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秋。煙草。呼吸をしている。

煙草そのものの味をハッキリと思い出すことは出来ない。苦いとか、甘いとか、色々あるけど。一緒に吸い込む空気の匂いが、「煙草を吸う」という行為のほとんどを占めているように感じる。少なくとも私が煙草を吸う時は、いつもよりもしっかりと、息をしている。

呼吸なんて、産道を出てへその緒を切られて、こんな世の中に放り込まれたその日からやってる事だ。なくてはならないことほど、疎かにされる。

息を吸って、そして吐く。湿った暑い空気。尖った冷たい空気。だんだんと肩身が狭くなってしまった煙は、人のいない隅っこで。忙しないコンビニの前で。

夏が終わる頃、ある日煙草の匂いが変わる。程よく鼻をツンと冷やす、かすかに枯れた甘い匂いになる。

肌寒い空に向かって、白い煙をふぅっと吐くと、何故だか心が踊ってしまう。確かに私は呼吸をしている。当然のようにやっていたことを、500円で買ったくだらない相棒に思い知らされる。

どうしたって、秋に吸う煙草を辞められる日は来ない気がしている。どうせいつの日か訪れる命の終を憂いて、自分が生きて、息をする瞬間を永遠に忘れてしまいたくない。寒さが忍び寄る心地良さを、世界が一度死んで春をまちわびて眠る音を、私は大切にしなければならない。

誰にも咎められない片隅で、今日も私は煙草に火をつける。

2019.09.14 植物

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