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15分でわかる! 日本の奨学金制度は、何が問題なのか?

『POSSE』特集内容の論点が「15分でわかる」シリーズ。労働や貧困、社会保障にかかわるテーマについて取り上げ、各論の論点を網羅していながらもコンパクトにまとめています。今回は『POSSE』32号(2016年9月発行)に掲載した、「奨学金問題」についての記事を公開します。

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はじめに

7月におこなわれた参院選でほとんどの政党が給付型奨学金の創設を公約に掲げていたように、奨学金問題は社会的なイシューとなっています。

なぜいま給付型奨学金が必要とされるようになったのでしょうか。以下では、奨学金問題の基本的な構図を示していきます。

日本の奨学金制度の概要

まず、日本における「奨学金」のほとんどは日本学生支援機構(JASSO)の貸与型奨学金です。文部科学省高等教育局学生・留学生課「(独)日本学生支援機構(JASSO)奨学金貸与事業の概要」によれば、日本の奨学金の87.6%(金額ベース)がJASSOの奨学金となっています。

さらに、貸与型のなかでも、有利子である第二種奨学金の割合が高くなっています。2014年には、第二種奨学金の全体に占める割合は貸与人員で65.4%、貸与金額で72.1%にも上っています(日本学生支援機構「平成26年度 事業報告書」)。OECD34ヶ国中、大学授業料が有料でかつ公的な給付型奨学金がないのは日本だけです。

JASSOの奨学金を借りる学生は、2004年の23.3%から2014年には38.7%に増加しています。

奨学金利用の背景

では、なぜ奨学金を借りる学生が増えているのでしょうか。

●家計状況の悪化

第一に、家計状況の悪化が挙げられます。JASSOの「学生生活調査」(2004年度から2年おきに実施)によると、大学学部(昼間部)の学生の収入全体はピーク時の2004年度の220万300円から2012年度には199万7300円まで、また、収入のうち「家計からの給付」はピーク時の2006年度の149万6300円から2012年度には121万5200円まで落ち込んでいます。

●学費高騰

第二に、大学の学費が高騰してきたためです。国立大学においては、1975年には授業料が3万6000円、入学料が5万円でしたが、2005年以降現在に至るまで授業料は53万5800円、入学料は28万2000円(現在は国立大学法人、いずれも標準額)と、授業料は14.8倍、入学料は5.6倍にまで高騰しています。

●大学進学率の上昇

さらに、家計状況の悪化と学費高騰という条件のもと、奨学金という借金を背負ってでも大学に進学する理由を考える必要があります。大学進学率は1990年の24.5%から2015年には51.7%まで上昇しています(文科省「学校基本調査」)。その背景には、90年代以降の求人激減で高卒就職が困難となったことが挙げられます。高卒求人数はピーク時の92年の約160万件から、2010年には20万件を切るまでに急減しています。

ただ、同時に経済的な困難から大学を中退するリスクも高まっています。2014年度の文科省の調査(「学生の中途退学や休学等の状況について」)によれば、大学中退者の総数は全学生数の2.65%にあたる7万9311人、そのうち経済的理由による者は中退者全体の20.4%にあたる1万6181人となっています。経済的理由による中退者は2007年度には14.0%であり、この5年間で6%も増加しています。

奨学金の返還困難

以上のような背景のもとで奨学金を借りる学生の割合は上昇している一方で、大卒でも就職できずに非正規雇用となってしまったり、「ブラック企業」に就職してしまい就労を継続することができないために、奨学金返還が困難になってしまう若者が増加しています。

2003年には222万人が、ピーク時の2010年には341万人が延滞しています。2010年以降の延滞者はおおむね横ばいとなっています(所得連動返還型奨学金制度有識者会議第11回配布資料)。

●不十分な救済制度

そもそも、JASSOの奨学金では返還困難者に対する救済制度が不十分であると指摘されています。返還免除は死亡や重度の心身障害を負った場合に限られています

返還猶予は、「生活保護」受給と「傷病」による就労不可の場合にはその事由が継続している期間中認められますが、年収300万円以下を目安とする「経済困難」の場合には10年間の期限が設けられています。

つまり、10年経って年収が上がらなかったとしても、返還猶予は期限切れとなってしまうのです。また、減額返還の制度もありますが、月々の返還額が半分になるだけで返還総額は変わりません。

●厳しい取立て

それでは、実際に返還困難に陥った場合にはどうなるのでしょうか。

まず、滞納3ヶ月以上で個人信用情報機関(いわゆるブラックリスト)へ登録され、延滞が解消したとしても5年間はローンやクレジットカードの審査が通りにくくなります。

次に、滞納3ヶ月から9ヶ月までは債権回収専門会社(サービサー)による取り立てが始まります。

そして、9ヶ月を超えると自動的に法的措置に移行します。この場合にJASSOは、奨学金の一括返還を求め、督促に応じなかった場合には訴訟を起こします。こうした訴訟は、JASSOが発足した2004年の58件から、2012年には6193件にまで急増しています(東京新聞2016年1月3日付)。

100倍以上にまで急増している訴訟のなかには、明らかに強引な取り立ても見受けられます。たとえば、卒業後に難病を罹患して就労に制限がかかり、困窮状態になった方にJASSOが裁判を起こしたという事例もあります(三宅勝久「ルポ・奨学金地獄」奨学金問題対策全国会議『日本の奨学金はこれでいいのか!』あけび書房、2013年)。

●保証人問題

さらに、本人が経済的事情から奨学金の返還困難に陥るだけでなく、保証人にまでリスクが及ぶケースも見られます。

奨学金を借りる際には人的保証か機関保証を選ぶ必要がありますが、機関保証の場合に必要な保証料を避けるために、人的保証を選ぶ人が多いようです。

人的保証では連帯保証人と保証人が必要となり、多くの場合、連帯保証人には両親のどちらかが、保証人にはその他の親戚が立てられています。本人が支払えない場合には連帯保証人や保証人に請求がなされます。前述の通り親世代も経済的に厳しくなっているため、奨学金で親子共倒れになってしまうリスクが高まっていることが懸念されています。

前借金としての奨学金

また、こうした奨学金は、卒業後に働く学生にとっての実質的な「前借金」となります。前出の「日本学生支援機構奨学金貸与事業の概要」によれば、平均貸与総額が学部生で195万5000円、大学院生で378万7000円であり、奨学金を利用した大学生は約300万円の借金を負った状態で就職することになります。

これだけの借金を負っているからこそ、大学生たちは就職活動を成功させなければならず、また、就職先がブラック企業であったとしても、せっかく掴んだ正社員雇用を手放すわけにはいかないと考えてしまうことが問題視されています。

奨学金制度改革

以上のような問題が噴出するなか、政治レベルで奨学金制度の見直しがおこなわれています。

●所得連動返還型

まず、所得連動返還型奨学金制度の創設が有識者会議で検討されています。ただし、その内容は非常に大きな問題を抱えていると指摘されています。

有識者会議においては、年収0円の人であっても月2000〜3000円程度の金額の返還を開始することが適当であるとされており、また、最長の返還期間は返還完了もしくは本人が死亡または障害等により返還不能となるまでとされています。

つまり低所得者が死ぬまで返還を求められ続ける制度設計となっています。また、返還者が被扶養者となった場合には、扶養者の収入を勘案して返還額を決定すべきであるともされています。

類似の制度はイギリスやオーストラリアでも導入されています。しかしイギリスでは返還開始の所得基準を年収約380万円、返還義務期間を30年と定めており、またオーストラリアは返還開始の所得基準を年収507万円とし、返還義務期間は定めていません(所得連動返還型奨学金制度有識者会議第1回配布資料)。

いずれにしても、所得連動返還型奨学金は本人の収入に応じて無理のない返還を求める趣旨の制度であり、日本で現在議論されている制度はその趣旨から逸脱しているという批判もなされています。

●給付型

参院選で各党が給付型奨学金を公約に掲げて闘ったのち、文科省は給付型奨学金創設の検討チームを設置し、具体的な制度設計の検討を始めました。

主な論点として、対象者の選定、給付方式、財源確保などが挙げられています。対象者については、低所得世帯の子供とし、児童養護施設退所者・里親出身者、生活保護受給世帯、住民税非課税世帯などが挙げられています。

また、「国民の理解」を得るために成績要件の導入も検討されています。給付方式に関しては、学業をおろそかにする学生にも奨学金が支払われる可能性があるとして、いったん貸与する形式を取り、進級や必要な単位の取得を条件に返還を免除する方式も考えられています。

終わりに

北欧や大陸ヨーロッパの福祉国家においては、そもそも学費が無料であり、そのうえで生活費として奨学金が支給されます。

それと比べて、日本では大学が早くから市場化されており、70年代以降には学費高騰を招きました。そのうえ、日本型雇用の縮小とともに家計状況が悪化したことで債務としての奨学金利用が増加し、学卒者は返還のためにブラック企業に縛りつけられかねない状況になっています。

このように、大学教育の商品化の弊害が大きいことが問題視されています。教育においても福祉国家の建設を通じた脱商品化を進めていく必要があるでしょう。

『POSSE』32号では、上記で紹介した論点も含めてさまざまな視点で奨学金問題をほりさげています。より深く学びたい方は、ぜひ本誌もチェックしてみてください。

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