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はじめての翻訳書は800ページ超!全米138万部突破、大注目の法廷劇『SMALL GREAT THINGS』担当編集に聞いてみた。

この「担当編集に聞いてみた」というコーナーでは、校了直前のピリピリしている時期か、校了後の最高にハイな時期の担当編集に、その本の読みどころや苦労話を(なるべく居酒屋で)聞いてみようというコーナーです。担当の本音を通して、その本に興味を持ってもらえたらいいなと思っています。

今回取り上げるのはポプラ文庫の5月刊『SMALL GREAT THINGS』。この新刊、二つの点でポプラ社的に異色です。
まず、ポプラ文庫から翻訳書が出ているイメージがあんまりない。
次に、ほっこりできる作品が多い文庫レーベルなのに、極めて深刻な社会問題を題材としている。
もう一つ付け加えるなら、この本を担当した編集者が、翻訳書を担当するのも、社会問題を扱った本を出すのも初めてということ……。
そんなわけで、異色づくしのこの作品の裏側に迫ってみました。

インタビューに答えてくれたのは、文芸編集部の最年少エース・森さん。聞き手は企画編集部で普段ノンフィクションを担当することの多い天野。
森さんも私も新卒入社で、元は営業配属(森さんのほうが2年先輩)。2013年のポプラ新書創刊の際、ほぼ同じタイミングで新書編集部に異動しました。その後、同じ一般書部門の中で「文芸」と「企画」という別のチームに配属され、それぞれ働いています。
文芸の編集者が、そして森さんが、どのように本をつくっているのかはちゃんと聞いたことがなかったので、個人的にも楽しみです。

このインタビューは2019年4月3日、校了1週間前に都内の居酒屋で行いました。森さん、ご協力ありがとうございました!

『SMALL GREAT THINGS』のあらすじ
ベテラン看護師で黒人のルースは、突然担当を外れるよう指示される。新生児の両親は白人至上主義者で、アフリカ系アメリカ人のルースが自分たちの息子に触れるのを拒否したのだ。そして病院は彼らの意向に従った。
ところが翌日、部屋にひとりきりでいたルースの目の前で、その新生児が心停止を起こす。赤ん坊に触れるのをためらうルース。しばらくして、やっと救命処置をほどこされるが、時すでに遅かった。適切な処置を怠った罪で起訴されたルースには、白人の女性弁護士ケネディが担当につく。
突然の事態におびえながら、ティーンエイジャーの息子のため日常生活を守ろうとするルース。法廷で人種問題を提起するのは得策ではない、と主張するケネディ。ある事件がもとで白人至上主義者になった赤ん坊の父親ターク。全米の注目を集めた事件の公判を通して、それぞれの心境に変化が起きていく……。

校了前に聞いてみた

天野 今日も一日お疲れ様でした!

森+天野 カンパ〜イ! 

天野 さっそく5月刊のポプラ文庫『SMALL GREAT THINGS』について聞いていきたいのですが、今はもう念校*ですか?
*念校=校了の直前にもう一度、念のため行う校正。校了は編集作業の完了を意味する。

 そうそう。今週末か来週頭に印刷所に戻して校了。でも今日、最後の確認なのに主人公の名前のミスが一か所見つかって、もはや見つかってよかったという気持ちより、ゴキブリみたいにまだいるんじゃないかと不安になった……。

天野 うわ〜、あるあるだ……。やつら最後の最後に出てきがちですよね。しかもこのボリュームでしょ? 

 上下巻、それぞれ448ページと424ページ。

天野 分厚っ。おいくらなんだろ……本体990円? あ、意外と高くない。

 そう? じゃあ、もっと高くしてもよかったかなあ。僕自身、文庫で1000円超えると高いと思っちゃうから。

天野 それもそうか、確かに文庫ですしね。

 値付けってほんと難しいよねえ。

はじめての翻訳小説

天野 森さんは普段、さまざまな文芸作品をつくっているわけですが、「翻訳書」は初めてですよね?

 うん、初めて。

天野 SF好きの森さんとしては、最初はやっぱりSFで翻訳書デビューを飾りたかったのでは(笑)。

 ほんとだよ〜(笑)。しかも、実は今回の本は「引継ぎ」だから。まさか自分が翻訳書を担当することになるとは思わなかった。

天野 完全に一から引き継いだんですか? 訳はもうあった感じ?

 完全に一から。版権を取ったところで止まってたの。というのもこの本、映画化が決まっているから、それに合わせるつもりだったんですよ。でもなかなか公開されなくて(笑)、契約期間も迫ってたから、「もうつくろう!」ってことでまわってきた。翻訳者の知り合いもいなかったし、大変だったなあ。

天野 そこで頼んだのが、川副智子さんという訳者さんだったんですね。

 ベテランの方で、代表作をいくつか読んでみたら訳がとてもよかったから、頼んでみたの。

天野 訳者さんを考えるのって、難しいですよね。僕も翻訳書の経験が少ないからいまだに悩みます……。

 やっぱりそうだよね! 土地勘もないし、初めてのことだから、原稿にどこまで手を加えていいのかもよくわからなかった……。

天野 内容が決まっているわけですものね。文芸作品だから、物語として完成されているわけだし。もし付け足したい情報があれば、訳註や解説をつけるくらいかあ。

 今回、解説はつけていないけど、選択肢としてはあり得るよね。もちろん原作者のあとがきや一部に訳註は入っている。でも、とにかく正解がわからないから手探りでした。

原稿の進め方ってどんな感じ?

天野 実際に動き出したのはどれくらいからだったんですか? このボリュームだと、どれくらい訳すのに時間がかかるのだろう。800ページ超えているわけだけど……。

 2017年末だから、ちょうど一年半くらい前か。年末に川副さんに会って、去年の夏前に原稿がきた。だから訳にかかったのは半年くらいですね。

天野 半年くらいなんだ。一章一章送ってもらったんですか?

 いや、丸ごとドサっともらった。

天野 へ〜! 最初に試訳をもらって、あとはまとめて?

 いや、完全に一発で。

天野 完全に一発!? それはすごい。僕は翻訳書、といっても図鑑しかつくったことないけど、いつも試訳を出してもらっています。

 そうなのか! そういうもんだと思ってた……。まあ慣れている方だったので、打ち合わせしたら「あとは任せました!」って感じでした。実際、上がってきたものを読んでも問題はまったくなかったですね。

天野 一発OKはマジですごいな……。じゃあ、原稿がきて、素読みをしていくわけじゃないですか。そのときに入れる鉛筆(指摘)とかは、普段の文芸作品と変わらない感じでした?

 基本的には同じ感覚。ただ、それが翻訳書の「普通のやり方」なのかは、僕にはわかりません!

天野 そっか(笑)。普段通りこの表現がわかりづらいとか、そういう指摘をしていったわけですね。日本の文芸作品を編集するときと比べて、「ここが違ったなあ」って思ったところはありますか?

 いちばん違ったのは、著者に対して「ここ、もっとこうしませんか?」と、話の内容について踏み込んだ提案ができないことかなあ。

天野 なるほど。じゃあ、森さん的にはぶっちゃっけ「厄介な案件」だったんだ(笑)。

 何もかもが手探りだし、厄介だったよ!(笑)

3つの立場から描かれる「差別」

天野 最初はそんな「厄介」な案件だったわけだけど、実際に読んだらおもしろかったわけですよね? ここでおもしろくないと言われたら、この企画が成立しないけど(笑)。

 ……うーん、そうだね。単純におもしろい、というよりかは、すごく「良い本」だなって思いました。最初に読んだときにはわかりきれない部分もあったんだけど、原稿のクオリティが上がっていって、再校で改めて読んだときに、すごくグッとくるものがあったなあ。

天野 わからない部分があったというのは、話の筋が追いづらいとかではなく?

 いや、プロットはいたってシンプル。黒人ゆえに差別を受けた女性看護師が、赤ん坊を殺したという「冤罪」に巻き込まれ、若手弁護士とともに無罪を勝ち取っていく、という話だから。

天野 非常にシンプルですね。

 うん、プロットだけ見たら「なんで上下巻なんだ!」と思うくらい(笑)。

天野 法廷劇だし、『カラマーゾフの兄弟』ばりですよね(笑)。

 ね〜(笑)。

天野 物語は会話を中心に進んでいく感じなんですか?

 むしろ心情描写が多いかな。主要人物は3人いて、1人が黒人の看護師ルース。彼女が差別を受ける人。もう1人がルースのバディとなる、白人の若手弁護士ケネディ。最後の1人が白人至上主義者で子どもを亡くしたターク。差別を受けている人、中立の人、差別している人という3つの立場から物語は展開される。言ってしまえば、「差別はよくないよね」という話なんだけど、この本がすごいのは、「私は差別なんかしていません」と言っているリベラル(中立)な人たちも、実は差別に加担しているんだよ、という点をえぐってくるところなんですよ。

天野 それは、その人たちが現状を傍観しているから、みたいなことですか?

 傍観もあるけど、差別があるという現実に気づいていない、それを見ようとしないことも、差別に加担していることになるのではないか、とえぐってくる感じ。

天野 なるほど。そういった「社会の側」の心理描写もあるんですね。

デザイナーにどんな発注をしたの?

 そういう心理までしっかり描かれているからこそ、迫ってくるものがあるんだけど、だからこそつくるのも難しくて。

天野 どのあたりに難しさを感じたんですか?

 まず「黒人差別」というテーマ。差別の問題って、日本にいるとなかなか身近には感じにくいじゃないですか。

天野 う〜ん。「普通」に生きていたら考えたくないテーマではありますよね。

 差別がないわけではないけど、アメリカでいう「白人」と「黒人」みたいな、わかりやすい構図で捉えられることが少ないというか。

天野 わかりやすい人種問題としてね。もちろん、いわゆる「在日」の問題とか、最近だと「移民」の問題とかはあるけど。

 そうだねえ。とにかく僕が言いたいのは、この「黒人」や「差別」というテーマを前面に謳っちゃうと、なかなか日本の読者に届かせるのが難しくなるだろうな、と思ったわけです。

天野 僕も社会問題をテーマにしたノンフィクションをつくったことがあるので、その塩梅の難しさはすごくわかります……。

 だよね。でも、その本質の部分をまったく謳わないと、「この本って結局なんの話なん?」となっちゃうから、「内容に触れるように、かつ触れすぎないように、良い感じにして〜!」と、bookwall(デザイン事務所)に投げたらこうなりました(笑)。

天野 そういう発注をしたんだ(笑)。そしたら20パターンくらい案が出てきて、最終的にこうなったと。デザインとしては割とフラットですよね。

 シンプルに白と黒にしました。パッと見は「ポストモダンな感じでかっこいいな〜」くらいの印象なんだけど、内容がわかってくると、「ああ、だから白と黒なのか」と腑に落ちる感じになっています。

デザイン案を披露する森さん

この本の「争点」

天野 もう少し踏み込んで内容のことを聞いてみたいんですけど、この本は「実話」がもとになっているんですよね?

 アメリカのミシガン州で実際に、黒人看護師が白人主義者に自分の子どもに触れないように言われて、裁判になった事件があったみたい。

天野 その事件に着想を受けたんだ。その黒人看護師は勝訴したんですか?

 勝訴だった。というか、実際の事件では赤ちゃんは死んでいないから、殺したどうかではなく、差別があったかどうかが争われたんだよね。

天野 なるほど。赤ちゃんが死んだという設定は、創作として加えられたものなんですね。

 そうそう。

天野 では、「物語のほうの事件」についてですが、これは完全に事故なんですよね?

 うん、もう少し詳しく説明しますね。まず、主人公のルースは黒人のベテラン看護師。長年病院で働いてきたんだけど、ある日、白人至上主義者の夫婦がやってきた。その夫婦の赤ちゃんが生まれるとなったときに、担当についたのがルース。でも、それに対して父親のタークが、「黒人はうちの赤ちゃんに触ってくれるな」と文句をつけた。トラブルを恐れた病院は、「黒人看護師はその夫婦の赤ちゃんに触らないこと」とカルテにメモするわけです。そしたら白人の担当がつくから。
でも、たまたま忙しい夜があって、正規の担当が別の手術のために一瞬席を外さないといけないことになった。その担当は「一瞬だけこの子を診てくれないか」とルースに頼むんだけど、その間に赤ちゃんの容体が急変しちゃうんですよ。

天野 ああ……。

 救命のためにルースは、その子に「触れて」緊急処置をするんだけど、正規の看護師があわてて戻ってきたときに、「私は何もしていない、触っていない」という「フリ」をするんだよね。「触ってはいけない」ことになっているから。そして赤ちゃんは、最終的には亡くなってしまう。死因はその子の先天的な病気だったから、本当は誰も悪くはなかったんだけど、後日ルースは「その場で何もしなかったお前が悪かった」と訴えられてしまう。これがあらすじです。

天野 なるほど。じゃあ争点は、「いや、そもそもあんたが黒人は触るなと言ったじゃん!」というところになってくるんですね。そこから物語がはじまるんだ。

あえて内容紹介に使わなかった言葉

天野 でも、聞けば聞くほどポプラ社的には異色作ですね。社会問題を扱った翻訳小説なんて、うちからほとんど出ていないし。「つくる上でいちばん苦労したことはなんですか?」なんてことも聞こうと思っていたんだけど、なんというか、「この本を作ること自体」がきっと大変だったんでしょうね。

 そうだねえ。僕もこのデザインやコピーでよかったのか、いまだにわからない。でも、とりあえずやってみたこととしては、帯にもあらすじにも、あえて「黒人」と「白人」の話だと書かなかったこと。

『SMALL GREAT THINGS(上)』のあらすじ

天野 あ、ほんとだ。上巻の裏表紙に「人種と偏見」とあるけど、それ以上の表現は極力避けるようにしたんですね。

 やっぱり内容がいいからこそ、遠い話と思われたくなかったんだよね。でも、このデザインもコピーも、僕が「マス」を狙いに行った結果だから、どう転ぶかはわからない。もしかしたら「黒人差別」というテーマを前面に出して、関心のある人にきっちり届けに行けばよかったのかもしれない。

天野 う〜ん。ノンフィクションだとテーマをはっきりさせやすいし、読む人もだいたい決まっているけど、文芸作品だからこその葛藤がありますね。確かに届け方が難しいなあ……。

黒人看護師・ルースの挫折

天野 ちなみに、800ページ超えの本作の読後感はどんな感じですか?

 一応、ハッピーエンドが待っていますよ!

天野 あ、希望はあるんですね。ちょっとホッとした(笑)。

 あとね、この著者が最後にどんでん返しを仕込んでるから。法廷劇以外の部分で。頑張って読みきったら、その分の感動は待ち受けております。

天野 ……だそうです(笑)。あと、この本は人種差別がテーマですが、アメリカの場合、経済的な格差の問題もあるじゃないですか。それも描かれているのでしょうか? たとえば、主人公のルースはやっぱり貧しい家庭の人なんですか?

 それがねえ、ルースは黒人だけど中産階級だし、ちゃんとした大学も出ている。看護師としてもベテランで、まさに「模範的なアメリカ人」という感じの設定なんです。だから、社会的なステータスで言えば、普通の白人かそれ以上。ルースは今回、「肌の色」のみによって「冤罪」に巻き込まれてしまうんだよ。

天野 ほ〜、その設定はおもしろいですね! やっぱり「黒人」というと、経済的にも厳しいという「テンプレ的なイメージ」がどうしてもあるから……。

 うんうん。ルースも、自分が黒人であることをコンプレックスに思っているからこそ、一生懸命勉強して、「私は白人の仲間ですよ」「厳しい環境にいる黒人とは違った、良い黒人なんですよ」と振る舞ってきた。それなのに巻き込まれちゃう。だから余計に挫折も感じるんですよ。

天野 なるほど、いい設定だなあ。

リベラルな若手弁護士・ケネディの葛藤

天野 この本の中では、差別を受けるルースと、差別をするタークの立場はある意味わかりやすいですよね。そこに「中立」の立場である若手弁護士のケネディはどう絡んでくるのでしょう。この人は多分、白人ですよね?

 彼女は白人の弁護士だね。

天野 女性なんですね。男1人と女2人の闘いでもあるのか。

 そうそう。ケネディは、はたから見るとすごくいい人。普通の弁護士じゃなくて、公費で雇われる弁護士。要は、自腹で弁護士を雇えない人たち向けの仕事をしているんですよ。日本でいうとなんだっけ、ええと……

天野 国選弁護人?

 それだ。言ってしまえば「弱者の味方」みたいな存在だし、彼女自身、黒人に対する差別心もない。いわゆる「リベラル」で、差別する人と差別される人の「中間」のアイコンとして描かれている。でも、物語の最後にはやっぱり、「私は差別に加担していない」と思っていること自体が「差別」なんだと、突きつけられるんだよね。

天野 あ、彼女にそれが突きつけられるの?

 そうなんだよ。そもそもこの弁護士が欲しいのは、ルースの勝訴であって、黒人差別そのものを正すことではないんですよね。

天野 ああ〜、なるほど! 差別の解消ではなく、あくまで目の前のクライアントのために闘っているということか。わかります、わかります。

 彼女の目標はルースの無罪を勝ち取ること。それがキャリアのためにもなるし、社会的に見ても正しいことなんだけど、裁判に勝っても結局、黒人差別をめぐる根本的な問題は何も解消されていない。そんな現実に気づき、疑念が芽生えたとき、ケネディとルースとのあいだに衝突が生じていくんだよね。

天野 え〜、めっちゃ面白そう! 早く読みたい。

 見本ができたらあげるよ(笑)。

白人至上主義者・タークの顛末

天野 ここまできたら、タークについても聞いておきたいな。彼は元から「差別主義者」だったんですか? それともそうなるきっかけが何かあったんですか?

 ええと、詳しくは言わないけど、それも書かれています。

天野 それは読んだら、共感できるというか、わかってしまう感じ?

 う〜ん、難しいね。共感とは言わない。でも気持ちはわかるかも。結局、この本の大きなテーマとして設定されているのは「ヘイトとラブ」なんですよ。差別するほどの憎しみって、愛の裏返しでもあって。愛するがゆえに、それが大きな憎しみにもなり得るというか。

天野 骨太だなあ。文量が多いというだけじゃなくて、内容が骨太。

 そうなんだよ〜。物理的にも精神的にも大変だった。読んでいると、ターク含め、差別している側の視点や論理がガンガン頭に入ってくるから。「ニガー」(黒人を意味する差別的なスラング)という言葉だって何度出てくるか……。

天野 そういう部分を読んでいるとき、森さんの場合はどういう気持ちになるんですか? 「こいつらの理屈もわかるぞ」みたいな心境になったりはしない?

 正直にいうと、僕はまったく彼らの気持ちが理解できなかった。日本だと人種問題がアメリカほど表面化しづらいから、なんで「肌の色」の違いでここまで差別できるんだろうって。しかも彼らは、黒人に限らず、ゲイとか移民とか、いわゆるマイノリティの人たちを「ノーマルな白人」じゃないというだけで差別する。
でも僕自身、いわゆる「リベラル」だし、マイノリティに対する「差別心はない」とか思っちゃうんだけど、「もしかすると、そういう考えだって差別につながっているのかもしれないぞ?」って、突きつけられた作品ではあった。「じゃあどうしたらいいの?」という答えは簡単には出ないんだけど……。

天野 森さん自身、揺さぶられたわけですね。作中でも解決策は提示されないんですか?

 一つの解決策、というか「可能性」は提示されますね。そこが一つのクライマックスだからこれ以上は言わないけど!

天野 う〜む……。なおさらタークが最後にどうなるかが気になるなあ。

担当編集の「推し」は主人公の幼馴染

天野 ここまで主役の3人を見てきましたが、それ以外にもいろんなキャラが出てくるわけですよね? 森さんのいちばんお気に入りは誰ですか?

 う〜ん……。ルースの幼馴染で白人女性のクリスティーナかな。ルースの母親は、白人家庭のメイドとしてずっと働いていたんですよね。クリスティーナはその家のお嬢さんだから、ルースとも小さい頃から幼馴染。でも、ルースの母親はその家の使用人なので、友達だけど劣等感を抱える存在でもあるという、複雑な関係なんです。

天野 うんうん。

 クリスティーナはお嬢様なんだけど、何の悪意もない。だから若手弁護士と同じでリベラルな立場。ルースのことも、人種は違うけどナチュラルに友人だと思っている。でも、ルースのほうに屈折した思いがあるから、その友情関係が最後にこう、どうなるかっていうのが、とてもいいんだ……。

天野 あああ〜、クリスティーナ、最後まで出てくるんですね! 上巻だけじゃなく、ちゃんと下巻にも!

 出てくる! しかもわりと後半に! そこの関係がねえ、すごくいいんだ……。

天野 脇のキャラが魅力的な作品って最高ですよね……。

 そう、魅力的なんだ。たとえば主人公のお姉さんなんかも、まさに「テンプレ的な黒人」という感じで描かれている。経済的に厳しいし、危ない地域にも住んでいるし、同じ黒人でも主人公とはステータスが違うんだよね。この姉妹関係にも注目です。

天野 ……でも、森さんはクリスティーナ推しなんだ(笑)。

 推しです!

隠された「嘘」に注目してほしい

天野 あの〜、装丁を見て、さっきから気になっていたことを聞いていいですか? 上巻の帯に「嘘」という言葉が使われているけど、これもキーワードになるんですかね? 絶妙に「誰」がついた嘘なのがわからないように書いてあるけど。

『SMALL GREAT THINGS(上)』の帯コピー

『SMALL GREAT THINGS(下)』のあらすじ

 おおーーーー! 天野くん、いいところに気づいてくれた! さすが編集者!

天野 えっ?(笑)

 実はね、下巻の裏表紙にも「ある嘘」ってフレーズが出てくるのですよ。そして僕は、この2つの「嘘」が同義とは一言も言いません! 編集者が汲み取ってほしいところを汲み取ってくれてありがとう(笑)。

天野 えー、えー、何それ(笑)。じゃあ、この本の中では誰かが何らかの「嘘」をついているんだ。そしてそれは誰なのかもわからない、と。

 まあ、一つ目の「嘘」に関しては冒頭で明かされることだから言ってしまうけど、ルースがついたものです。

天野 そうなんだ。「嘘」をつくくらいだから、ルースにとって不利になるものを隠したということですよね、多分。

 そうです。ルースのついた「嘘」は、本当は赤ちゃんの応急処置をしたのに、「私は触っていません」と言ったこと。これが冒頭で提示される「嘘」です。でも、もう一つの「嘘」は巧妙に隠されています。そしてこちらはルースとは限らない。しかもそれがラストのどんでん返しにつながる「嘘」だから……言えない!

天野 めちゃ気になるな……。とりあえず、「2つの嘘」に注目しながら読み進めるとおもしろそうですね。

 読み応えは保証します。

天野 くそ〜。

また翻訳書つくりたいですか?

天野 そろそろ普通に呑みたいから最後の質問になりますけど、また翻訳書はつくってみたいと思いますか?

 うーん……もういいっす(笑)。やっぱり自分は、著者と一緒に一からプロットを練って、より良くしていく過程が好きだな。

天野 ええ〜、もったいない。じゃあ、この本は森さんにとって、翻訳書ジャンルでの「遺作」になるわけだ(笑)。

 そうなるかもね(笑)。

天野 これ、書いておきますからね(笑)。でもいつか、森さんにSFの翻訳書とかつくってほしいな〜。

今回の担当編集:森潤也(もり・じゅんや)
1987年広島生まれ、大阪育ち。2010年にポプラ社に入社。営業に配属され中四国を担当。2013年に新書編集部に異動し、ポプラ新書創刊に関わる。2014年より文芸編集部に所属。
編集者としての担当作品は、ほしおさなえ「活版印刷三日月堂」シリーズ、向井湘吾「お任せ! 数学屋さん」シリーズ、須賀しのぶ『夏空白花』、荒俣宏『お化けの愛し方』、やなせたかし『わたしが正義について語るなら』など多数。
レイ・ブラッドベリとカート・ヴォネガット、筒井康隆を愛するSF好きだが、SFが好きすぎるあまり恐れ多くてSFジャンルは担当していない。ウイスキーとTHE ALFEEと智辯和歌山が大好き。予備校時代は高見沢に憧れて髪を肩までのばしていた。
アイコンのイラストは大宮一仁さん作。

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