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落語聞き覚えメモ『兵庫船』(笑福亭仁鶴)

大阪の馬の合いました二人の男が、讃岐の国は象頭山金毘羅さんへ参詣しての帰り、あれから山陽道へ出てまいりまして、明石、須磨、一ノ谷、播州路を見物いたしまして、やってまいりましたのが、兵庫鍛治屋町の浜。

(清八、以下■)さぁ出といで。早いもんでもう兵庫鍛治屋町の浜や。

(喜六、以下●)わぁ~大ぉきな池やな。

■池ちゅうやつがあるかいな。あれは海やがな。

●あぁ、海か。わしゃまた波がないさかい池かしらんと思たがな。

■そらええこと言うた。今日は天気がええ、風が凪いだある。「海上一面青畳を敷いたような」ちゅうのはこのこっちゃな。

●あぁ、畳か。畳にしたら縁がないな。

■海に縁があるかいな。

●縁がなかったら坊主畳か。

■ちがうわいな。これからお前を大阪まで歩かさんと連れて帰ったんで?

●ありがたいなぁ、負ぶって帰ってくれんのん?

■そうやないがな。船に乗してやろう、ちゅうてんねん。

●清やん、船か!?

■船と聞いて声の調子変わったところを見たら、お前船は嫌いか?

●「板子一枚下は地獄」ちゅうさかいな。

■その代わり「板子一枚上は極楽」や。

●わい地獄も極楽も嫌いや。

■ほなお前は一体何が一番好きやねん?

●ただもうこのように安穏と毎日美味いもんを食い、酒を飲み、嫁はんにへばりついていちゃいちゃ言うてんのが一番ええ。

■誰かてえぇわいなそういうのんが。往来の真ん中で放談説くやつあるかいな。道歩く人がみなお前見て笑ろてるがな。早いこと乗り!

●無茶しなほんまに。人の体ぼーんと突いたかて、いっぺん乗らんというたら吾輩は。

■何が吾輩や。藁灰みたいな顔しとるやないかい。ええ?もう乗ってんのんじゃ。

●え?わいもう船乗ってんの?んなわいもう死んでるか?

■んなあほなこと言いな。船に乗って死ぬとか生きるとかこの船いつ着くてなこと言うたら、船頭はんが「忌み言葉」いうて嫌がりはんねんねやな。余計なこと言わんと大人しゅうして。

●んー。ほなもう船の隅のほうで何も言わんと死んだもんみたいになって...

■それがいかんねやがな。

●ああいやこういう、こういやああいう、いっそ殺すなら殺せ!

■難儀なやっちゃなこいつは。

(船客、以下*)もし、お連れのお方、船がお嫌いと見えますなぁ。

■そうでんねん、船心が悪ぅて困ってまんねや。

*いやいや、船の嫌いなお方ちゅうのはよぉ酔うもんですが。どうですか?船に酔わんまじないをしてあげまひょか?

■どないしまんねん?

*船框をさんべん舐めてときなはれ。不思議に船に酔わんもんです。

■さいでおますか、ほれ、船框さんべん舐めさせてもらい。

●んー。ほなどなたもお先いただきます。

■誰も舐めはらへん。お前だけや。

●さよか。あっ、あ゛ー、こら...こらまたえらい砂や。

■当たり前や。船框には砂がこびりついたあんねん、いっぺん吹き飛ばしとかなあかへんがな。

●あー、なるほどねぇ。これを。ふっ!清やんえらいこっちゃ。

■どないした?

●目ぇん中に船が入ってしもてな。

■あほか、目ぇの中に船が入るかい?砂が入ったやろ?こすったらいかん、こすったらいかん、こすったらいかんちゅうのに。こっち目ぇ持っといで、吹いたるさかい。ふっ、ふっ、どや?

●あっ、あ~...おかげさんで船が出た。

■砂が出たんや!ほんまに...

わぁわぁ言うてます。またこっちのほうでは。

*しかしなんでんなぁ、船に乗ってね、足ゆっくり伸ばして帰ろう思たさかいわざわざあぁた、それをこない詰め込まれたらなんでっせ?足伸ばすことも、じょら組むこともでけしまへんな。

*わたしがええ知恵貸しまひょか?

*どないしまんねん?

*どないしまんねんってあんたらね、荷物を好きなとこへ放り出したるさかい広いのに狭もなってねや。な?いっぺんみな邪魔くさいけどいっぺん立って、そうそう、荷物をみな帆柱のあたり積み上げて、ほらこうして広ぉなりまっしゃろ?ほな端からね、お互い向かい合わせに足伸ばして座んなはれ。ほんで足割ってね、相手のまたぐらに足一本ずつ放り込んでね、こういう格好でこうして座りますとな。

*あぁなるほどうまいこと考えなはったな。おい、おっさん何うろうろしてんねんな、早よ座りぃなおっさん、え?何してんねん?

*わたいの座る場がおまへんねがな。

*どこでもよろしいが、わたいの前へ座んなはれ。

*ええ??あんたの前へ??

*そんな嫌そうにしな。だいたいあんたどこに座るつもりやったんや?

*でけたら綺麗なおなごはんの前へ座りたい。

*あほなこと言いなはんな、おなごはんが足開いて座るてなことするかいな。ええ、早よ座って足をぼーんと伸ばしてなはれ足を。足をぼんっと伸ばしっちゅうねん。足を...痛っ、またぐら蹴り上げやがってこんがきゃ...あんた風呂入ったらね、軽石で踵洗ろときや。足の裏ざらざらやであんた。

*えーすんまへんな。草鞋脱ぐの忘れて。

*お前何をすんねん、草鞋かいな。あんまりこたえると思たがな。おたくまた最前から何を泣いてなはんねん。

*へぇ、誰や知らんけどね、先ほどからね、わたしのおけつを掻いている人がありますのん。

*誰やそのしょーもないことするのは、どのがきゃ?

*いや!すんまへん!

*すんまへんやあらへんがな、何してなはんねんあんた?

*いえ、その~、わたい足の裏がえらい痒ぅなったんでね、で一生懸命掻いてたんですけど、ちょっとも堪えやしまへんのでな。しまいにいらいらしてきましてな、掻きむしって...

*何をすんねんな、あんたも変わった人やなぁ、足の裏と他人のけつ分らんかぇ?ほんでおたくもおたくや、赤の他人にけつ掻かれててやね、そこへじっと座っている人があるかいな。右によけるとか左によけるとかなんとかしなはれ、けつから血ぃ噴いたあるわ。

*おい、ちょっと待った、誰や後ろから人の褌引っ張るのは?どのがきゃ?

*えらいすんまへん、わたいの銭入れが知れまへんねやがな。

*銭入れが知れんさかいって他人の褌の中にそれがあるかぇ?

*ええ、なんでもこの中には金が二つ...

*あほなこと言いな、人の褌引っ張って洒落言うとんねんこいつは。向こう行け向こう行け。

*もし見てみなはれ、いまあの男向こうでおなごはんの腰引っ張ってなんや言うてまっせ?風呂敷が知れん?無茶言うとんなあいつ。早いこと船出しや!

(船頭、以下▲)出ぁしまそぉ~~!!

船頭さん歩を上げて舫を解いて三間半、赤樫の櫂を一本どぼーんと放り込みますとどぶんちょぼちょぼどぶんちょぼちょぼ...船は深みへ深みへと出てまいります。じゅうぶん深みへ出ますともう櫂では届きません、櫓に代わります。艫には櫓つく、櫓には櫓穴、茶臼へことーんとはめ込んで、滑らんように霧水の一杯も吹っかけまして、くるっと肩を脱ぎますと、日に焼けてまっ黒け、赤松を二つに割ったような船頭さんが腕によりかけ漕ぎだした。

▲や、うんとせい!

さらに沖へ出てまいりますと、船頭さんここしばらくは帆ごしらえ。帆は十分より八合がよいと申しまして八合へきりきりきりきりっと巻き上げられます。船は追い風を孕んで大阪へ矢のように。船頭楽して帆ぉしんど、と洒落の一つもできとおります。このあたりへまいりますと、乗り合いの衆は帆の陰へ帆の陰へ集まってきて。

*やぁお乗り、あぁしかしなんですなぁ、ええ日ぶりになってよろしゅおましたなぁ。

*そうですなぁ、考えてみたらなんでんなぁ、生まれもところも違うもんどうしがこの一つ船に乗り合わすというのは、これはなんぞの縁でんなぁ。

*そうでんなぁ。死なばもろともでんなぁ。

*験の悪いこと言いなはんな。どないですかいな、ひとつ船中の退屈しのぎにお所の尋んねあいでもしまひょか。

*ああ、それはよろしなぁ。兄さん、どちらでおます?

*へぇ、わたしは泉州でな。

*泉州といいますと、堺ですなぁ。泉州堺は所の始め、島の始めは淡路島とかいうてな、包丁が名物で。

*ええ、おたくは?

*わたいは和州ですが。

*和州といいますと、大和や。法隆寺に春日さん、竜田の紅葉に長谷のぼたんとかいうて観るところがたくさんございますな。ええ、おたくは?

*わたいは三州で。

*五万石でも岡崎様はお城の下まで船が着くてなことをいうて。おたくは?
*わたいは芸州ですが。

*安芸の宮島や、安芸の宮島 廻れば七里 七里七浦 七えべす とかいうてえべっさんが名物ですな。おたくは?

*わたいは紀州でおますわ。

*五十五万と五千石 虎伏山 竹垣城のあるところ でな。おたくは?

*へぇ、わたしは江州です。

*日本三景の一つですなぁ。おたくは?

*わたいもごう州です。

*近江八景でっか?

*オーストラリア。

*んなあほなこと言いな。へぇ、そちらのお方は?

*わいは道州や。

*え?

*道州や、ちゅうてんねん。

*「道州や」ちゅうてますけど、道州てなとこおましたか?道州ってどこです?

*大阪の道頓堀やないかい。

*大阪の道頓堀、あれ「道州」言いますか?

*最前から聞いてたら、みな寄ってたかってしゅーしゅー、しゅーしゅー、言いやがって。大阪「州」付くとこあらへんがな。験くそ悪いさかい道頓堀洒落て「道州」や。

*あぁ、道頓堀の道州ね。兄さんは?

*わいも道州や。

*道頓堀でっか?

*道修町や。

*道修町ねぇ。おたくは?

*わいも道州や!

*道頓堀でっか?道修町でっか?

*丼池や!

*なんぼでもあんねや。おたくは?

*わいも道州や。

*道頓堀でっか?道修町でっか?丼池でっか?

*どこにしよう!

*ずぼらやなあの人は...しかしまぁなんですなぁ、いろんなところから。兄さんは?

*えー、わたいは京都の鴨川どす。

*あぁそうでっか、おたくは?

*大和の洞川で。

*あぁなるほど、おたくは?

*摂津のね、淀川でおますが。

*なるほどなるほどなぁ。今度は川ですか。おたくは?

*紀州の紀ノ川じゃ!

*あぁなるほど。兄さんは?

*大井川。

*そっちは?

*同じく天竜川や。

*へぇあんたは?

*江戸の深川だい!

*急に江戸が出てきましたがな。えー。おたくは?

*天竺の流沙河。

*それほんまでっか?

*いま言うたんは嘘の皮。騙されたんがええ面の皮。饅頭包むのんが竹の皮。臭いのんが膠。鬼の褌ぁ虎の皮!

*踊ってまっせあの人。

*いやいやお所自慢が高じてね、しまいに掴みあいの喧嘩になったらいけまへんのでな。どうですかこのあたりで一つ遊びを変えて。

*遊びを変えると言いますと。

*なぞかけでもやりまひょか?

*ええ、なぞかけでもねぇ。

●清やん、一つもうてんか?

■何を?

●あの人このへんで砂糖がけでもやりまひょか、言うてたはる。甘いのんもぉて。

■何聞いとんねんあほ。誰が砂糖がけや言うたはんねん。「なぞかけ」や。

●なぞかけって何や?

■まぁええわ、知らんねんやったら黙って聞いてたらわかるが。

●そんなこと言わんと、ちょっと教えてぇな!

■邪魔くさいやっちゃなお前は。つまりこの、「何々とかけて何と解く、その心は何々」や。

●え?

■人の言うこと聞いとれ。「何々とかけて何と解く、その心は何々」や。

●なーんや。やります!

*お、お手が上がりましたな。

●え~、何々。

*なんや変わった題でんな。上げまひょ。

●何々。

*心は?

●何々!

*あの人何なん?

■えらいすんまへんな、こいつなぞかけ知らんのに出しゃばっとりまんのんで。私が代わりにやらしていただきますが。「破れた財布にお金がいっぱい」とどうでおます?

*上げまひょ。

■これをもらいますと江州が瀬田の唐橋。

*心は?

■「膳所が見える」とどうでございます?

*おー、うまいことできましたなぁ、なるほどなぁ。

●おい清やん、お前いま何言うたんや?

■何言うたって、聞いとりっちゅうのに。「破れた財布にお金がいっぱい」や。

●そらわかったあんねん、そっから先がわからんねや。

■「上げまひょ」言いはったさかい、それもろたら「江州は瀬田の唐橋」や。「その心は」て尋んねはったさかい、「膳所が見える」や。わかったやろ?

●さぁそれや。それがどないなっとんかいな、と。

■どうもなってへんやないかいな。つまりこの破れた財布にお金を入れたら銭が見えるやろ?ほんで江州の瀬田の唐橋というところから膳所というところが見えるやろ?お金の銭と、ところの膳所とかけたあんねん。

●な~んや!!やります。

*どうぞ。

●どうぞっちゅわれても困りますが。破れてない財布にお金がいっぱい。

*上げまひょ。

●おくんなはれ。

*心は?

●気の変わらんうちに。

*よぉんなあほなこというわ...

■えらいすんまへんな、こいつ出しゃばって。

*いやいや、よろしいねんけど、その人もうちょっと遠いところへ置いといてもらわんと。ちょいちょい来られるとどんならんのんで。

■へぇへぇ。

*ほんだらそこのおなごはん。

*そぉどんなぁ、ほなわたしもやらしていただいてな。絹糸のもつれたんとかけて。

*やっぱりおなごはんに早よ聞いといたらよかったな。言いはることが上品や。「絹糸のもつれたん」やなんて。上げまひょ。

*これをもらいますと、木綿糸のもつれたん。

*あぁ、心は?

*白い糸のもつれたんやら、赤い糸のもつれたんやら、黒い糸のもつれたんやら...

*解けてやしまへんなそれでは。

*もぉこんだけもつれたら、ちょっとやそっとでは解けんやろと思います。

*おなごはんにもなぶられてんねや。そこの若い人は!あんたやれまっか?

*やれまっか、てあんた。鱧の切り身に烏賊の切り身な。それうどん粉で水で捏ねたところへばぁっと放り込んだとこやな。

*ややこし題やなそれ。上げまひょ。

*揚げた天ぷらや。

*心は?

*食ぅたら美味いわ!

*あぁ~こら具合悪いなこら。えぇ~、ひとつ遊び変えてねずみでやりまひょか。

*ねずみと言いますと?

*ねずみ一匹とかけて、富山の薬売り一忠と、どうでございます?

*あぁ越中と一忠な。

*ほんだら、ねずみ二匹とかけて昼日中「日中」てなどや?

*あぁなるほどな。ほなわいはね、ねずみ三匹で山ん中「山中」ちゅうのんいこか。

*ほんだら俺はね、ねずみ四匹で街の真ん中「市中」とどや?

*ほんだらわたしはねずみ五匹でね、人と人とぶつかったとこですわ。

*心は?

*「ごちゅん」やなんてね。

*ごちゅん...えらい言いにくいなあんたの。それも言うなら「ごつ」でっしゃろ?そっちは?

*ねずみ六匹でね、夢ん中の寝言で「無我夢中」ちゅうのんどうですか?

*おぉなるほど。

*俺はねずみ七匹でね、子供のかわいい盛りや。

*心は?

*七ちゅぐらい。

*七ちゅぐらい...舌噛みなはんなやあんた。えぇ~、そっちは?

*わたいねずみ八匹でね、夜の夜中で「夜ちゅう」ちゅうのんどうです?

*そうか。ほなわたいねずみ九匹でね、西洋人の履物やな。

*心は?

*くちゅ、なんてね。

*くちゅ...だんだん言いにくぅなりまんな。そっちのお方は?

*ねずみ十匹で、道で人間同士が出会ぉうたとこ「途中」ちゅうてな。

*あぁそぉか。

*俺はねずみ五十匹でいきまひょか?

*えらいぎょおさんのねずみだんなぁ。上げまひょ。

*外でご馳走呼ばれたとこや。

*心は?

*おおきにごちゅちょはん!いうてな。

*なるほどねぇ。おたくは?

*一つ綺麗に「いろは」でいきまひょか。

*いろはといいますと。

*いろはの「い」の字とかけて、船頭さんの手、櫓の上にあるなんてな。

*あぁ、こら綺麗なぁ。

*ほんだらまぁ、いろはの「ろ」の字とかけまして、野辺の朝露葉ぁの上にある、なんて。

*おぉ、けっこうですなぁ。

*ほな俺はね、「は」の字とかけてね、金魚屋の弁当で、「に」の上にあるやなぁ。

*ほんだら「に」の字とかけて、あんたとあんたのほくろやな。

*心は?

*「ほ」の上にある。

*他人の顔を使いなはんな。

●え~、わたしもやります。

*また出てきなはったな。やんなはれ。

●「ほ」の字とかけて、褌の結び目でんなぁ。

*心は?

●「へ」の上にある、やなんて(笑)。

*え~、いろはにほへと。

*上げまひょ。

*これをもらいますと、花の三月散りぬる前と。

*あ、こら綺麗な。

*え~、そちらのお方。

*わたいはね、いろはにほへと、ちりぬるお、わかよたれそつねならむ。うゐのおくやま。

*心は?

*けふこえて、あさきゆめみし、ゑひもせず。

*みな題かいなそれは、長い題やなぁ。え~上げまひょ。

*これもらいますとね、東海道は大津の宿でございますな。

*あ~、心は?

*「ちりぬる」前、やなんてね、「けふ」の前やなんてね。

*あ~、なるほど。いろいろ出ましたけども。

■おたくら何を言うてまんねん、いつまでやってんねんな。

*なにが?

■なにがって、あんた。つまらんことをば。この船は動いてやしまへんで?

*え!?あほなこと言いなはんな。動かんもんがここまで来るかいな。

■ここまでは動いてたんや。わい最前から浜辺の松見てまんねんけどね、船が動いてるもんなら松が後ろへ後ろへ後ろへ行かないかんねんけども、あそこでびたっと止まったままなってまんねん。この船は動いてやしまへんで。

*そらえらいこっちゃ。こんな遊びやってる場合やおまへんでした。船頭はんに聞きまひょか。船頭!この船はどないなってんねん?

▲あぁ気ぃつきなはったか、先ほどから押せども引けども動かんのじゃ。

■動かんのじゃって、どないなって?

▲なんじゃ知らんけど、取りつかれたみたいじゃな。このあたりにはな、大きな鱶がいよってな、乗り合いの衆のどなたかに魅入れよったと見えてな、さきほどからな、どぉしても動かんのじゃ。

■おい、そんなもん魅入れてもらわんと動いてもらわんとどんならんやないかい。えぇ?鱶に魅入られたらどないなんねん?

▲あぁ、そのお方は海へ飛び込んで鱶の餌食になってもらわんといかんのじゃがな。

●ほれ見てみ、せやさかいわい船に乗るの嫌や嫌や言うてたんや。な?どうせわいらみたいな者に鱶ちゅうもんは魅入れるもんやさかい。

■どけあほ、お前が怖がってるさかい、船頭になぶられてんねや。船頭!この中で誰に魅入れたちゅうのはどないしたらわかんねん?

▲そらええこと聞きなはったな。お客さんの持ってるもん一つずつ海へ放り込んでおくれ。無事流れたらよろしいが、もしそれが沈むてなことになったらやな、そのお方が鱶に魅入られてますのじゃ。

■あぁさよか、そらえらいことになりましたな。えぇ?こらもう持ってるもんそれぞれ海ヘな。

*へぇへぇ、ほんだらわたしから一つ。あぁ、この手拭いをな一筋、放り込まさせていただきます。ひぃふのそれっ。おぉ流れた流れた流れた流れた流れた。あぁよかったな。さぁおたくの番でっせ?

*あぁさよか。ほんだらわたしは懐紙から。ひぃふのそれっ。おぉ流れた流れた流れた流れた流れた。おたくの番だっせ?

*あ、さよか。ほんだらわたいも...もうやけくそや足袋を脱いで足袋をな、ひぃふのそれっ。あぁ流れた流れた流れた流れた流れた。おたくの番でっせ?

*あぁ、さよか。ほんだらわたい、もぉもったいないけど羽織の紐を、ひぃふのそれっ。あぁ流れた流れた流れた流れた流れた。おたくの番でっせ?

■おい、お前放り込み。

●何を放り込むねん。

■何を放り込む言うたかって、なんでもええねや持ってるもん。

●持ってるもん言うたかって、どれを?

■その扇子放り込め。

●あほなこと言いな。この扇子は金毘羅さんの土産に買うて来たやっちゃで?

■命に代えられるかい?えぇ?早いこと放り込み。

●そぉかぁ?えぇー、讃岐の国に鎮座まします金毘羅大権現、さぁ水天宮さま、棚の布袋さま、天満の天神さん...

■んなおかしなこと言いないな。

●どうぞ無事にこの扇子が流れますように、流れましたあかつきには大阪へ帰りまして金の灯篭を千灯篭、銀の灯篭を千灯篭、赤の灯篭を千灯篭差し上げます。

■お前えらい気前がええなぁそやけど。神さんへそない贈り物すんのん?

●しーっ、いま神さん騙してんねや。

■バチ当たるぞお前は。

●ひぃふのそれーっ。あぁ流れた流れた流れた流れた流れた。わいの扇子が流れたとかけて、なんと解く?

■なぞかけやってる場合かお前は。

さぁ次から次へと放り込みましたが、さきほどから艫のほうで休んでおりました親子連れの巡礼、母親の投げました折り鶴は無事流れたんですが、娘さんの投げた菅笠が海中深こぉどぼーん....

■えらいことになりました。

▲どうした?

■鱶が巡礼の娘に魅入れましたで。

▲どうしました?

■鱶が巡礼の娘に魅入れたんでやす。

▲どうなりました?

■巡礼の娘に鱶が魅入れたんです。

▲どうなりました?

●巡礼の娘が鱶に魅入れた。

■そらあべこべや。えらいことになりましたで。

▲どうなりました?

■鱶が巡礼の娘に魅入れたんでやっせ?

▲どの娘?

■あの娘。

●あぁ~....あの子やったらわたい船に乗ったときから魅入れてまんねやけどな。

■しょぉもないこと言うてんねやないわい!

さぁ。娘が海に飛び込もうとする、母親が代わりに飛び込もうとする、船中はえらい騒ぎでございますが、さきほどから胴の間でごろっと横になっとぉりました一人の男が。

(男、以下◆)ん゛あ~~~んまに、大阪までゆっくり寝て帰ったろうと思もてんのに頭の上でわいわいがいがいがやがや騒ぎやがってほんまに、どないしたんじゃ!

*おい見てみぃな、この人えらい人やなぁ。みなあない騒いでるのに寝てなはったんやで?肚の座った人でんなぁ。あの、実はね、鱶が巡礼の娘に魅入れましてなぁ、ほんで船が動かんようになってみな騒いでまんねん。

◆なにぃ?鱶が巡礼の娘に魅入れた?そんなばかな話があるかい!ほんだら俺が一つ、お目にかかったろ。

*うわー、お目にかかってもらいなはれ。

◆どけ!

何を思いましたか、船框へ足をかけますと腰から煙草入れを出しまして

◆ふがーーー!ふがーーー!

人間に魅入れでもしようかという鱶ですからこの声が聞こえたもんと見えまして大きな口を開いてそれへさしてずずー。

(鱶、以下▼)わたいを呼びなはったのはおたくですか?

◆おのれか!巡礼の娘に魅入れた鱶というのは?

▼へぇ、さいでおます。

◆大きな口しとんなぁ。えぇ?その大きな口をもうちょっと開けてみ?

▼こんなもんでどうでおます?

◆もっと気張ってみ。

▼(あごが外れそうなぐらいに口を広げて)このぐらいでどうでおます?

◆おう、もう開けられんのか?

▼へぇ、これでもうぎりぎり結着でおますけどな。

◆よぉし、そのままにしとれよ。

何を思いましたかこの男、雁首を下に向けますと、一つぽーんとはたくと煙草の吸い殻が鱶の口へころころころころ...鱶も煙草が嫌いと見えまして、大きな口を閉じるなり海中深こぉずーっ。あとは何もなかったかのように船はどぶんちょぼちょぼどぶんちょぼちょぼ....と進みます。

*わー、よかったなぁ。船が動き出したがな。

*ありがたいこっちゃなぁ。この人のおかげで船が動き出しましたで。

*えらいもんでんなぁ。ええ人が乗り合わせていただいて、こらありがたいことですなぁ。

*船が動き出しました船頭!

▲あぁ、よかったなぁ。

*ほんだらこれからちょっと急いでな、船足を早めてな、頼むで!

●あんたのおかげで船が動き出しました!

◆当たり前やないかい。わしにかかったらな、鱶であろうが鮫であろうがぐずぐずに磨り潰してしもたんねや!

■大したもんでんなぁ。おたく、ご商売は?

◆かまぼこ屋じゃ!

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