見出し画像

夏の魔法〜写真集「体温」より〜

今は冬なのか、春なのか、夏なのか、秋なのか。
そんな事にも興味を持てないくらい、俺の日々は目まぐるしく、次々とタスクが現れてそれを追う日々。

そんな時、一通の招待状が届いた。

大学の友人が地元の波照間島に帰り、今は民宿を営んでいて、そこで友人たちを招いて結婚式をするのだと。
忙しさのあまり返事をすることも忘れていたが、強制的に有休を取る必要があった俺は流れで波照間島行きを決めた。

島に着くと、東京とは比べ物にならないならない照りつける太陽と暑さ。
その暑さから避けるように、ホテルで持ち帰ってきた仕事をした。

建物の外は、美しい景色が広がっており、綺麗だなとは思ったが、それだけだった。
結婚式に参加しても、楽しいとは思ったし、幸せになってほしいとも思ったが、それだけだった。

それだけだったのだ。
そうとしか、感じられなかった。

そんな時、彼女に出会った。

俺は、友人の誘いで、結婚式の後も4日ほど友人の民宿に泊まることにしていて、彼女はその民宿でスタッフとして働いていた。でも、それだけで、その時は、彼女は民宿の風景のひとつだった。

民宿滞在2日目、俺は部屋で仕事のため、PCと向き合っていた。

「おい、八代ー」

友人が声をかけてきた。
俺は作業の手を止めて、友人を見る。

「あのさ、これから港に荷物を取りに行くんだけど、ちょっと量が多いし、大きいから男手必要なんだよ。ちょっと手伝ってくれよ」

しょうがないな、と俺はPCの電源を落として手伝うことにした

友人の車に乗り込むと、スタッフの彼女がいて、お互いペコリと頭を下げ、俺はそっと彼女の隣に座った。

「いつもお仕事、してるんですね。珍しい」
彼女が話しかけてきた。

「珍しい?」

「はい。大体この島に来る人は、お仕事をお休みして来るのに、えーーと…」

「あ?俺?八代です」

「八代さんは、ずっとお仕事してて、難しい顔してる」

「難しい顔してるかな。それが普通になってるから、よくわかんないや」

俺は答えにならないような言葉を並べて、その場を濁した。

そのまま俺たちは大して話もしないまま車は港につき、届いた荷物を車に載せ、再び車に乗る。

「ちょっと寄り道するわ」
突然友人ががそう言い出し、ハンドルを切る。
車は桟橋に着き、友人は俺の袖口を引っ張るようにして車から下ろし、ズンズン進んだ。
訳もわからず俺は友人に引っ張られ、桟橋で突然胸を押されて海に落とされた。

バシャーン
そう音がしたかと思うと、海の中に体が沈む。
その瞬間、一瞬、音のない世界が俺を包む。
体が浮いてきて海から顔を出す。

「ちょっと!いきなりなにすんの?!」
俺は大きな声を挙げた。

「やっと声、聞けたわ」
友人がそう言って笑った。

「八代さ、この島に来てから、喋ってても気持ちがなくて、幽霊みたいで気持ち悪かったんだよ」

なんじゃそりゃ、と思ったが、急に自分に降りかかってきた海の世界が少し楽しかった。

「ねえ、ちょっと俺を引き揚げてよ。俺、泳ぐの苦手なんだ」

そう言うと友人の隣にいた彼女が「大変!」と言いながら、慌てて手を差し出してきた。
俺は彼女の手を力一杯掴む。
すると今度は彼女が海に落ちた。

「もー!!なにするのぉー!!」

「道連れ」

俺はニヤリと笑い、泳いで逃げた。

「ねぇー!泳ぎ苦手なの嘘じゃない!」

彼女が泳いで追ってくる。
彼女の追撃を躱すように桟橋を上がり、そのまま砂浜まで走って逃げる。
砂浜は思った以上に俺の足を絡め取り、走った勢いのまま、俺は砂浜で盛大に転けた。

転けて、上を向くと、太陽が俺を突き刺していた。
あまりの眩しさに目を閉じる。

「やっと追いついた」
そう言って彼女も俺の隣で砂浜に膝をつく形になった。

「あははは。久しぶりに泳いで走った」

俺はいつの間にか、笑っていた。
こんな抜けるような声を出したのはいつぶりだろう。
そんなことを考えてしまうほど、俺は久しぶりに声を出していた。

すると、さっきまでただの風景だった海が、抜けるように青いことに気づいた。

「海、こんなに綺麗だったんだな……」

「今?!今気付いたの?!」

「本当にね。でも、そうなんだよ。今気付いたよ。この島の海、とてつもなく綺麗じゃない!すごいな!」

そう言って立ち上がり、再び俺は海に飛びこむ。
海に入ると、なんの音も聞こえない。
あるのは、俺と海の世界。
上を見れば、海との境目が分からないくらいの空。
波の音と風の音、そして、太陽の音。
それらに包まれているだけで、何かが落ちていく。
それが気持ちよかった。

隣を見ると、彼女も海の中でぷかぷか浮いていた。
目が合う。

「海、塩っぱいね」

地元の子が何を当然の事を言っているんだと、思わず吹き出した。
一度吹き出したら、今度は笑いが止まらなくなった。釣られるように彼女も笑う。

「おーーーい!帰るぞー!!!」

友人が桟橋にいた。
俺たちは2人で目を見合わせて桟橋に上がり、友人に近づき、後ろから背中を押した。

どぼーーーん。

「うわ!お前ら!何すんだよー!」

「仕返し」

彼女と2人で声を合わせて笑った。
いくら笑っても、笑っても、その声はこの島の風景に溶けていく。
笑顔が似合う島なんだな。
俺はこの島に急速に惹かれていくのがわかった。

「じゃあ、俺、今日夜からいないから」
港から運んできた荷物を整理しながら友人が言った。

「え?いない?」
俺は素っ頓狂な声を上げた。

「やっぱり聞いてなかったんだな。言ったろ?俺新婚だぜ?新婚旅行に行ってくるわ。お前は帰る時に勝手に帰っていいから。鍵やなんかは、ひよりちゃんにお願いしてあるから」

え?俺は今日の夜からここに1人なの?
状況がうまく掴めず、そこに立ち尽くすかたちになった。

「あははは!なんだよ、八代、寂しいのかよ。わかったわかった、昼間はひよりちゃんに面倒見てもらうように言っとくから」

お願いもしていないのに、友人は勝手にそう決めていた。

所でひよりちゃんって誰だ?

その答えがわかったのは、翌日俺を迎えにきたのが、スタッフの彼女だったからだ。

あとがき
前回、松下洸平さんのシングル「体温」からインスピレーションを得て、お話を書きました。
今回は、写真集の「体温」から、発想を得たお話です。
シチュエーションもストーリーも似通ってはいますが、少しずつ違う、ひと夏の恋を感じ取ってもらえれば幸いです。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?