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ワンピースから生まれる料理

どんな仕事にも下調べや準備が必要だと思うが、わたしがやっている日本語教師に欠かせない準備と言えば、いわゆる教案作成だ。

レベルや授業内容によってさまざまだが、文法の分析や例文の作成、導入順序や使用語彙の選定、練習の内容や時間配分などなど。

教材が決まっている場合は、文法辞典や国語辞書にあたり教材を分析していく。時には先達の教案を参考にしたり、いわゆる虎の巻的なものを参照したりもする。だって、日本語の授業の準備をしているのだから、ふつう日本語関係の書籍や情報にあたるでしょ?そう思っていた。

ワンピースから生まれる料理

以前、知り合いの和食料理人が、休日に「新メニューを考えなきゃ」とうんうん唸っていた。週替わりのコースメニュー。わたしは素人だからわからないけれど、季節の食材や調理法やコスト、いろいろ考えなきゃならないから大変だなと思っていた。同じような料理だったらお客さんも飽きるだろうし。でもその割にメニュー作りをする素振りを見せない。早く料理の本とかレシピとか参考に考えたらいいのに。明日からメニュー変更でしょ、間に合わないよ。

やっと重い腰をあげて本らしきものを持ってきた。やっと始めるのか、と手元に目をやるとそこにあるのは『ワンピース』。そう、世界中のマンガ好きが知っているのではないかという、有名なアレ。ペラペラとページをめくり、時にほくそえみ、「やっぱ、このシーンいいわ」と感想を述べながら読んでいる。えー、メニュー考える気ないのかな、絶対間に合わないでしょ。

1時間ほどそんな状態が続いたあと、その人は何かの裏紙にさらさらとペンで書きつけた。「メニュー、できた」

えーーっ。メニュー、できた??何にもしてなかったでしょ。マンガ、読んでただけでしょ!?

わたしは俄かには信じられなかったのだけれど、いつもそんな感じでメニューを作るらしい。「好きなマンガ読んだら、浮かんでくる」

いわゆるクリエイティブな人というのは、こういう感じなのかな。全く畑違いの分野から刺激を受け発想を飛ばし、新たなものを形作っていく。もしくは、自分の好きなことで頭をいっぱいにすることによってリラックスし、創造力を高めていたのかもしれない。

よく言えば真面目、悪く言えば頭が固いわたしには、このようなことがなかなかに難しい。ちみちみ考えすぎて、木を見て森が見えなくなったりする。だから、余計に印象に残ったし、うらやましくも思った。

ワンピースから生まれたのは、手が伸びるほどの衝撃があるとか、仲間の尊さにむせび泣くとかというものではなかったけれど、「日本の夏って感じだねえ」とお客さんが目を細めて舌鼓を打つ、純・日本料理だった。




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