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「デビューしてもそこまで幸せになれなかった」――書きたいと売れたいは両立できるのか? 人生二作目の壁にぶちあたる新人作家 VS 新担当編集者


この「酒場の創作論」は、(時に酒の力を借りながら)編集者が本に関わるいろんな人たちと真剣トークをしてみるというコーナーです。トークの相手は作家やデザイナーさんなど様々。
酒場トークを通して、創り手たちの想いを少しでも感じて貰えれば嬉しいです。

第一回目のゲストは、ポプラ社デビューの新人作家・虻川枕(あぶかわ・まくら)さん。
虻川さんは『パドルの子』で第六回ポプラ社小説新人賞を受賞し、選考委員全員から高い評価を受けました。「一つだけ世界を変えられる」という設定のもと、オセロの盤面のようにくるくる世界が変貌していく様子が細部まで書き込まれているため、読み手に常に驚きを与えてくれる、とても練り込まれた作品だと感じたことを覚えています。
しかも小説を書いたのは本作が初めて。なんと処女作でのデビュー。とんでもない新人が現れたと、その才能に大きな期待が寄せられました。
ぜひ担当したいと手を挙げた編集者も多く、ポプラ社では異例の編集二名体制でスタートし、2017年に刊行。
あれから二年が経ちました。

その後、担当編集者の異動と退職が続きました。
三代目担当を襲名した僕は、デビュー作の文庫化作業(6月5日刊行)と、二作目の第一稿を引き継ぎました。
新作の原稿を読んだ感想は、面白いけど粗削り。虻川さんらしく細部まで練られた寄木細工のような作品ですが、まだこれは完成形ではない。
どこをゴールに設定すればいいのか悩む中で思ったのは、僕はこの本の「過程」を理解できていない、ということでした。
前担当と虻川さんがどのように二作目をスタートさせ、どんなゴールを見据えたのか。デビューを経て、どのように虻川さんが思い悩んで、この二作目に至ったのか。
その「過程」をちゃんと共有しないと、二作目はベストな形にできない、と感じました。
だから僕は、「酒場の創作論」第一回目という場を口実に、普段ではあまり話さないようなことを、虻川さんとゆっくり話してみたいと思ったのです。
(聞き手=担当編集 森潤也)


『パドルの子』あらすじ
中学2年生の水野耕太郎は、親友・三輪くんの転校をきっかけに、屋上へ出る階段の踊り場を「別荘」と名づけ、昼休みをひとりで過ごしていた。
夏休みを間近に控えた昼休みのこと。水野が別荘で時間を過ごしていると、ザッパーンという大きな音が屋上のほうから聞こえてきた。向かった先で見つけたのは、驚くほど大きな“水たまり”と、そこで泳ぐ女子生徒――。混乱し、立ち尽くす水野の目の前に、水たまりから優雅に上がってきたのは、水泳部のエースで学校一の美少女・水原だった。
水原は、水たまりに潜る行為のことを“パドル”と呼び、「パドルをしながら強く何かを願うと、世界をひとつだけ変えられる」のだと説明する。誘われるままに水たまりに飛び込んだ水野は、パドルで実際に世界が変わるのを目の当たりにする。校舎が取り壊しになる夏休みまでの8日間、水野もパドルに加わることになる。
水原がある“目的”に向かって、パドルを繰り返していることを知る水野。そしてはからずも、その“目的”のためのパドルが、思いもかけない衝撃の真実を浮かび上がらせ――。

二人三脚と思ってたらリレーだった

 『パドルの子』文庫版(以下「パドル」)、校了お疲れさまでした!
虻川 かんぱい!
 いよいよ次の作品ですね。
虻川 あらためて、よろしくお願いします!
森 二作目、苦労されていますよね。
虻川 いやいや、しかるべき苦労だったなと思っています。でもいい感じになってきていますよ。(※現在第二作目を改稿中)
 いい感じですか?
虻川 僕は妻と共作みたいに作っていて。
 へえー。
虻川 改稿した後、これで大丈夫かなあって落ち込んだんです。でも妻が指摘してくれた辻褄を直したら結構イケてる気がしてきたので、楽しみにしていてください。
 今回の二作目って、第一稿まで前任のYさんが担当していて、そこから僕が引き継いだじゃないですか。
虻川 そうですね。
 途中で担当編集が変わったやりにくさはありませんでしたか? うちの都合で申し訳ないんですけど。
虻川 まあ編集者にもたれかかりすぎるとダメだなと思いましたね。しかもYさん以外にFさんも担当だったので、森さんで三人目っていう。
 いや、本当に申し訳ないです。
虻川 二人三脚と思ってたらリレーだった(笑)。まあ会社員ですしね。そんなこと言ってたら誰も退職出来なくなっちゃいますよ。
 そうなんですよ。異動もありますし。
虻川 編集者の引継ぎって難しいんですか?
 難しいですよ。やっぱり編集者によって原稿の読み方って違いますし、最終的な本の作り方や狙いどころも担当によって違ってくると思うんです。
虻川 Yさんと森さん、全然タイプが違いますしね。
 しかも今回は原稿ができている状態での引継ぎだから、まず虻川さんとYさんのやりたい核をしっかり掬い上げて受け継ぎつつ、さらに良いものにしなくちゃけないと思ってます。
虻川 うーん、大変なんだなあ。

自分のカラーが出来てしまうということ

 デビューから二作目まで時間が空きましたが、なにが大変だったのでしょうか? 
虻川 そもそも、僕にとって人生二作目の小説なんですよ。
森 初めて書いた小説がデビュー作ですものね。
虻川 そこが悩みどころで。たとえば十作書いてからデビューした方は、自分のやりたいことがなんとなく見えていると思うんです。
 そうですね。
虻川 僕は大学で脚本を勉強していたんですけど、模索しながら書いていたし、特に自分のカラーと呼べるものはなかったんです。ただ、小説家デビューしたことで『パドルの子』というカラーが出来てしまった。
 あー、なるほど。
虻川 そこから離れたほうがいいのかどうか悩んじゃって……。二作目を書き始めるまでが長かったです。
 デビュー作のカラーを踏襲したルートでいくべきか、あえて別ルートでいくべきか。作家人生において二作目って重要な分岐点だから、すごく難しいですね。
虻川 二作目の方向性を一年くらい悩んで。企画を出してはボツになったり、自分から取り下げたり……。四分の一くらい書いてみたけど、編集から「そっちじゃない気がする」と言われたり、実は自分でもそう思っていたりもして、なんか泥沼でしたね。
 なるほど……。しかも人生二作目だから、小説のネタストックもぜんぜんなかったわけですよね。
虻川 そう、それも大変で。本当に脚本と小説って別物だなって悩みながら書いてます。

脚本は撮らせたいように書く

 脚本と小説はやっぱり違いますか?
虻川 脚本は絵だけで語ることが前提だと思うんです。だから、セリフはすごくナチュラルで良いんですよ。
 そのセリフを、「小説」の形に落とし込まないといけないわけですよね。どう意識してるのですか?
虻川 友人同士の言葉遣いとか、その人の癖が出るじゃないですか。些細なことですが、たとえば「だけど」って言うのか「けど」って言うのか、みたいな。そういうのは、脚本時代から意識してたのが踏襲されてますね。
 小説って、地の文があるじゃないですか。
虻川 地の文がね、難しいですね。
 そこが一番脚本と違うところだと思うんですよ。脚本だと映像で見せられるものを、小説だと全て地の文に落とし込んで表現しないといけない。
虻川 大学時代に、カメラワークを脚本で指定してはいけないって勉強したんですよ。「ここでクローズアップ」みたいなことを脚本家が指定するな、と。それはカメラマンや監督が考える。ただ、脚本家としてそれをやりたいなら、そう撮らせたいように書くんだと。
 それは面白いですね。たとえばどういう風に書くのでしょう?
虻川 「〇〇、徐々に目を血走らせながら喋る」みたいに書く、とかですね。
 なるほど。それを読んだら、おのずとカメラをアップせざるを得ないわけですね。
虻川 そうなんですよ。それって小説の地の文と近しいところがあって、そういう工夫をしていくうちに、身に付いていったのかな。
森 それは一つ納得がいきました。
虻川 あと、「水原が水野に言った」みたいに、小説では状況を読者に思い出させないといけないですよね。あれって映画でいうところの引きのシーンを挟む感覚だと思うんです。
 位置関係がちゃんと分かるようなカットですね。
虻川 そう。そんなシーンを意識しながら書いてるのかも。
 じゃあ、小説を書くときは、脳内では最初にシーンがあるんですか?
虻川 シーン先行ですね。
 シーンを脚本に落とし込んでから、小説に落とし込む。
虻川 そうですね。だから二作目も時間かかってるんです。言い訳ですけど(笑)。

文庫版『パドルの子』のカバー色校

なぜデビューすることを選んだのか

 二作目が大きな壁になっていることはわかったのですが、そもそも「デビュー」したことで何か意識が変わったとかありました?
虻川 そうですね。「受け入れた」ことですかね。
 受け入れる?
虻川 受賞して打ち合わせのためにポプラ社に伺ったときは浮かれてたんですけど、はじめて改稿の話し合いをしたときに「しんど……」と思ったんです(笑)。で、そのときに、なんか「受け入れよう」と思ったんですよ。
 具体的にはどういうことでしょう?
虻川 応募までにものすごく改稿していて、これ以上手を入れるのはムリだと思っていたので、正直マジか……と。
 みんな応募の時点ではベストと思って送ってくれてますしね。
虻川 でも送ったのは僕だし、パドルをデビューさせたいと思ったのは僕だし、こんなつもりじゃなかったけど、言い出しっぺの僕がそれを受け入れないといけないな、と。
 なるほど。ちなみに、賞をとってもデビューしないという選択肢もありましたか?
虻川 どういうことですか?
 今なら文フリ(文学フリマ)に出したり、ウェブにアップしたりして発表することもできます。編集者から何も言われないから改稿の必要もなく、自分の書きたいことをそのままの状態で出せる。もしかすると精神衛生上、そのほうが幸せかもしれない。
虻川 まあ、そうですね。
 でも虻川さんは出版社からのデビューを選んだ。なぜでしょう?
虻川 ……語弊を恐れず言えば、僕、ヒット作というものが好きなんです。もちろん数字的には評価されてなくても面白くて大好きな作品、いっぱいありますけど、そうじゃない作品もある。ところが売れる作品って、やっぱり共通して面白いなと思う部分があるように思うんです。最大公約数的な部分だったり、もっと言えばポピュラーさのようなものがある、というか。
 なるほど。出版社が関わる以上、世間に発表する前にたくさんの意見が出ますからね。虻川さんは作品に大衆性が欲しかったんですね。
虻川 ええ。僕は、ヒットをしたかったから、ちゃんと出版社からデビューしたかった。何か表現したいものが自分の中にあるというより、単純に目立ちたかったのかもしれません。同時に恥ずかしがり屋、という矛盾を抱えて生きてきてますけど(笑)。
 じゃあ虻川さんは二作目でも「売れる本」を目指したいんですか?
虻川 それはまあ、そうですが……。ただ売れたいわけではなくて、たくさんの読者に「面白い」と思ってもらいたいんです。その結果、売れたい(笑)。だから僕のやることは明確で、僕の信じる面白い作品を書く、というそれだけ。売れている本のマネをするとか、そういうことではなくて、自分の思う「面白さ」を信じつつ“売れる本”を書きたいなと思います。ところで森さんは、「売れる」ことについてどう思いますか?

作家にとって「売れる=幸せ」なのか

 難しい質問ですね……。売れるに越したことはないと思います。僕はエンタメ中心に担当していますし、商業でやっている以上、売れなくていいとは思いません。だからヒットを目指したい。もちろん小説には多様性がないといけないし、売れれば何をしてもいい、とは僕も思いませんが。
虻川 なるほど。
森 でもそれは、編集者として著者の苦労を間近で見てしまっているからなんです。著者がひとつの作品を生み出すためにこれだけ頑張っているのだから、やっぱり売らないとな、という思いがどの作品でもあります。だから、苦労が報われてみんなが幸せになるために、売れる本を目指したいと思ってます。
虻川 でも、売れた作家が幸せかどうかはわからないですけどね
 ああ。それは、もしかするとそうかもしれません。
虻川 もちろん金銭的には潤いますが、たとえばデビューできたことで100%全部幸せになったかと言うと、正直そうではない。
 デビューして幸せじゃないこともありますか?
虻川 それはまあ、ありますよね(笑)。
 率直に伺いますけど、デビューできてよかったですか?
虻川 悪かったとは言わないし、思わないですけど(笑)。きっと十年後によかったと言えると思います。
 そうですか……。
虻川 もちろん有難いことだとは思っているんですよ。デビューせずに普通に生きてたら、人生ってもうちょっと退屈だったかもしれない、と思うときはあります。デビューできて嬉しいかどうかについては即答できませんが、でもおかげさまで、絶対にできない経験はさせてもらえた。その感謝は凄くあります。
 デビューって著者に覚悟を負わせることでもあると思うんです。賞金あげるからね、という話では決してない。虻川さんはポプラ社小説新人賞にとっての我が子だし、虻川さんにとってもデビュー版元はいつまでもついて回るし、その責任を負う必要が絶対にある。
虻川 そう言っていただけるのは有難いことです。でも、デビュー後を考えて応募してる人はなかなかいないでしょうけど。僕もそうだったし。
 そうなんですよ。だからこそ、デビュー作で終わらずに、作家として活躍していける力を持っている人をポプラ社では選んでいるつもりです。新人賞の下読みは大変だし。
虻川 あれ、送る側も大変だけど送られる側も大変だな、とデビューして知りました(笑)。
 もちろんいっぱい送って欲しいですけどね。ウチは編集部で全部読んでるのでなかなか労力はかかってます。
虻川 下読みって外に投げてるんだろうな、と思ってました。
森 前身の賞で3000通近く応募があった頃は、外の方にも手伝っていただいていましたけど、今は外部に出してないんですよ。
虻川 それ、絶対今回の記事に書いたほうがいいですよ(笑)。


作家にとっての編集者

 デビューしてみて、編集者って必要だと思いました?
虻川 めっちゃ要ります。
 編集者って、明確な基準はないんですよね。だって僕、「編集検定二級」みたいな資格、持っていないですし。
虻川 まあ、そうですね。
 極論、作家さんが一人で完璧な原稿を書けば、編集者なんていらないのかもしれない。
虻川 ただ、そういう意味では一人だとめちゃめちゃ不安です。編集者を通すことで、ある程度濾過されるんですよね。もちろん作品の責任は作家にありますけど、編集が入ることで同時に誰かのせいにもできる。
 共犯者みたいな。
虻川 そうそう、そういう感じですごく大事だと思いました。
 共犯者として、僕らも不安なんです。僕が面白いと感じた原稿を、営業や編集長が面白いと思うかは分からないし、すごく怖い。編集に異動になった時は、自分の読みに自信が持てなかったですね。でもどこかのタイミングで、自分を信じるしかないんだな、と覚悟を決めることができて、ちょっと自分を許せるようになりました。まあ今も不安ですけど。
虻川 ほんと、編集者も大変ですよね。
 編集者は作品に対して作家の次に愛情をもって接しているつもりなので、結果が出れば喜ぶし、出なければとても悲しい。でも、その喜びと悲しみを著者と共有できる立ち位置にいるのは編集者だけだろうと思います。
虻川 売れる作品を作っている編集者が偉ぶってるってことはないんですか? 編集部の内部って作家にとっては謎なんですよ。
 売れる作品を作ってるから風切って歩くということは、ウチではないですよ(笑)。
虻川 編集者って身近なのに未知だから面白そうだなあ。
 編集者やってみたいと思いますか?
虻川 でも、僕は自我を出しちゃうと思うんですよね。作家の要求とかをいろいろと呑み込めないだろうなあ。良い読み手である自信もないし。
 まあ正しい読みなんてわからないですけどね。新人賞の選考をやっていると、本の読み方って人それぞれ違っていて、それに答えはないし、どれも間違ってないんだろうな、と思います。
虻川 営業は売れたら正解だけど、編集は評価軸が必ずしもそこではないですよね。
 評価軸はそれだけではないと思いますね。
虻川 視聴率が高い番組がいい番組ではないみたいな。
 そうですね。でも僕、「いい本」って言葉嫌いなんですよ。つい使ってしまうんですけど、僕はいままで悪い本を出した覚えないですし。
虻川 森さん、けっこう青春してますね(笑)。
 恥ずかしい。

編集者にとっての幸せ

虻川 森さんは編集者になって幸せですか?
 むずかしいなあ。僕はこういうことをずっと虻川さんに聞いてたんですね。
虻川 やりかえしてやろうと思って(笑)。
 まあ、だいたいは苦しいことのほうが多いですが(笑)。
虻川 そうなんだ(笑)。
 なんか一年半くらい前に体調を崩したことがあって。ずっと目眩がひどかったんですけど、健康診断にいったら血圧が250超えてて。
虻川 死にますよ!
 お医者さんが真っ青な顔で「目の前で死んでもおかしくないから、今すぐ検査にいってこい!」と言って、その場で看護師さんに別の病院に連行されるという。
虻川 それってパドルが出てすぐじゃないですか!
 そうなんですよ。いろんな検査しましたけど特に異常はなく、自律神経系かもね、という感じだったんですけど。
虻川 よかったー。
 その時ふと、僕が死んでも著者と作った本は生き続けるんだな、と思ったんですよ。担当した本が、もしかすると誰かの人生にほんのちょっぴり影響を与えるかもしれないですし。
虻川 あー、その希望は作家と一緒なんですね。僕も挫けそうな時、よく同じようなことを思います。
 ええ。それだけでなにか生きた証を残すことはできたのかな、と思ったんですよ。本は著者あってのものですけど、そのお手伝いができただけでよかったし、いい仕事させてもらえてるんだな、と思ったんです。だから編集者になれて幸せです。
虻川 僕がさっき「受け入れよう」と思ったのは、これからの人生は自分のためだけじゃなくて、いろんな人に関わっていくことなんだな、ということを受け入れることでもあったんですよ。多少貧乏になっても、分け与える人生になることを受け入れる。例えばアンパンマンみたいに。
 人に分け与えられる力を持っているというのは、小説に限らず「物語」ならではですよね。
虻川 ほんとにそう思います。人に夢を分け与えなきゃいけない、ということに気づいてしまったから二作目で苦労してるのかな。
 プロとしての自覚なのかもしれませんね。
虻川 余談ですけど、実は僕も死にかけたことがあって。タバコ吸って酒も飲むので、急性喉頭蓋炎になったんですよ。
 どういう病気なんですか、それ?
虻川 五年ほど前に気管を閉じる蓋がパンパンに腫れたことがあって、ほとんど呼吸ができなくなったんですよ。普通の人より3分の2くらいしか酸素を取り込めない状況になって。
森 それは息苦しいんですか?
虻川 息苦しいというか、ほぼ吸えてないくらいの感覚です。風邪と思って放置してたらさすがに寝れなくなって、救急に行ったら即入院。ストレスも要因だったらしいですけど。死ぬかもっていう経験すると、なんだかちょっと変わりますよね。
 それはちょっとありますね(笑)。
虻川 さっきからぜんぜん若手の対談っぽくない(笑)。

 どんな質問にも真摯に答えてくれる虻川さん

夢をもっているとつぶれてしまう

虻川 パドルの単行本は、ありがたいことに重版させてもらえましたけど、正直に言うと、もっと話題になるかなと思ってました。
 絶対にそのポテンシャルをもっていた。僕らの力不足です。
虻川 いや、すごくいろんなことをしてもらったんですけど、内容的にもっとたくさんの人に読んでもらえるかなあ、と自分で勝手に思っていただけです。
 でも我々もそう信じて新人賞を出したわけですよ。
虻川 ありがとうございます。だって……面白くないすか?(笑)
 お世辞抜きにそう思いますよ。二年ぶりにゲラを読みましたけど、「こんなに面白かったんだー」としみじみ思いました。大きなアイデアなのに、世界が改変されていく細部がよく練り込まれているし、やっぱり主軸となる青春ストーリーがいい……。初校・再校で二回読んでも、ラストはやっぱりグっとくるんですよ。
虻川 そう言ってもらえて嬉しいですけど、正直、人に夢を分け与えながらも、僕自身は夢をもっているとつぶれちゃいます。これはさっきの売れたい発言からは矛盾するようですけど。
 これは多くの人に読んでもらえるはずだという夢をもってしまうと、そうならなかったときに心が折れちゃうということですか。
虻川 まさにパドルがそうですね。パドルで挫折した。だから「自分の手応えに比例して売れる」という夢を手放さないと作家は正気を保てないんだろうな、とは思います。希望は別のところに担保しなければならない、というか。
 まずいことに出版社もそのフェイズに入ってきているところはあります。
虻川 結構前からじゃないですか?
森 そうなのかもしれない。でも出版社は諦めずに帳尻を合わせないといけないとも思ってます。
虻川 どういうことですか?
 単純に利益を追求するとかではなくて、著者が書き続けるための場所を守るために出版社は利益を上げないといけない。出版社がつぶれたら著者にとっての次の場所もなくなるので、本が売れなくて仕方がないと出版社が思ってはいけない。
虻川 なるほど。身勝手ですが、ポプラ社がつぶれたら僕の書く場所がなくなりますからね。
 そう、それは絶対ダメなんです。と言いつつ、理想論と綺麗ごとを言ってることも自覚しています。
虻川 使命と現実は別ですしね。
 でもきっとあるんですよ、やれることは。
虻川 ……なんか、いろいろ悩んだ結果、あんまり余計なことを考えないほうがいいのかも、と思い始めてきました。
 僕も最近まさにそれを悩んでるんです。そんな今だからこそ、余計なことを考えずにピュアな心で物語にむきあって、まっすぐ本を作るのが一番なんじゃないかな、という思いもあったりして、もうわからなくなってるんですよね。
虻川 それを世の人はスランプっていうんですよ(笑)。
 そうかもしれません(笑)。
虻川 二作目で僕も悩んでましたけど、編集者もいろいろ悩んでると知れたことがすごくよかったです。
 いや、僕がダメダメなだけですよ。
虻川 なんか、応募する前の初心を忘れてたな、と。がむしゃらに目の前のことに取り組むだけなんですよね、結局。
 僕もすごく編集者としての初心に戻れましたし、虻川さんのことをよく知れて本当によかったです。
虻川 今日はありがとうございました。当面の目標は次の代表作を更新することなので、次の二作目をがんばります!
 二作目、必ずベストな作品にしてたくさんの人に届けましょうね。

今回のお相手=虻川枕(あぶかわ・まくら)
1990年宮城県生まれ。東京都在住。日本大学芸術学部映画学科脚本コース卒業。卒業後はゲーム会社に入社し、プランナー/シナリオライターとして勤めたのちに退社。本作で第六回ポプラ社小説新人賞を受賞。

▼虻川さんがデビューした「ポプラ社小説新人賞」の情報はこちら。

▼『パドルの子』発売中!

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