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エキゾチックダンサー (ポルシェGT3の9000rpmトリップ)

その長いトンネルの中で、女の口から大きく歓喜が放たれた ”楽しいー!”

俺は今、991型ポルシェGT3のハンドルを握っている。パリで買い求めたヌバック革のドライビンググローブにホワイトゴールド製のロレックスのデイトナをコーディネートして。

GT3は、通常の911カタログラインナップ車種でありながら唯一の2人乗りの仕様であり、公道を走るレーシングカーとも称されている。

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そんなマシンには、やはりサーキットから名称を取ったデイトナだろう。中でも、この116519LNモデルのシルバーブラック色の文字盤が、俺のGT3のレーシーな世界観を引き立てる。

助手席には、極上の色っぽさを放つ女がいる。彼女はエキゾチックダンサー。彼女との初デートが今日だ。

雑誌のグラビアにも取り上げらたというのを知人の話題で知った。それ程にグラマラスだ。数年前に、社会人アルペンスキーサークルでも一緒になってその存在が気にはなっていたが、声をかけてみるタイミングを逸したまま、時が過ぎて居た。運命なのか、俺の引きの強さなのか、たまたま取引先と入った西麻布のレストランで彼女がダンサーをしていたのだ。その際、映画のようなドライブデートを打診したら、豊洲の自宅住所を教えてくれた。

朝焼けの残るころ、高層マンション群の壁に反響する図太い乾いたフラットシックスの排気音が、ドアベルのように彼女を迎えた。

ヒュー。我ながらハードボイルド映画の様な世界観が現実になっているな。俺が忌み嫌うケバさが無くて、内から湧き上がるセクシーさは流石、凄い。停車中も異才な速さを醸し出すGT3の姿と似合うよ、君は。とマンションから出て来た、ジーンズを履き、薄手のセーター越し見事なくびれと豊満なブレストのプロポーションが映し出された彼女の姿を見るや心に呟いた。

”カッコいい車ね。あなたに似合うわ。今日はよろしくね。” 日本人ながら、ラテン系かと思わせる彫り深い顔立ちと、少し肉厚なくちびるで、笑顔を向けた。

率直に嬉しいよな。そうだろっ。スポーツカーには、ストリートワークアウトで鍛え抜かれた俺のような肉体が、似合うと自負する。スパルタンなポルシェの世界観を存分に楽しませてあげたいよなと逸る気持ちを控えつつ、黙ってクールに微笑み返して、少し深めのスポーツシートに彼女をエスコートした。

仲間たちとの待ち合わせの大黒PAへ向けて出発した。先ずはいきなり首都高10号線の新豊洲ランプから強めの加速をしてみた。いつものように勝手な勘ピューターで俺は彼女のスピードへの耐性を推し量った。

”ワオー”と彼女が声を上げた。

良し、10点満点で7.5点スタートだ。GT3の加速感に引いてしまう様子はないので、この先のR指定のロードショーをお楽しみ頂けそうだ。

一般車両の半分の所要時間も掛からずに着いた集合場所のPAには、既にポルシェ達がズラリと並んでいた。車体色のバラエティが富んでいるのも特徴的であり、やはりスパルタンな仕様が多い。

”凄い沢山いるのね” 物珍しいそうに、感嘆の声を上げた。

ほぼ毎月の事だから見慣れている俺でも、やはり壮観だと思うのだから、彼女にはビックリだろうな。
到達した俺の助手席を皆が覗き込む。また新たな女である事を確認してから、おはよう、今日はよろしくお願いしますと形式的な挨拶を交わす。女の名前を仲間達に紹介する事は滅多には無い。カレンダーをめくる様に変わるし、意味なくなるからだ。

走行中に仲間達との複数同時の連絡手段として使う無線機の周波数を合わせて、出口インターだけ確認したら、おもむろに出発した。ナビに行き先を登録するなんてグズグズした真似は誰もしない。無線機のマイクを彼女に渡して、道中の会話は代弁してもらう。女性の声の方が、皆にも良いし、そうすることで彼女自身の参加意識も高まり、アウェイ感も和らぐ。

ここまで既に彼女の眼もスピード感には慣れてきているだろう。湾岸線の直線に出るや否や、連中は皆んな躊躇無きフルスロットルだ。勝手に俺の頭の中では、ルマンのスタートシーンを思い浮かべている。

俺はいつの日からか、スピードスターの名を馳せる存在となっていた。文字通り、飛ばし屋の意味でもあるが、かつてその冠名を持つ屋根空きのポルシェに乗り、性能が上回る車種たちを首都高で蹴散らしていたことから印象づいたニックネームだった。

そんな俺がハンドルを握る、公道を走るレーシングカーとも比喩され、世界的に圧倒的な好評を集めていたGT3の助手席に、今、あの誘った女がいる。

急減速する場面で、彼女が無線機のマイクを持った手を挙げて言った。
”凄いわ。あんな速度からいとも簡単にここまで落ちるなんて、ウソみたい”

その秀逸なブレーキ性能に安心感を覚えてもらった様だった。
そうだろよ。ポルシェのブレーキ性能は、宇宙一だと異次元の評価をされるくらい素晴らしいんだから。でも、いつでも想いのスピードに減速コントロール出来る技量があってこそのフルスロットルである
と心で解説しつつ、黙って、返事代わりに大きく俺は頷いた。

その時に無線機のスピーカーから、凄いわ~って、なんだよ?。相変わらずスケベだなスピードスターはよ! 笑い声交じりにヤジが入った。

恐らくさっき、強烈なブレーキGにあおられて彼女が無線機のマイクボタンを間違えて押しながら言ったので、その部分だけ伝わったのだろう。こういう無線機の会話もツーリングでは楽しい。

俺にとってGT3はアドレナリンマシーンだ。GT3のPDK:ポルシェ・ドッペルクップルング、つまりはマニュアルモード付きオートマ機構ギアは、文字通り電光石火で脳内イメージ通りにシフトチェンジしてくれるし、7000回転からレーシングエンジンのようなサウンドに急変してボリュームを上げて、更にそこからあっという間にレッドゾーン領域9000回転越えまで到達すると、F-1マシーンに変貌したかのようなマシン音が、そこはもう大迫力のサラウンド映画館ばりに車内に轟かせ、ドーピング薬のごとく乗り手に降り注ぐ。速度を増すほどに車体がリジットになることも手伝って、アスリートがゾーンに入る様に、車体が己の身体と一体化して操れる感覚になるのだ。

初デートなのに、ひどいよな、こんな飛ばし屋の中の飛ばし屋連中たちと。うーむ、でも、あのレッドゾーン領域に快感を覚えてくれそうだな。性懲りもない身勝手な問答を頭に巡らせながら、東京湾アクアラインの長いトンネルに入り込んだ。

鬼に金棒なのか、もはや、気狂いに刃物なのか、腕利きドライバーたちが凄い加減速と華麗なすり抜けを演じながらオレンジ色のスポットライトの中をを突き進んだ。ハイスペックマシーン特有の小高い排気音がトンネル内こだまするのが、前後に複数台から奏でられるのだから、ド迫力の効果音のようであった。

その長いトンネルの中で、女は形容した。”映画のカーチェイスのシーンの真っ只中にいるみたい”
続けさまに、
女の口から大きく歓喜が放たれた ”楽しいー!”

俺はしっかり受け止めた。
この日一番の痛快なセリフを。
思わず心の中で叫んだ、『it’s showtime!』

正直、初ドライブの行き先なんて覚えていない。覚えているのは、そのグラマラスなボディに委ねながら、GT3の鼓動で熱くなってしまった俺自身をその日の終わりにクールダウンしてもらった事だ。今日、デイトナの短針が朝からちょうど一回りした。

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