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親方という漢

私がこれまでの大学生活で出会った中で、唯一尊敬している大人について書こうと思う。

私が尊敬しているのは「親方」という人だ。
何を言っとるんだこいつは、と思われるかもしれないので説明すると、親方とはバイト先の居酒屋の店長さんのことだ。

私がこのお店でバイトを始めたのは、大学の先輩からの紹介がきっかけだった。
どこでバイトをするか悩んでいた私(お金が稼げればどこでもいいと思っていた。まじで浅はか)だったのだが、先輩からの紹介で送られてきた賄いの写真があまりにも美味しそうで、友人に誘われたこともあり面接に行くことになった。
親方と初めて会ったときの印象は、あまりよくなかった気がする。初めてのバイトの面接で緊張していて正直あまり覚えていないのだが、いきなり声の大きいおじさんがお店の入り口を豪快に開けて出迎えてくれて、すごくびっくりしたし、やばい店に来てしまった、と思った記憶はある。声はガラガラでとにかく大きいし、初対面でいきなり呼び捨てで呼んでくるし、一人称「親方」だし、面接というよりお話会だし(面接でよくありそうな質問に答えたりとかは全くなく、ほんとに体感的には10分くらいおしゃべりして終わりだった)、とにかくはちゃめちゃだったけど、即採用してもらえたので何も文句は言えなかった。

バイトに入ると大変なことの連続だった。
初めてのアルバイトで右も左も分からないだけではない。
親方は声は大きいのに、ガラガラな声と勢いのおかげで何を言っているのか全く分からない(最初の頃は親方が何と言っていたのか先輩にいちいち確認していた)。
忙しいときに厳しく言われるとめちゃくちゃ怖い。

でも、親方はただ声が大きくて何を言っているのか聞き取れないチンピラみたいな人(失礼)ではなかった。
お客さんとの交流は欠かさず、お座敷の席に挨拶をしに行ったり、お帰りになる際にはお店の外に出てお見送りをしている。
料理は基本親方が担当しているのでいつも忙しくしているけど、腕前はピカイチで仕事が丁寧で、特に出汁巻き卵と刺身の盛り合わせは美しすぎて思わず運びながら食べてしまいたくなるほどだ。

そして親方には、「人の本音を見抜く」力があると思っている。
お客さんからされた相談に親身になって考えて答えてあげているのを見て、いつも見ている人とは別人なんじゃないかと思うことがある(失礼)。
さらに私には、親方を尊敬するに至ったエピソードがある。
バイト終わりで賄いを食べている時のこと。「はとめ(※本来は私の本名が入ります)は親方に何言われてもいつも笑顔で働いてるよなぁ」という話になった。私は仕事を覚えるのが苦手で、よく親方に厳しく言われることがあるのだが、いらいらした気持ちや悔しさはお客さんの前で出す感情ではないと思い、笑顔で接することを心掛けている。おそらくそのことを指摘されたのだが、「はとめがいつも笑顔で働いてるからお客さんたちもみんな気持ちよく過ごしてくれているぞ」とほめてもらえた。嬉しくて思わず「ありがとうございます」と返したのだが、私は次の親方の一言に感動した。

「でも、はとめはいつも笑顔だけど、我慢している部分も人より多いと思うんだよな」

私は前回の作品でも書いたが、自分の感情や本音を隠してしまう節がある(「弱い人間」を参照していただきたい)。その悩みを誰にも打ち明けられずにいたのだが、親方はそのことに気が付いてくれた。言われた時には微妙な反応しかできなかったけど、帰りに一人で考えていた時に、「この人は私のことをちゃんとわかってくれてるんだ」ととても嬉しくなった。親方にとってはなんでもないような会話だったのかもしれない。しかし、私にとっては忘れられない出来事になった。私の中の最初の印象があまり良くなかった親方だが、今ではすっかり第2のお父さん的存在だ。

これを読んでいる皆さんには、最後まで何を言っとるんだ、と思われたかもしれない。順番のめちゃくちゃな文章を書いていると思われてもかまわない。
私はこれからもバイトで親方に厳しく言われ続けるだろうし、心が折れそうになることがあるかもしれないが、このお店をやめようとは思わないだろう。つらい時には親方が作った最高においしい賄いを食べて、この言葉を思い出す。そして、親方のように、人の本当の気持ちに気が付くことの出来る大人になりたいと心から思うのである。


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