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ジグソーパズル〜最愛サイドストーリー〜

ピンポーン

チャイムが鳴る。
確認すると、優の姿があった。

「どうしたん?」

「ごめん、突然。俺、多分明日には記憶飛んでると思うんよ。
ちょっと…なんや怖くて。今日姉ちゃんおらんし、大ちゃんとこ泊まってもええかな」

「そりゃあもちろんええけど、大丈夫か?何があった?」

「うん。大丈夫。きっと大丈夫。薬も効いてきているの実感してるし。だから、怖いってもあるんやけど………今はごめん、眠りたいんや」

「おお、じゃあ俺のベッド使え」

「ありがとう」

そう言って優は大輝の部屋に上がり込んで、そのまま布団に潜り込み、眠り込んでしまった。

普段であれば、部屋が汚いとか、なんでこんな所に食器を置くんだとか小言を言うのが優なのに、それもなく布団に潜り込んだのを見て、大輝は優がまたかなり興奮した事を推測した。

優は怪我の後遺症で、興奮すると記憶を保てず、また、カッとなり始めると感情の抑制が効きにくくなる障害があった。
感情の抑制については、優が自分なりに対応策を考える事で大人になるにつれてカッとしにくくなる精神状態を手に入れていたし、治療のおかげで抑制自体がつけられるようになっていた。

ただ、記憶障害だけはまだ改善しきれていなかった。

記憶を完全に失う前は、脳が疲れるのか、こうやって深い眠りにつく傾向がある事を、優を幼い頃から見ていた大輝は理解していた。

「大丈夫や。優、俺がおるで」

もう深い眠りにいる優の頭を撫でて、呪文のように大輝は呟いた。

ソファで寝ていた大輝は、味噌汁の匂いで目が覚めた。
ん?梨央か?違うな、昨日は優が泊まったんだ。
そんな事をぼーっと考えながら起きてキッチンに向かうと、優が朝食を作っていた。

「優」

「ああ、おはよう、大ちゃん。キッチン勝手に借りとるよ。それにしても相変わらず散らかっとるなあ…。姉ちゃん何も言わんの?食器も洗っとらんし」

笑顔で小言をいう優に大輝はホッとしていた。
記憶を無くしていることに気づいているのか、いないのか。
それでも小言を言えているからいいか、と大輝は自分に言い聞かせた。

「うるさいな。今日休みやからな、そこらじゅうの銀色をピカピカにしようと目論んでたんや」

「わはは、なんなん。銀色って」

「良いから、早く飯食わせろや」

小言に小言で返しながら、大輝は散らかってるテーブルを慌てて片付ける。
2人で頂きますをして、優が作ってくれた朝食を食べる。

「ああ、美味いなー。優、ありがとうな」

大輝は温かい味噌汁を口に入れて、思わず言葉が漏れた。

その言葉を聞いて、優の動きが止まる。

「ありがとう、か」

優がふっと笑いながら呟く。

「あんな、大ちゃん。
俺、昨日のこと忘れてなかった」

「え?」

「覚えてるんよ。何があったのか。あんなに興奮したのに、ちゃんと覚えてる。俺の脳に、記憶に残ってるんよ」

「マジか!」

まさかちゃんと記憶が残っているとは思いもしなかった大輝は、思わず大きな声で返した。

「マジなんよ!
でな、昨日言われてたんよ。『ありがとう』って。それもちゃんと覚えてた」

「ありがとう?」

「うん。俺、今まで、記憶がすっぽり抜け落ちてまう、感情の抑制がきかない自分が嫌いで嫌いでしょうがなかったし、記憶が無いところで何か悪い事をしているんじゃないかと思ってた。16年前みたいに。
俺は、カーッとなると何をしてしまうのか、人を傷つけてしまっても自分で覚えておけない。覚えてないから、やってしまった事を謝りたくても、本当の謝罪じゃないんよ。心がこもってないから。覚えてないから。
ずっと、ずっと自分勝手で、不完全な人間だと思ってた。俺のジグソーパズルはいつまで経っても、ピースが抜け落ちたままなんだって思ってた」

そう言って優は昨日の出来事を話してくれた。

バイト先の店先で、酔っ払った男性2人組が女性にイチャモンをつけていた。肩が当たったから、一緒に飲みに行こうとか、そんなナンパな理由だった。女性は逃げるようにお店に入ってきた。追ってきた男性2人組を優が女性から引き剥がし、店先まで誘導する。そのまま言い合いになりそうになったが、優がグッと堪え男性を帰そうとした。

酔っ払った男性は怒りに任せて優に殴りかかり、あまりに突然だったので避ける間もなく、優は腹部を殴られてしまった。

殴られた瞬間、今まで抑制していた感情が吹き飛ぶ音がして、優は興奮しながら、店先で大きな声を出すのは威力行為に繋がり、このままでは警察に通報することになると大きな声で警告した。

優の毅然とした態度と、警察というキーワードに男性たちは舌打ちをしながら足早に立ち去っていった。

優は、男性が立ち去ってくれた安心感と、興奮してしまった自分への後悔とが混ざって動けなかった。

これで自分はまた記憶が飛んでしまう。
自分のピースをまた、無くしてしまう。

自暴自棄になりそうになったところで、先ほどの女性が駆け寄ってきた。

「本当にごめんなさい。あなた何も関係ないのに、ごめんなさい。痛かったよね」

女性はオロオロしてしまって少しパニックになっている様子だった。
ああ、この人に心配をかけてはいけない、と優は咄嗟に思った。

「あー、昔の経験が活きなかったなあ。
あれがあればあんな奴ら全然相手にならなかったのに」

「何かやってたんですか?」

「うん。どうぶつの森」

「…それ、ゲームだし、しかもケンカ関係無い」

思わず女性が吹き出した。

「ふはは、まあ、無事でよかったです。俺は思ったより痛く無いから、大丈夫」

「本当に、ありがとうございました」

女性は、優の手を握ってお礼をした。

優は心が温かくなった。興奮はしてしまったが、お礼を言われた事が嬉しかった。でも、この嬉しさも温かさも、きっと明日には忘れてしまうだろう。

そして、記憶を保てない自分が切なくなって、大輝のところに来たのだという。

「俺、いっつもいっつもピースが足りんくて、しかも、抜け落ちてる部分は絶対何か悪いことしてると思ってたから、ジグソーパズルが完成しないことも嫌やったけど、完成したらしたで、完成したジグソーパズルを見るのが怖かった。
記憶のある自分が、実は怖かった。
それなのに、お礼を言われてたんだ。
完成してみたら、あったかい気持ちのパズルが出来上がってたんだよ。
そう思ったら、初めて自分を褒めてあげたくなってさ。褒めても良いよね」

そう優が言い終わる前に、大輝が優を抱きしめていた。 

「ええに決まっとるやろ!むしろ、今までのお前全部、褒められることばっかりや!良くやった!良くやったな!」

そう言いながら、大輝は泣いていた。

「なんで大ちゃんが泣いてるんよ」

優は呆れながら、嬉しくて笑っていた。

今感じている心が温かくなる感覚も、昨日の心が温かくなる感覚も、全て、自分の出来事として記憶する事が出来ている。

優は純粋に嬉しかった。

今まで、記憶のない自分も嫌だったが、記憶を手に入れる自分も未知過ぎて、怖かったのだ。

ここの所、治療の効果が良く出始めていて、いろんな事が変わってきていた。もしかしたら、記憶障害にも良い影響があるのかも?
でも、覚えている自分も怖くて、目が覚めた時にどっちに転んでも自分を支えてくれる存在が欲しくて、足が勝手に大輝に向いていた。

そんな大輝の存在が嬉しかった。
やっぱり大ちゃんは俺のヒーローや。そう思った。

「そや、これ、姉ちゃんに報告せんでええのか?」

「そやった!治験の関係で、何か変化あった時は逐一報告せなあかんのやった」

急いで梨央に連絡をする。電話の向こうで興奮して声を挙げている梨央の声が聞こえてきた。

「姉ちゃん、今日は乾杯やーって。
夜、こっちに帰ってくるから、大ちゃん家来るってさ」

「え?うち?しょうがないなあ、優、掃除手伝え!銀色ピカピカにするぞ!」

「だからなんなん?その銀色ってw」

「その前に飯、飯!味噌汁冷めてまう」

今まではがむしゃらに前だけ向いて生きてきた。
後ろを向いても未完成のジグソーパズルが気になって、後ろを向く事ができなかった。

でも、これからは前も、後ろも自由に向いていける。
なんて自由なんだろう。
優は、いつも自分で作っているこの味噌汁でさえも新しい味のように思えた。


あとがき
今までそれなりの最愛のサイドストーリーを妄想してきましたが、不思議と優のお話はあまり書けませんでした。大切過ぎて書けなかったのかもしれません。
今回突然お話が降ってきたので書いてみました。
なお、このお話は私の完全なる妄想であり、本編とは全く関係がありませんので、あしからずです。

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