムであって、
② 前記ポインティングデバイスがプレイヤにより座標入力されていない状態から座標入力されている状態へ変化し、その後、座標入力されている状態が継続するときに、前記コンピュータに、
③  前記変化したときに前記ポインティングデバイスから出力される座標情報に基づいて、前記座標系におけるゲーム制御を行うための基準座標を設定する基準座標設定ステップと、
④  前記座標入力されている状態が継続する間に前記ポインティングデバイスから出力される座標情報に基づいて、前記座標系における指示座標を設定する指示座標設定ステップと、
⑤  前記基準座標から前記指示座標への方向である入力方向および前記基準座標から前記指示座標までの距離である入力距離の少なくとも一方に基づいて、ゲーム制御を行うゲーム制御ステップとを実行させる、ゲームプログラム。

特許文献を読むのに慣れていないと意味が取れない部分は多いですが、大雑把には以下のような意味と考えて良いでしょう。スーパーマリオ64DSや白猫プロジェクトをプレイしたことのある方であれば、タッチパネルでゲームキャラクタを操作するときのことを思い出しながら読んでいただければ、それぞれの構成がどんな意味を持っているか想像しやすいと思います。

① ポインティングデバイスによって操作されるゲーム装置
② ポインティングデバイスが座標入力されていない状態から、座標入力された状態に変化し、座標入力が継続する
③ ポインティングデバイスが座標入力された状態に変化した時の座標情報を基準座標とする
④ 座標入力が継続するときの座標情報を指示座標とする
⑤ 基準座標から指示座標への方向と、基準座標から指示座標への距離の、少なくとも一方を用いてゲームを制御する

この特許のポイントは基準座標指示座標です。タッチパネルで言えば、タッチを開始した場所を基準座標とし、そのままスワイプしている最中に指が触れている場所を指示座標とします。基準座標と指示座標の2点からスワイプの方向と距離を算出してゲームを制御(例えばキャラクタを動かすとか)するのが特許化されたわけです。

以上の通りの元の権利範囲がこの特許の基本的な枠組みですが、任天堂は訴訟提起前に訂正を加えて、3つの請求項を作成しました。1つずつ順番に見ていくこととします。

第1の訂正:スワイプ距離による入力には最大値がある

① 所定の座標系に基づいて,プレイヤの操作に応じて指定される座標情報を出力するタッチパネルによって操作されるゲーム装置のコンピュータに実行されるゲームプログラムであって,
② 前記タッチパネルがプレイヤにより座標入力されていない状態から座標入力されている状態へ変化し,その後,座標入力されている状態が継続するときに,前記コンピュータに,
③  前記変化したときに前記タッチパネルから出力される座標情報に基づいて,前記座標系におけるゲーム制御を行うための基準座標を設定する基準座標設定ステップと,
④  前記座標入力されている状態が継続する間に前記タッチパネルから出力される座標情報に基づいて,前記座標系における指示座標を設定する指示座標設定ステップと,
 前記基準座標から前記指示座標への方向である入力方向および前記基準座標から前記指示座標までの距離である入力距離に基づいて,ゲーム制御を行うステップであって,前記指示座標が前記基準位置を中心とした所定半径を有する円領域からなる制限範囲を逸脱したときには,指示座標が前記制限範囲の外縁部にあるときの入力距離に基づいてゲーム制御を行う,ゲーム制御ステップとを実行させる,ゲームプログラム。

第1の訂正では①と⑤の太字部分を追加する意図で訂正がなされています。

①の方はわかりやすいですね。
「タッチパネル」として限定することで、それ以外のデバイスを排除しています。元の「ポインティングデバイス」という記載だと、例えばコンピュータのようにマウスを用いたデバイスも権利範囲に入ってきて、無効資料になってしまうかもしれません。

⑤の方は一見するとわかりづらいです。
これは元の請求項には入っていなかった新しい概念です。
元の請求項にあった通り「基準座標と指示座標の2点からスワイプの方向と距離を算出してゲームを制御する」のを前提として、さらに「基準座標を中心とした円があって、指示座標が円より外側にあるときは円の外縁部をスワイプ距離とする」ことが記載されています。要するに、スワイプ距離による入力は青天井に増加するのではなくスワイプ距離による入力には最大値が設定されているようなものです。

第2の訂正:基準座標は再設定される

① 所定の座標系に基づいて,プレイヤの操作に応じて指定される座標情報を出力するタッチパネルによって操作されるゲーム装置のコンピュータに実行されるゲームプログラムであって,
前記コンピュータに
  前記タッチパネルが設けられた表示部にゲーム画像を表示するステップと,
③  前記タッチパネルがプレイヤにより座標入力されていない状態から座標入力されている状態になったときに前記タッチパネルから出力される座標情報に基づいて,前記座標系におけるゲーム制御を行うための基準座標を設定する基準座標設定ステップと,
④ 前記タッチパネルから出力される座標情報に基づいて,前記座標系における指示座標を設定する指示座標設定ステップと,
⑤  少なくとも前記基準座標から前記指示座標への方向である入力方向に基づいて,ゲーム制御を行うゲーム制御ステップと,
 前記タッチパネルがプレイヤにより座標入力されている状態から座標入力されていない状態へ変化したことを検出する出力検出ステップとを実行させ,
③+ 前記基準座標設定ステップは,前記出力検出ステップが前記変化を検出した後,再度前記タッチパネルが座標入力されている状態になったときに前記タッチパネルから出力される座標情報に基づいて,前記座標系における基準座標を再設定することを特徴とする,ゲームプログラム。

第2の訂正では、元の請求項を大幅に書き換えてあり、一見すると複雑です。しかし、⑥と③+の構成が追加されていることに着目してみれば、どのような意図で訂正されたかはわかりやすいと思います。

⑥は、第2の訂正の前提を記載したものです。元の請求項では、基準座標と指示座標に着目していましたがこの訂正ではむしろ座標入力がされているか否かに着目するんだ、という意図が読み取れます。

③+ は、第2の訂正の最も重要な部分で、画面をタッチする度にタッチした場所を基準座標とすることが記載されています。タッチパネルでは、プレイヤは好きな場所をタッチしてキャラクタを操作することができます。タッチした場所をバーチャルパッドの原点とすることで、どこをタッチしても同じ操作性でバーチャルパッドを動かすことができるようになります。

第3の訂正:タッチパネルから一瞬指が離れてもOK

① 所定の座標系に基づいて,プレイヤの操作に応じて指定される座標情報を出力するポインティングデバイスによって操作されるゲーム装置のコンピュータに実行されるゲームプログラムであって,
 前記コンピュータに,
③  前記ポインティングデバイスがプレイヤにより座標入力されていない状態から座標入力されている状態になったときに前記ポインティングデバイスから出力される座標情報に基づいて,前記座標系におけるゲーム制御を行うための基準座標を設定する基準座標設定ステップと,
④  前記ポインティングデバイスから出力される座標情報に基づいて,前記座標系における指示座標を設定する指示座標設定ステップと,
⑤  前記基準座標から前記指示座標への方向である入力方向および前記基準座標から前記指示座標までの距離である入力距離の少なくとも一方に基づいて,ゲーム制御を行うゲーム制御ステップと,
⑥  前記ポインティングデバイスがプレイヤにより座標入力されている状態から座標入力されていない状態へ変化したことを検出する出力検出ステップとを実行させ,
③+  前記基準座標設定ステップは,前記出力検出ステップが前記変化を検出した後,再度前記ポインティングデバイスが座標入力されている状態になったときに前記ポインティングデバイスから出力される座標情報に基づいて,前記座標系における基準座標を再設定し,
⑥+  前記出力検出ステップは,前記ポインティングデバイスから座標情報が出力される状態から出力されない状態になったときに非出力状態が継続する時間の計時を開始し,当該計時する時間が所定時間を超えた際,当該ポインティングデバイスがプレイヤにより座標入力されている状態から座標入力されていない状態へ変化したと判断することを特徴とする,ゲームプログラム。

第3の訂正は、第2の訂正に似ています。第2の訂正ではタッチの度に基準座標を再設定することが主眼にありましたが、第3の訂正ではそもそも「入力が継続しているかどうかを判断する」のはどのような場合かに主眼を置いていることが読み取れます。

⑥+ では、タッチが検出されなくなった場合に時間を計り、所定時間を超えたら入力なしの状態と判断することが記載されています。具体例で言えば、「タッチパネルをタッチしていて、タッチパネルから指が離れて5フレーム経ったらタッチがない状態に変化したと判断する」といった感じです。こうすることで、一瞬タッチパネルから指が離れた程度ではバーチャルパッドがすぐには消えなくなり利便性が向上すると言えます。

バーチャルパッド特許のまとめと私見

以上見た通り、バーチャルパッド特許は任天堂による事前の訂正により大きくわけで3つの権利範囲が設定されていました。
コロプラは、少なくともこれら3つの権利範囲の全てに対して 1. 特許に非抵触の主張2. 無効主張 をする必要があり、1つでも権利範囲への抵触が認められた場合は特許侵害として製品販売差し止めや損害賠償の支払いといった話を進めることになります。

ここからは私見ですが、2004年の段階でこれらの権利範囲を作成できる特許出願をしていたという点で、この特許はスゴイと言わざるを得ないです。
白猫プロジェクトで実施されているかどうかは実際にプログラムを解析してみないと確かなことは言えませんが、第2の訂正に関わる部分についてはゲームをプレイした時に、ゲーム画面を見ただけで権利範囲かどうかわかるような権利が設定されているのが恐ろしいところで、見た目だけで侵害を推定できる良い権利を作っていると思いました。
第1の訂正と第3の訂正に関しても、見た目だけで判断できる部分ではないものの「当然やるでしょ」と言いたくなるような基本的なロジックの範囲で権利を限定しており、本来あった権利よりも狭まってはいるものの良い訂正なのではと思いました。

最も重要なのはこの事件がどのように決着するか

最終的な裁判結果を見てみないことにはバーチャルパッド特許が有効かを断言するのは時期尚早となりますが、現在の時点では裁判を進める上でかなり有効な権利範囲が設定されているのではと思います。

この事件は提訴後に何度も審理が進められており、審理の中でクレームも訂正がされていますが、今回はその解説は割愛します。必要であればJ-PlatPatのホームページでさらなる訂正内容を見るのも面白いですよ。
最も重要なのはこの事件がどのように決着するかであり、今後も注視して状況を見る必要があります。個人的にはエポックメイキングな判例を作り出してくれることを期待しています。

追記:賠償額が96億円に増えたので、新たに考察しました。

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