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卒業のテンプレート

咲き乱れる桜。
あふれる涙。
私は、そんな卒業式を想像していた。

現実の卒業式は、想像とは全く違う。
3月は、桜の時期にはまだ早い。
予行演習で何度も繰り返した光景に、いまさら涙を流すこともない。
卒業、その言葉がただ先走る。
気持ちがまだ追い付いていない。
式中、多くの友人が涙を浮かべていた。
でも、私は泣けなかった。
桜もなし、涙もなし。
それが、私の卒業式の現実だ。
卒業と桜を結びつけたのは、どこのどいつだ。卒業シーズンと桜の季節は被らないではないか。
しかし、卒業式に涙を流せなかったのは、私の落ち度なのか。
友達もそれなりにいた。勉強だってそれなりにできた。
別段、高校生活に不満があったわけではないのに。
先生の激励や写真撮影を終え、最後のホームルームが終わった。
想像していたよりもあっさりと、みんなが帰っていく。
みんなの帰りを見送って、私も帰路につくことにした。
教室から出る前に、今日までお世話になった教室の中を見て回る。
そこにある全てに、思い出があった。
みんなと話した机。
座っていたら注意された窓辺。
文化祭の時に剥がれなくなってしまったシール。
その全てが、私の青春だ。
教室を見回していると、黒板の脇に書かれる文字に目が止まった。
そこには、彫刻刀で「また会おうね」と彫られていた。           
誰かが、悪ふざけで彫ったのだろう。
涙が止まらなかった。
私のこの日常は、もう当たり前ではなくなってしまう。
私は、やっと卒業するということを実感した。
止め処なく流れる涙は、黄昏に照らされて
べっこう飴のように輝いていた。
世間が作った卒業式のテンプレートに、私の卒業式は当てはまっていなかった。
しかし、私はこの日を忘れることはないだろう。

涙を拭き、深呼吸をして
勇気を出して教室を後にした。

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